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相当な冒険者と住民が幸せに生活できている番のダンジョン。
すっかり住民達にダンジョンマスターだと知れ渡っている湯原と水野は、1階層に来るたびに大歓迎を受けるようになっていた。
番のダンジョン関連の者達、他のダンジョンマスターも含むのだが、その全てが楽しく幸せに生活しているのだが、幸せとは言えない状況になっている者もいる。
今の所の例外は、ダンジョンマスターである湯原と水野に難癖をつけたり、ジッタ家族による見回り時に問題を起こしたりしてダンジョンの外に放り投げられて再侵入が出来ない者、召喚冒険者である岩本、三原、更には湯原と水野の同郷である四人、吉川、笹岡、藤代、椎名、更にはこのダンジョンから最も近い位置にある村のギルドに努めている受付と言った所だろうか。
岩本と三原はミド・ラスリの奴隷契約下にあり自由行動は出来ず、日々危険な魔物を片手で始末しては、有り得ない程の少ない報酬を受け取って生活しており、吉川達四人は、ダンジョン侵入にとてつもない恐怖を感じるようになってしまい、ダンジョンの外で自然交配した魔物達を狩って細々と生活している。
番のダンジョンを放り出された冒険者の一部は、ラスリ王国では生活が出来ないと判断してコッタ帝国に移動して各ダンジョンに潜っている。
潜っているのだが、同じダンジョンを潜っている冒険者達のほぼ全てが番のダンジョンから転移魔方陣Cを使ってこの場のダンジョンに来た者達で、装備も良ければ生活も良いのか健康そうな顔をしている。
コッタ帝国での生活も悪くはないのだが、生活するには宿なり家なりが必要で、その分自由に使える金銭は少なくなる。
そして……実際に彼らは気が付いてはいないのだが、どのダンジョンに潜ろうが他の冒険者と比べると高価な報酬の出現率は異常に低く、出たとしても価値が非常に低いのだ。
薬草採取依頼にしても魔物の素材入手にしても、通常数時間で十分成果を得られる依頼なのに、対象をなかなか発見できずに丸一日を擁する事もあり、どう考えてもダンジョンマスター側から調整が入っている。
実際には各ダンジョンマスターが直接何かをしているのではなく、番のダンジョンから派遣されている高レベルの召喚魔物による仕業だ。
番のダンジョン所属の魔物からすれば、自らの主をコケにするような者は始末すべきと考えていたのだが、主が見逃している以上は手を出すわけにはいかず、その鬱憤を晴らすように対象の者の依頼を邪魔し続けている。
少し前に岩本と三原が地上のマンティスを始末したのだが、こればかりは地上の自然交配の魔物であり制御下にないので、特に対策をとる事はしなかった。
冒険者としてはダンジョンに潜って素材を入手するのが一番報酬を得る事ができる上、安定した収入になっている。
そのダンジョンに、トラウマから潜る事が出来ない四人の召喚冒険者の生活は良いとは言えない。
「もうラスリ王国はダメだな。いくら納めても他と比べて相当叩かれている」
「じゃあさ、いっそのこと……思い切って番のダンジョンに住んでみる?ささっち」
今日の納品も経験した事がない程の安値の報酬しか手に入らずに、見限って出国するべきと発言した吉川に対して椎名が爆弾発言をブチかます。
「な、何をいっているのだ、椎名殿。自分達がダンジョンに潜れなくなった諸悪の根源とも言えるあのダンジョンに住む?」
「そ、そうよ、理沙。色々な意味で大丈夫?」
三人に一斉に否定されるが、椎名は意見を変えるつもりはないようだ。
「え?だってさ、仮に普通の報酬であったとしても真面な生活なんて無理だよ。地上に高価な素材となる魔物がいるのも稀だし、それなら少しでも良い暮らしが出来そうなところに行くのは普通じゃない?ダンジョンだと言っても、3階層まではアスレチックみたいなものだったでしょ?4階層入り口の薬草採取だけでも今よりは絶対に良い暮らしができるよ」
椎名の言う事には一理ある。
そもそも地上にいる強力な魔物は優先的に排除すべく依頼がギルドから出されており、ラスリ王国ではその素材を逃さんとばかりにミド・ラスリが奴隷としている岩本と三原を使い即座に始末して手に入れてしまっている。
その為に、恐らくこの国にいては地上の依頼だけで生活環境が改善する事は無い。
解決策として示された番のダンジョンへの移住だが、その行為をダンジョンマスターである湯原と水野が許容するかどうかは別の話だ。
「それはそうだけど……吉川君はどう思うの?」
「お、俺か?逆に藤代はどうなんだよ?」
互いにけん制しているようだが、実のところは椎名の言う通りにこのままでは仮にコッタ帝国に移住しても生活の質は上がらないだろうと言う事は薄々わかっている。
今の窮地も、見知った冒険者を時折見かけるのだが誰一人として救いの手を差し伸べる事は無い。
最も自分の力を過信している時に色々やらかしているので、他国に拠点を移しても現状以上に扱いが悪くなる可能性も否定できない事実を目の当たりにしている四人。
「自分、一度行ってみる事を提案したい」
暫く黙っていた笹岡がこう告げると、結局四人とも即座に賛同して番のダンジョンを目指す。
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「……と言う事だそうです、主様、カーリ様」
常に監視されている四人の会話は、即座に湯原と水野に伝達される。