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1階層の建屋、作成当時でもある程度の大きさだったのだが、それでも冒険者の対応はほぼできずに移住の受付も手いっぱいであり、やがて他のダンジョンへ直接向かえる転移魔方陣Cの存在が知れ渡ればパンクするので、今は増築している最中だ。
……カンカン……バキバキ……
「おい、その資材はこっちに持ってこい!」
最終的には建築が得意な住民の冒険者に対して、ジッタが直接依頼を出して作業をしてもらっている。
流石にゴーストを引き連れた湯原一行に文句を言いに来る強者は存在せず、今日の説明当番であるハリアムが、恐らく受付を行っている配下の誰かから聞いたのか慌てて飛び出してきた。
この時点でダンジョンマスターが誰なのかを理解しているジッタ家族は、何を置いても二人のマスターを最大限尊重すると決意している。
「お、お待たせしました、セーギ様」
「え?あぁ、忙しい所すみません」
突然走って出てきたハリアムに少し驚く湯原だが、その流れで建屋増築の進捗を聞く事が出来た。
一応移住者向けの説明は代理で元召喚ダンジョンマスターである星出が行っているようで、実際に湯原は建屋の増築部分を視察しながら具体的な説明を受けている。
「それで、この部分に転送魔方陣を設置して頂く事になります」
帰還前に決定した事項だけはハライチからミズイチ、そこから各人へと伝わっており、転送魔方陣についての情報も持っているジッタ家族。
「凄いじゃないですか。俺は建築の経験がないけど、凄い事だけはわかるよ」
「ありがとうございます、セーギ様」
日本の建築は、基本的には工場で作成された加工済みの木々を組み立てるような形がほとんどだが、この世界では未だに現場で加工をして組み立てている。
にもかかわらず非常に手際が良く、夫々が効率的に作業をしているのを見て感心している湯原。
「ミズイチ、もう少ししたらお昼だから、この人達の分も準備してもらえるかな?」
「承知しました」
未だに入居希望の列が途切れないので一部の人からの視線を受けたままではあるのだが、建屋工事の邪魔にならない位置に大きな机、椅子、そして突然収納魔法から取り出した各種調理器具と材料を使って鮮やかに調理していくミズイチ。
野菜を洗ったり切ったりと言った作業はイーシャとプリマも手伝っており、良い匂いが作業員の人々に届き、彼等の作業効率が露骨に落ちる。
「そろそろだね。じゃあ昼をご馳走すると伝えてください」
「ありがとうございます」
湯原に言われて、ハリアムが嬉しそうに建屋の方に向かって数十秒後、喜びの声が響く。
「まじか?やったぜ!なんだかすげー良い匂いがしていたからな」
「流石はダンジョンマスター!助かるぜ!」
称賛の声と共にゾロゾロと立派な筋肉を携えた男達が建屋方面から湯原の方に向かって来る。
この面々は湯原達がダンジョンマスターであり、ゴーストさえ従えていると聞かされているので、実際にゴーストを見ても怯える事は無い。
「こっちに座るなの!」
「いっぱい食べるなの!」
イーシャとプリマも尻尾をフリフリ嬉しそうに振りながら、集まってくる人々を席に案内している。
「ハハハ、ありがとよ!お嬢ちゃん。それと、マスター!代表して礼を言わせてくれ。まさかこの町がこれほど幸せに過ごせる場所だとは思っていなかった。最初は危険な魔物から逃げる為に来たのだが、俺達の想像を良い意味で裏切る素晴らしい町だ。本当に助かったぜ!」
湯原はこのように日々町の人々と直接触れ合う事によって、たとえ冒険者とは言えダンジョンマスターである自分をレベルアップの為に狙ったりする事も減ってくれるだろうと思い、これからは水野と共に定期的に1階層を訪問しようと決めた。
眷属としてはもちろんそのような行為、気配すら許す事は無いので湯原と水野に危険はないが……
その後城に戻る途中で薬師のジョーザにも改めて自分の立場を含めて挨拶し、更には今更だがリリアとハシムの所にも立ち寄る。
「……と言う事で、俺達がマスターだったんですよ。あの時、お二人の直感は当たっていたんですね」
「でもよ?リリアとも話していたが、あの時何もしなくて良かったぜ」
「本当よね。あの時があって今の幸せがあるのよね。二人には感謝しかないわ」
「いえいえ、感謝するのはこっちの方ですよ。これからもよろしくお願いしますね」
こう言って差し出したのは、城に自由に入場できるカード二枚。
「コレがあれば城に好きに入場できます。この家もそのまま使用できますけれど、あっちも好きに使ってください。中にはメイドがいるので、連絡頂ければ直ぐに顔を出しますよ」