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突然呼び方も変わって、帰ると言われたハライチは面食らう。
「帰る、ですか?宜しいのですか?」
「うん。あの二人に楽しく過ごせって言われちゃったから、こんなゴミに手をかけるのもバカバカしいでしょ?私、絶対に幸せになってあの二人を安心させるんだから!」
あまりの変わりように少しだけ驚いたハライチだが、きっとこっちが神保の“素”なのだろうと思い至る。
今までは復讐に心を汚されていたので態度や口調も引きずられていたのだが、その憂いが無くなったので本来の神保 美咲と言う女性の姿に戻ったのだ。
ダンジョンマスターを保護していた女子らしく優しさが溢れるような雰囲気で、どことなくカーリに似ているなと思っているハライチ。
「わかりました。神保様が宜しければ私達も問題ありません。ですがそこの国王……いいえ、何でも有りません。参りましょうか」
腰を抜かしている一行に忠告しておこうかと思ったハライチではあるが、脅威でも何でもないと判断した事、更には今の神保の新たな門出に余計な事を言うのも無粋だと思い、踵を返して王城から出て行く。
「そうだ。私、美智のダンジョンって呼ばれている所、ダンジョンマスターの美智さんに謝罪しないと」
「謝罪……ですか?」
「そう。だって私、おかしかった時にゴーストを使って侵攻しちゃったでしょ?ハライチさん達のダンジョンの力で最悪の事態まではいかなかったけど、深くまで侵攻して破壊してしまったのは事実だから……」
以前神保は、ゴーストを美智のダンジョンに差し向けて復讐時の障害にならないようにしようとしていたので、その時の事を謝罪すると言い出した。
王城での出来事も含めて、チェー本体から分裂体のいるダンジョンに情報が送られているので、この情報もダンジョンを通して美智のダンジョンに連絡が即座に行き、全ての事情を知らされた美智のダンジョン側から訪問を受け入れると連絡が来た。
「わかりました。私達も同行させていただきます。美智様もお待ちですので、一旦番のダンジョンに戻ってそこから飛びましょう」
距離的にはどう考えても自分達のダンジョンに戻って転移魔方陣Cを使う方が早いので、神保を連れて戻るハライチ。
その後ろには、今回こそは活躍すると意気込んでいた召喚魔物の三体、マーリ、グリア、ブリースがまた何もする事がなかったと肩を落としながら歩いている。
最下層の城の大広間にて……
「初めまして。私が神保 美咲です。今回は多大なる助力ありがとうございます。それと、色々と迷惑をかけていたようで、本当にごめんなさい」
この場には全眷属とイーシャとプリマもおり、神保はどう見ても最大レベルを誇る自らのレベル99よりも格上である事を認識するのだが、今の神保にはそこはどうでも良くなっていた。
復讐も終わって、最も気になっていた二人が仲良く旅立てたのだから、今度は二人に言われた自分の幸せを楽しく探そうと心に決めており、身を守れる強ささえあればそれ以上を望むような気持はなくなっていた。
「始めまして。俺が湯原でこっちが水野。この世界ではセーギとカーリで通っている。宜しくね」
「宜しくお願いします、神保さん。これから仲良くしてくださいね」
挨拶もそこそこに、既に連絡済みの美智のダンジョンに飛ぶ話になる。
「美智さんと朋美さんの所か。コッタ帝国。ラスリ王国とは違って良い国なのかな?」
「あ!そこ、私も気になりますよ、セーギ君」
「フフ、私はラスリ王国の事はあまり知らないけれど、さっき見た城下町よりは遥かに栄えていると思うわ。良ければインキュバスに案内させましょうか?」
「「本当!?」」
初めて他国を観光できると喜ぶ湯原と水野と、護衛について考え始めるハライチとミズイチだ。
ワイワイ話している中で、神保がこう呟いたのを聞き取れてしまう眷属達の心に響く。
「あの二人も、この場にいればもっと楽しかったのにな……」
その後しばらく何故か観光の話になったのだが、これはハライチとミズイチが神保の呟きを聞いて意図的にそのようにしたのであり、少しして美智のダンジョンに向かう話に移行させる。
「では、そろそろ参りましょうか?共に主様とカーリ様も行かれるのですよね?」
「そうだね、ハライチ。できれば今から行けると嬉しいな。それで良いよね、カーリ?」
「はい!賛成です」
「では、私ハライチとデル様、レイン様、チェー様が同行させていただきます」
こうして美智のダンジョンの20階層に大勢で転移し、素直に神保の謝罪を受け入れて何事もなかったかのように仲良く話し始める三人の女性。
特に朋美と神保はこれからの恋の話に花が咲き、少し美智が引き気味と言う図になっているのだが、それも一つの幸せの形だと思いつつ温かく見守る湯原と水野だ。
こうして相当な力があると言われているダンジョンは、ラスリ王国に“番”、“淀島”の二つ、コッタ帝国に“美智”と“弦間”と“神保”のダンジョンが残る事になった。