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「主様、突然の方針変更申し訳ありませんでした」
ミド・ラスリが去った後の1階層の城の豪華な一室でハライチが開口一番湯原に謝罪しているのは、あの剣の詳細を二度鑑定して内部に番のダンジョンマスターの魂の一部が封印されていると知って方針変更をしたからだ。
「いやいや、問題ないよ、ハライチ。知っての通り俺はこう言った事は苦手でさ?臨機応変に対応できるハライチがいてくれて助かっているよ。でも……レ~イ~ン~?笑うのを堪えるのはいいけど、あからさまに深呼吸するのはやめてくれよ?その音を聞いて俺の方が笑いそうになったぞ?」
「これは大変失礼いたしました。フフフ、随分とご立派な演説でしたよ?セーギ様」
眷属は両主を非常に尊敬し、敬ってはいるのだが、二人の希望もあって軽口も叩ける存在になっている。
「我が主、ハライチ、今後は……やはり神保に対応させると言う事でしょうか?であれば、某がひとっ走り連絡してきますが」
「デル様。保護下にあった番のダンジョンマスター二人の魂が残っているとは流石の神保も想像していないかと思いますので、やはりご指摘の通りにするのが最善かと思います。明日王城に向かう際には、私とチェー様が神保に同行する形とさせていただきます。連絡につきましては、以前朋美様に渡した物と同じ伝言の紙をグリア達に渡してありますので、即対応させていただきます」
以前美智のダンジョンに帰る朋美に対して渡したイルーゾ特性の魔道具の紙であり、その紙を使用する事で美智のダンジョンの危機を救えた過去がある。
遠距離で記入した事が一方の紙に即転写される非常に便利な使い捨ての紙であり、その紙を神保の監視兼助力と言う立場で送った魔物三体、グリア、プリース、マーリに持たせていたので、即連絡を取って神保に伝えた上で、城下町前で落ち合う手はずを整える。
持ち得ている情報、剣の件も連絡済みであり、その剣を破壊すれば封印されている魂は解放される可能性が高いと言うアイズの鑑定結果も書き添えている。
翌日……
「随分と早い到着ですね、神保様」
「……この時の為に生きてきたと言っても過言ではないのだから、仕方がないと思っていただきたいわね。でも、この情報は私でも掴めなかった事。本当に感謝しているわ。近いうちに貴方の主に直接お礼をしないといけないわね」
ラスリ王国の城下町に入る門から少々離れた位置でチェー本体を右手に巻いたハライチを待っていたのは、数体のゴーストと二体の眷属である<淫魔族>のインキュバスと<光族>の男性と共に湯原と水野が貸し与えた召喚魔物の三体を引き連れている神保だ。
「随分と長くあの二人を苦しめてしまったので、少しでも早く解放してあげたい。早速向かっていいわね?」
「……無駄な殺生をしないようにお願いいたします。神保様」
ハライチとしてはチェー本体や三体の召喚魔物が味方になっているので、たとえ神保側の目の前の二体の眷属やゴーストが敵対したり暴走したりしても容易に制御できると判断しており、忠告するだけに留めている。
ダンジョンマスターである神保自身はレベル1であり、門番からの一撃でさえ死に至る可能性が高いので周辺を秘蔵のゴースト……特段補強されてはいないレベル80のままではあるが、それでも圧倒的な強さを持つ召喚魔物であるゴーストに姿を隠させながら自らを護衛させつつも城下町に入り込む。
当然門番に止められるのだが……
「おい、貴様ら身分証はあるのか?」
「私達は、あの番のダンジョンがあった場所に新たなダンジョンを生成された主の使いです。本日王城に向かうと伝えておりましたが、聞いておりますか?」
ハライチが確認すると門番は事情を聞いていたようで、黙って体をズラして城下町への入場を促す。
「あまり栄えていませんね。と言うよりも、寂れていますね」
「確かにその通りです、ハライチ様」
ハライチの独り言に反応する、真っ赤な髪の毛を持つ炎を司る召喚魔物のグリア。
一方で神保は仇が近づいている事から表情は硬くなり、一言も口を開く事は無かった。
同様に王城侵入時にも騎士に止められたのだが、全く同じようにハライチが対応すると騎士はそのまま会談用の部屋に向かって先導する。
この騎士は湯原と直接会っていない騎士であり、この中に希望のダンジョンマスターがいない事は気が付かないのだが、一人レベル1である神保がいた事から、この一人が目的のダンジョンマスターであると判断している。
やがて案内された部屋に着いたのか、騎士は扉を開けて入室を促した後に立ち去って行く。
先日の湯原との会談の意趣返しなのか、上座の椅子には何やら物が置かれており、下座にしか座れない状態になっている。
「小さい男ですね。神保様、皆さん、座りましょうか。恐らく暫くは待たされるかと思います」
この対応で、間違いなくミド・ラスリは相当時間が経過した後にこの部屋にやってくると判断し、今すぐにでも王城中を探し回って剣を破壊しようと意気込んでいる神保をなだめるためにも、収納袋から材料を取り出して優雅に紅茶を入れるハライチ。
特別に神保に振舞う紅茶の中にもビー特性の回復薬を入れており、一口含んだだけで相当心を落ち着かせる事が出来たようだ。
ハライチは、この場の雰囲気を壊さないように気をつけながらも会話を続け、時間の経過も意識させないように配慮しつつ過ごしている。
予想通りに相当時間が経過しても未だに現れないミド・ラスリだ。