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ラスリ国王は一般の民を受け入れている湯原のダンジョンに交渉しに、王家として脈々と受け継がれている剣を持ち、召喚冒険者であり奴隷とした岩本と三原、更には近衛騎士を伴って万全の態勢で向かっている。
混沌の時代のきっかけとなってしまったダンジョン攻略時に得たコアや数々の魔物の魔核で作った剣、王族しか使えない呪いの剣を持って交渉に臨むのだが、交渉とは口だけで、自らの祖先がダンジョンを滅ぼしたと言う歴史を伝えて、ダンジョンを国家戦力で滅ぼされたくなければ素材を無償で提供しろと脅しをかけるつもりだ。
騎士の中でも相当練度が高い者達が選別され、悔しそうに国王であるミド・ラスリを睨んでいる二人の召喚冒険者を引き連れて湯原と水野のダンジョンに向かう。
馬車のままでは中に入る事が出来ないので、ダンジョン入り口前で馬車を預かる商売をしている商人に預けて中に入って行く一行。
岩本と三原は少し侵入を躊躇していたのだが、そこは強制性のある奴隷契約で押し切るミド・ラスリ。
「フム、アレが受付のある小屋なのだな?おい!国王である余が参ったと伝えてまいれ。ダンジョンマスターとの面会を行う用意があるとな」
立場は圧倒的に自分が上と思っているので随分と上から目線の物言いにはなっているのだが、この姿勢こそが交渉を成功に導くと信じて疑っていない。
言われた騎士は列を無視するような形で建屋に近づくのだが……もちろんアイズによって連絡を受けているので、深層からハライチが転移して対応すべく建屋に走っている騎士に近づく。
列に並ぶ必要がないこの町に住む住民は<淫魔族>であるハライチがダンジョンマスターの配下であり、相当信頼されている存在だと知っているので、何事かと少々遠巻きに様子を見ている。
「あなたがミド・ラスリ子飼いの騎士ですね。我らが主と面会をしたいとの申し出のようですから、あの城でお待ちしていますよ」
自らを守護する主である国王のミド・ラスリを呼び捨てにされて思わず攻撃しそうになるのだが、ハライチはこれだけ言うと霞のようにこの場から消えた。
「チッ、魔物風情が……」
周囲には他国の者も多数おり国家と繋がりがある者もいる可能性を排除できないので、ラスリ王国の品位を考慮してこの場では大人しく引き返し国王にミズイチの伝言を告げる。
「城?あれか。迎えもよこさずに距離がありそうなあの場所まで来いと言っているのだな。随分と……立場を理解していないようだ」
ともあれ、このダンジョンを支配しているマスターと話をしなければ進まないので指示された通りに入り口からでもしっかりと見える巨大な城の方向に進むのだが、こうする事によって容易にこのダンジョンから出られなくなっている。
その事に気が付いているのは岩本と三原だけなのだが、他の者達は自らの優位を疑っていないので退路など一切頭にはない。
強制的にこの場にいる岩本と三原は自由に口を開く事が出来ないのだが、互いに視線で退路の確認を行っている。
「随分と……見かけは立派で栄えているように見えるが、余が支配した暁には相応の税を聴取する必要があるだろうな」
取らぬ狸のなんたら……だが、自らの城下町とは比べるまでもなく栄えており、販売している商品の質、量、種類も豊富で、逆に金額は安い事実を目の当たりにして、その権利を手に入れた時の事を思い浮かべて悦に浸るミド・ラスリ。
「しかし、思った以上に距離があるな」
かなりふくよかな肉体を揺らしながら自らの足で歩いており、普段は馬車で移動しているミド・ラスリにとっては相当な運動になっている。
この事実を見て、岩本と三原は自らの主の設定がなされている動きが緩慢なミド・ラスリが真っ先に始末されない限りは逃げられない事を悟る。
「ようやく着いたか。道中の家だが相当な空き家があるようだ。そこも含めて国家直轄の管理とし、住民には使用料を支払わせる事にするか」
勝手な法を考えているミド・ラスリの前に、大きな城を囲っている壁に作られている門からハライチが出てくる。
「む?その方随分と早く移動したのだな。なるほど、余の歓迎の準備でもしていたか?関心関心」
のっしのっしとハライチの近くに進むミド・ラスリをみて、岩本と三原の心中は穏やかではない。
ダンジョン入り口であればいざ知らず、懐深くと言えるこの位置でむやみに敵を挑発しているのだから、何時戦闘になるのかわからないと思っている。
目の前の穏やかさを見せている美しい女性も、れっきとした魔物で、<淫魔族>。
基本的にはあまり強さはなく、日中には力が激減して同性にも弱いと言う弱点は広く知られているのだが、このダンジョンの恐ろしさを体感している二人は油断する事は出来なかった。
ミド・ラスリにとっては相当長い距離を移動しており、その間に全ての鑑定を全三体のアイズがこの場に集合して終わらせている為、情報が丸裸になっている国王一行。
城の中に待機している湯原と、その護衛のデル、レイン、そしてレインの右手に巻き付いているチェー本体、会談の部屋を囲うようにゴースト部隊が配置されている。
残念ながら少々大きな荒事の為に、今回は水野はミズイチ達と共に下層で留守番になっている。
「ふ~む、張りぼてかと思っていたが、中も相当な出来だ。余の別荘地に相応しいのではないか?」
門から出て来たハライチが一言も話さず踵を返して中に入ったので、その後を不満そうにしながらも内装を見て再び勝手な妄想を垂れ流しているミド・ラスリだ。