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ゴーストの呆れたような声が聞こえると、三原も岩本も一気に沸騰して後先考えずに攻撃を仕掛ける。
その炎魔法や水魔法、岩本の光魔法を纏った槍の攻撃を全てその体の動きだけで華麗に避けるゴースト。
「おっと、これは良くなかった。この程度の攻撃でもダンジョンの異変として主が感知してしまうかもしれない。私とした事が」
こんな事を言ったかと思うと、それ以降は全ての攻撃を魔法で見事に相殺して、音すら出なくして見せた。
全く同じ力を同じタイミングで行使しなければできない芸当……レベル50を超えて歴代最強と浮かれていた三原と岩本は少々焦り、奥の手を使う事を決意する。
奥の手とは……三原の右肘から下の魔道具、岩本の右手の魔道具だ。
何れもぱっと見は完全に人の手であるのだが、その中には魔法の媒介がぎっしりと詰まっており、そのおかげで普通の手のように動かす事が出来ているが、過剰な魔力を供給すると大爆発を起こす。
先ずは岩本が槍の攻撃を魔法で完全に相殺して一瞬つばぜり合いのような形になった時に、初めて右手で直接ゴーストを殴りに行く。
本来物理攻撃完全無効であるゴーストに対しては悪手で、恐らくゴーストは避ける必要も相殺する必要もなく放置すると判断している岩本。
しかし、普通の右手ではなく魔道具であり、その右手の魔道具を利用した魔力を含む爆発は魔法攻撃にも分類されるためにゴーストにダメージを与える事ができる。
示し合わせた様にゴーストの背後に一瞬で回った三原も、左手で魔法を行使してゴーストが相殺した事を確認すると、破れかぶれの様相で右手を使って殴り掛かる。
二つの右手がゴーストの白い外套の中に吸い込まれそうになった瞬間に勝利を確信した三原と岩本だが、直後にゴーストが消える。
それも、魔道具である右肘下と右手と共に……
「この程度の魔道具の爆発でダメージを与えられると思っている所が弱者。もう救いようのない弱者である事は理解していたつもりだが、想像の遥か下を行くのだな」
ゴーストの右手には二つの手の形をした魔道具が握られており、直後に大爆発を起こすが音も聞こえずに破片や波動もないまま魔道具は消える。
「見て理解したか?敢えてこの私が過剰な魔力を供給してやったのだが、この程度の爆発では主の忠実なる配下であるこの私には傷一つつける事は出来ない」
三原と岩本は奥の手を使ってしまい、今は片手しか攻撃や防御に使えない状況に陥っている。
戦力激減の状態で相手は無傷のこの絶望的な状況に次の手を必死で考えるのだが、何も浮かばずに絶望の気持ちが芽生える前に体中に痛みを感じて倒れる。
「この程度の攻撃も視認できていないようだ。はぁ~、本当にこの程度であれば、主に報告する必要もなさそうで安心だ。他の手はないのか?」
追撃せずに二人の様子を見ているゴーストに対して、三原は全力で癒しの魔法を使って怪我を癒す。
「なるほど。それで?」
右手以外は万全の状態に戻ったが、それでも更なる動きを見せないゴーストはあきれた様に首を振ると、そこで岩本と三原の意識は途絶えた。
彼らが次に目覚めたのは、王城の前に全身傷だらけの状態で無様に晒されているのを発見した騎士に起こされた時だ。
「陛下!城門の前に召喚冒険者である岩本と三原が転がされております。命に別状はなさそうですが、相当重症です」
二日経たずにダンジョンから戻ってきたと思えば、ボコボコにされて城門の前に晒されると言う無様を晒した岩本と三原だが、ミド・ラスリにとってはダンジョンの力が相当であると認識するとともに絶好のチャンスであるとも考えた。
「わかった。回復せずに、その状態のままここに大至急連れてまいれ」
何故回復する必要がないのか理解できない騎士だが、国王の命令は絶対の為に黙って指示に従う。
直ぐに大広間に意識が朦朧としている二人が連れ込まれ、ここで騎士は国王の真意を理解する。
「余を主とする奴隷契約を行う。始めろ!」
レベル50超えの召喚冒険者と言う絶大な力をその手に握るため、強制的な奴隷契約を実施したのだ。
相手がいくら化け物クラスの強者でも、瀕死の重傷を負っていれば奴隷契約に抗う術はないので、程なくして二人の左手には奴隷であることを示す痣が明確に浮かび上がった。
「これで良い。二人を別室に連れて行き癒してやれ」
ミド・ラスリとしては、人族である以上は無意識化でその体を守るように攻撃の時も力を抑えてしまう事を知っていたので、奴隷契約によって強制的に我が身を顧みない程の攻撃をさせる事で、いくら力を増した湯原と水野のダンジョンでも通用すると言う思いがあった。
「こいつ等と、この剣があれば交渉は可能だな」
改めて王族に伝わる剣を抜剣して、その切っ先を何もない空間に向けてこう呟く。
ミド・ラスリは絶対的な力を得たと確信しているので、自らも含めてダンジョンに乗り込んで交渉と言う名の恫喝をすれば全て手中に収める事ができると考えたのだ。
その考えがとてつもなく甘いものだと知るのは、もう少し後になる。