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「お初にお目にかかります。私、神保のダンジョンと呼ばれているダンジョンマスターの眷属の一体、インキュバスです」
召喚魔物ではなく、失えば補填が不可能な存在である眷属としっかり伝えるインキュバス。
誠意を見せなければ今回の会談は不調に終わると判断しての行動だが、既に全てを明らかにされているとは思っていない。
「ご丁寧にどうも。俺がセーギでこっちがカーリ。俺達がこのダンジョンのダンジョンマスターだ。俺達は君がここに来た理由もわかっている」
ここに来る前に、ハライチとミズイチから決して遜る事のないように言われている湯原はいつもとは少し違う話し方をしている。
その話を聞いて、眷属と名乗ったのに特に反応がなく、更には訪問の理由も知っていると言われて、上方修正した湯原と水野のダンジョンの力を更に上げなくてはならないと感じているインキュバス。
「神保と言うマスターがどんな思いでこの場所の前身のマスター達と接していたか、力を貸したいのに貸せなかった悔しさは理解できる。だが、今を生きる事情を知らない人々や、必要以上に無駄に他の召喚者に粉をかける様であれば見過ごす事はできない」
つい最近召喚されたはずの二人が想定以上に真実を掴んでいるので、逆に無駄な説明を省けると開き直るインキュバスは、交渉を始める。
「仰りたい事、理解いたしました。神保様は確かに地上への復讐と言う考えで動いてはいるのですが、ご指摘の通り相当過去の事であり、当時あの二人のダンジョンを冒険者として攻撃していた者の子孫も存在するでしょうが、わかりました。では、目標を一つに絞らせて頂く事でご理解いただけますでしょうか?」
主である神保の了解を得られてはいないが、長い付き合いで最も復讐を果たしたい相手は、ラスリ王国の国王……あの二人に対して軍を差し向けた者の末裔であり、正直あまり良い噂は聞こえてこない者だけを対象とする事で交渉する事にした。
「神保様は、あの二人のダンジョンマスターの魂を鎮めるために故郷の仏像と言うのですか?お二人にはご理解いただけるかと思いますが、その仏像に語っているのです。何があってもあの王族を許しはしない……と。本来は混沌の時代と言われた時に復讐を果たす選択肢もあったのですが、他のマスターの保護に忙しく、更には王族も所在が良くわからない状況もあって、何時の間にかラスリ王国の国力も上がってしまったのです」
実際は、復讐に身を焦がしてほしくないと思っているインキュバス達がラスリ王国から視線を逸らせるように誘導したのだが……
その結果、十分に国力をつけたラスリ王国を攻めるには戦力不足と判断され、周囲のダンジョンマスターを配下にするべく動きながら力をつけていた。
この時間のかかる作業も、ラスリ王国に復讐を果たす為に動いた場合に万が一がある事を否定できないので、少しでも楽しい時を長く過ごして欲しいと言うインキュバス達の配慮だ。
「ですので、私達の目的はラスリ王国、王族への復讐に限定します。その部分に関しては目を瞑って頂けないでしょうか?」
この場で最も立場が上だと判断した湯原から視線を外さずに訴えるインキュバス。
「ハライチ、あの国王の評判は?」
「はい、主様。正直、為政者とは言えません。歴代の王族もあまり良い政をする存在ではなかったらしく、事実例の騒動で民が一気にこのダンジョンに流れてきたのが良い証拠になろうかと思います」
「そう言われればそうだな。民を守れない国王……わかった、インキュバス。俺達はラスリ王国に対する行動に関しては目を瞑ろう。逆にそれ以外の余計な行動がないかの監視と共に、作戦遂行の力にもなる存在をつける。それでも良いか?」
監視されつつも、余計な事をしなければ安全が増すと言うこの申し出について即座に脳内で検討するが、どのみちここで断っては交渉が成立しない事に思い至り、受け入れる。
「承知しました。どのような方をお貸し頂けるのでしょうか?」
これも事前にミズイチとハライチが想像していた通りの会話の流れなので、指定された三体を呼び出す湯原。
「この三体、マーリ、グリア、ブリースだ」
目の前に出てきたのは、召喚時にレベル90を超える魔物でそれぞれが水、炎、風に特化した攻撃と耐性を持つ人型の三体。
この姿を見ただけでダンジョンのレベルが間違いなく99になっている事を把握したインキュバスは、自分の交渉が何とかうまく纏まった事に安堵する。
その後三体を伴って1階層にある建屋から出ると、そのまま湯原と水野のダンジョンを後にして神保のダンジョンに戻るインキュバス。
マーリ、グリア、ブリースの三体は普段最下層、湯原と水野が住んでいる44階層と侵入者に影響を与える可能性のある浅層以外は自由に動いて良いと許可を受けている存在だ。
少し前の美智のダンジョンに神保からゴーストが侵入した際の対策で緊急招集がかかったが、出撃する事なく終わってしまい主の為に何かできないかを常々考えていた。
召喚後レベル99に引き上げて貰えた恩返しもしたく考えていた所に訪れた、今回のチャンス。
監視と補助と言う内容ではあるが、初めての活動であるために何としても成し遂げると言う気合に満ち溢れている。
その熱意からか、無駄に力を周囲にまき散らしながら高速で移動しているので、同じレベルであるはずの眷属のインキュバスでさえ少々圧によって息苦しくなっていたが、何とか神保のダンジョンに到着する。
「神保様、ラスリ王国の王族を対象にすると言う条件で敵対しないと言う事を飲んで頂きました。逆にその部分さえ守れば、こちらのお三方も手を貸してくださるそうです」
神保も目の前の三体の存在はどのような者か知っており、自分の最大戦力のゴーストよりも格上の召喚魔物であるために全てを察して条件を呑む事に異を唱えなかった。




