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最も進行速度が速いのは、このダンジョンにいち早く侵入した藤代と椎名だ。
階層が進むにつれて慎重に行動しているのだが、やはり疲労の蓄積がある事と、気温が一気に低下した階層であるので動きが少々緩慢になっている。
……サクッサクッサクッ……
茂みの上に積もっている雪を踏みつつも地中から魔物が襲い掛かってこないかを気にしつつも進んでいる二人は、突然景色が変わってしまった事に最大限の警戒を行う。
ミズイチやハライチの想定通りに7階層にあるとある谷底に送られたのだが、そこも十分以上の広さがある上に相当高い壁に囲われている様な状態なので、そう簡単に抜け出せる場所にはなっていない。
想定が軍隊等の集団対策なので、相当の力を使わなければ谷底からは脱出する事は不可能な作りにしており、逆に普通の冒険者が侵入した場合には渓谷……少々厳しい山登りをすれば脱出できる場所に送る事ができる。
「理沙、どうやら私達は転移罠を踏んだ様ね。逆に言えばこれでターゲットに一気に近づけたかもしれないわ」
「気が付かない内に罠を踏んだのは理沙的には悔しいけど、ショートカット出来たと思えば良いかな?」
このダンジョンマスターは湯原と水野であると確信しているので、甘っちょろいダンジョンで自分達が命の危険に侵されるわけはないと確信している二人は、気が付かずに起動させてしまった罠が致死性のものであった場合の事などは意識にない。
そればかりか、通常の転移罠は深層に送るケースがほとんどなので、自分達がダンジョンマスターの存在する階層に近づいたと喜んでさえいる。
「ミズイチ、あの二人は相当バカなのでしょうか?」
当たり前のように会話も聞いているハライチとミズイチは、無駄に前向きな二人の会話に呆れ切っている。
「じゃあさ?切りが良さそうだから今日は終わりにしようか?彩ぴょん」
広い谷底にいるのだが、周囲には危険な魔物の気配は感じていないので丁度良い休憩場所だと割り切っている藤代と椎名。
収納袋から食料やテントを出してすっかり休憩モードに入っている。
「呆れましたね。今の所魔物を配置してはおりませんが……アレで良く今迄生きてこられましたね」
「そこは同意です。ひょっとしたら想定レベル以上の魔道具を持っている可能性も捨てきれませんので、私はあの二人を注視しておきます。残りの転移をお願いできますか?ミズイチ」
無駄な作業ではあるが、主の為に完璧を期すべくハライチが谷底で寛ぎ始めた二人の監視を行い、別途侵入している残り四人の召喚冒険者を同じように谷底に落とす手配を行うミズイチだが、残りの四人がこの7階層に侵入してくるのはかなり時間が経過してからになる。
「主様とセーギ様と同時に召喚されたあの四人の召喚者、一つにまとめた際に恐らく戦闘になりますね。別に分けますか?それとも……セーギ様の判断を仰ぎますか?」
ミズイチは四人の召喚者、吉川、笹岡と藤代、椎名が敵対している事から、今の計画通りに同じ谷底に落とすと全滅する可能性もあり得ると考えており、同郷の者を許可なく始末する事は少々憚られていた。
「本来はもっとお二人にはゆっくりして頂きたいので、戦闘になって死亡の可能性が出た際に鎖族で対応すれば良いのではないでしょうか?」
二人が映し出されているモニターから視線を外さずに、ミズイチに答えるハライチ。
実際の所レベルが34程度の二人を捕縛するのにチェーの分裂体である必要はなく、召喚魔物の鎖族数体で対処すれば十分との判断であり、ミズイチもこれに同意して二人がいる谷底の地中に少々レベルを底上げしている召喚魔物の鎖族を配置する。
まさか自分達を完全に捕らえるための準備が足元で進んでいるとは知らない藤代と椎名は、呑気に食事を終えると各自がテントに入って休み始める。
二人の中では、この程度のダンジョンであれば危機が迫ってくればその気配で目が覚める自信があった。
足元の鎖族に一切気が付かないままに意識が途切れてどの程度経ったのだろうか……頭に警報が鳴り響いて飛び起きてテントから出る二人の前には、同じように突然転移魔方陣によって飛ばされて困惑している吉川と笹岡がいた。
藤代と椎名を視認した二人は迷う事なく攻撃を始める。
吉川は得意の剣術で斬撃を飛ばし、笹岡は魔力で作った弓を容赦なく射っている。
急に二人が現れた事には驚いたが、臨戦態勢でテントから出てきた藤代と椎名も即座に応戦する。
椎名の魔法による防御で斬撃と矢を完全に防ぎ、その隙に藤代が炎魔法を構築して二人に攻撃する。
一進一退の攻防が始まるのだが、現在のレベルは吉川と笹岡の方に若干の軍配が上がるので徐々に押し込まれる藤代と椎名。
「藤代、椎名、諦めて俺達の糧になれ」
「藤代殿、椎名殿、諦めも肝心だ」
ある程度互いの手の内を知っているので、遠距離攻撃手段を持っていない椎名が狙われる。
「女一人に男二人、何時からそんな腰抜けになったのさ?」
椎名は防御魔法を構築しており、その隙に藤代は吉川と笹岡の背後に回ろうと急いで移動する。