(117)
通常ダンジョン内部の眷属通しであっても、目の前にいなければ完全な意思の疎通は出来ない。
例外は、ダンジョンマスターが眷属や魔物の感情を知る事ができる事と、分裂体と本体との間の意思疎通、同族同士の意思疎通だ。
しかし、湯原と水野のダンジョンはレベル71近辺で手に入れたステージ変更(大)と言う所属魔物や眷属の特殊強化能力で、魔物通しの意思疎通ができる術を手に入れている。
残念ながらダンジョン内部限定であり、外に出ると分裂体と本体との意思疎通の力や、それには劣るが、レベルの高い同族同士の通信の力や魔道具の力を借りる必要があるが、この広大なダンジョン内部では非常に重要な能力だ。
一階層では召喚冒険者の気配を目ざとく感じ取った<淫魔族>と、アイズからの情報展開によって、同じ召喚者であり対極の位置にいた星出と岡島は裏に引っ込んで事なきを得ている……
星出と岡島が最早ただの人になっているなど藤代と椎名には瞬時にわかり様がないので、鑑定させる暇もなく丁度良い糧だとばかりに、即座に攻撃される可能性が高かったのだ。
「取り敢えずは私が向かいます。情報は直ぐに送りますので、よろしくお願いしますね、ミズイチ」
「はい……チェー様も同行されるようで安心です」
当然会話の最中にも他の眷属達からの意思も伝わってくるが、その内容は今の段階では危機的状況とは言えないので、主である湯原と水野には伝えないように配慮されている。
「お待たせしました。星出様、岡島様、状況を教えていただけますでしょうか?」
一階層入り口の建屋の裏、とある部屋に避難している元ダンジョンマスターの二人に対して直接事情を聞く為に転移で現れるハライチと、不測の事態の対処の為に同行しているチェー。
「あ、あの二人、私達と一緒に召喚された二人です。絶対ダンジョンマスターの水…」
「カーリ様ですね。呼び方には気を付けて頂けますか?」
主の本当の苗字を口に出しそうになった星出の言葉を、有無をも言わせない圧力で止めるハライチ。
「ご、ごめんなさい。カーリさんとセーギさんを狙っているのは間違いないと思います」
「私もそう思います。どんな事が起きればあれ程の恐ろしい表情が出来るのか……一瞬遠目で二人が見えましたけど、本当に怖かったです」
元眷属が近くにいるとは言え、今はダンジョンマスターですらない本当に只の人である二人、星出と岡島には何の力も無い。
その二人の目には、自分達のレベルを一気に上げてくれた先輩召喚冒険者で、ある意味師匠とも言える存在を裏切り、味方と思っていた吉川達に裏切られと、日本では信じられない目にあって互い以外を全く信用せずに、安全のためにひたすら貪欲に力を求める藤代と椎名が映っていた。
ダンジョン内部では湯原と水野以外は厳戒態勢となっており、ハライチの指示で三階層の癒しのエリア担当のアイズが一階層に移動して藤代と椎名だけを監視する態勢にしている上に、眷属の一体であるスラエ本体が来るほどの念の入れようだ。
「……と言う事で最寄りの村のギルドでは説明しておりましたが、当ダンジョン一階層は居住空間となっておりまして、冒険者としての活動をされる場合は、こちらから直接二階層の入り口まで飛ぶ事が出来ます。如何致しますか?」
万全の監視体制に気が付く事が出来るわけもない二人の召喚冒険者、藤代と椎名は、目の前の光族の男に興味がわいたようだ。
「ねぇ、貴方の主、このダンジョンマスターって湯原君と水野さんでしょう?私達、日本にいた頃からの知り合いで、今でこそ立場は逆になっちゃったけれど、当時は上手くやっていたと思うのよ」
「そうそう。彩ぴょんの言う通り。だからさ、二人をここに呼んでもらえないかな?理沙達二人から話があるって言ってさ?」
そう言いながらも目の前の少し幼い男に対して鑑定を行っているのだが、レベル17の光族としか分からず、眷属なのか、召喚魔物なのか、はたまた只の光族なのかが分からなかったのだ。
「理沙の言う事もそうだけど、貴方と湯原君達とはどう言った関係なの?召喚魔物なのかな?」
さりげなく両手首を確認して奴隷ではない事が判明したので、こうなると普通の光族の可能性は限りなく低く、直球で問いかける藤代。
「僕は……このダンジョンのマスターの配下ではありますが、ここを管理されているマスターは、お二方の仰っているようなお名前のマスターではありません。で、進む先は如何なさいますか?一階層に住まわれるのであれば、カードを作成いたしますが」
ハライチからの模範解答を受け取った光族の男は、そのまま答える。
「え?またまた~、今更嘘ついたって仕方がないじゃん?わかってる?私達は召喚冒険者。貴方はダンジョンマスター側の存在。契約がどうこうは関係なく、私達の糧になれる存在なの。レベル17程度だからどれくらい糧になるかは分からないけれど……一回試してみる?」
一回も何も、試したその時点で光族は死亡してしまうのだが、もう日本にいた頃の常識は一切捨てている……日本にいた頃も少々常識が無かった二人は、自らの発言を気にも留めない。
椎名は少々殺気を出して脅しをかけてみるのだが、光族の男はその幼い表情を一切変える事無く、特に殺気に反応する事も無かったが、その様子を見ていた藤代がこう詰めよる。
「理沙。まだダンジョンの詳細が分かっていないのだから、余計な揉め事は避けましょう?じゃあ、マスターは私達の知り合いじゃないって事で良いわね?だとしたら手加減はしないし、助ける事もしないわよ?」
一応、言葉だけをそのまま聞き取ると椎名を止めてはいるのだが、光族にとってみれば言われている内容にあまり変わりはなく、結局は脅している。