(114)
一方、調査とあわよくば一気に配下にしてやろうと思い、最早虎の子になっているゴーストを一体差し向けた神保は、順調に侵攻しているとの定期連絡を受けて安堵していたのだが、突如としてその存在との繋がりが切れた事に驚く。
「な……あのダンジョンも、手練れがいるの?」
もう残っているゴーストは四体しかいない。
ダンジョンの階層を無駄に大きくしてしまったので、何をするにも膨大な内包魔力が必要になっている神保のダンジョン。
今まで長きにわたって内包魔力を貯めて、一体ずつチマチマ召喚してきた最高戦力のゴーストを立て続けに失ってしまったのだ。
召喚魔物としてはもう少し格上の存在もいるのだが、必要内包魔力が桁違いの為に諦めていた。
ハライチとミズイチが準備していた三種の魔物はゴーストよりも格上の召喚魔物であり、初期の段階での必要内包魔力は、ゴーストが6万に対して、あの三種は15万。
そこに階層増加に応じた分が加算されてくるので、全85階層と言う化け物じみた階層を持つ神保のダンジョンでは召喚する事は出来ない。
ゴーストでさえ、番だったダンジョンマスターや弦間から譲渡された内包魔力があって召喚できたのだから……
それに、このゴーストだけではなくレベルの高い召喚魔物は自然交配や分裂はしないので、ダンジョン内部で数を増やすと言う事が一切できず、非常に貴重な存在なのだ。
虎の子ゴーストを一気に複数体失った神保は、良くない流れが継続していると判断する。
「暫くは大人しくしているべきかしらね。ここの所、バタバタして良くなかったわ。今度はあの三人のダンジョンマスターと、召喚冒険者の岩本、それと三原だったかしら?その辺りを手に入れてからの方がよさそうね」
再び表舞台から完全に消える様に大人しくなる神保だが、これは手遅れだ。
真実を知らない召喚者達の間では相当大人しいマスターだと認識されているのだが、その裏では配下を増やして地上の者達に復讐を企んでいる。
既にチェーの分裂体からの情報で、以前の三つのダンジョンの戦闘に神保が介入していた事を把握しており、当然神保のダンジョン内部についても詳細を調べ始めているハライチとミズイチ。
今の所、攻撃を仕掛けてこなければ何か対処するつもりはないが、一般的に知られている大人しいマスターではないと言う事は既に理解できている。
一方の神保の作戦に組み込まれてしまっている召喚冒険者の岩本に至っては、右手の欠損を補うために王都に戻り、三原と同じく魔道具を手に入れている最中であり、王城で不遜な態度を取り続けながらも引きこもっているし、三原も復讐対象である吉川、笹岡、藤代、椎名を目的に活動している。
吉川と笹岡はコッタ帝国の美智のダンジョンに潜り続けた状態だし、藤代と椎名にしても、自らのレベルを上げる事が重要だと活動しているので、魔物討伐やダンジョン進入を繰り返していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
美智のダンジョン6階層を順調に進んでいた吉川と笹岡は、一瞬有りえない程の恐怖に襲われ……あろうことか一切動けなくなってしまった。
その恐怖も数秒で収まり動けるようになったのだが、まるで巨大な象に見下ろされている一匹の手足を失った蟻であるかのような気分になっていた。
「よ、吉川殿。今日は一旦撤退すべきではないか?」
普段冷静沈着な笹岡がどもってしまう程で、吉川も迷いもせずに撤退を決めて上層階を目指し始める。
2階層まで到達すると、同じように殺気にあてられたのか二人の冒険者が壁にもたれて休憩をしているが、その周辺には魔核が散乱しており、恐らくこの魔核を回収している最中に殺気に襲われて作業を中断して休憩しているのだろうと推測する。
「笹岡。確か、落ちている者は拾った者に所有権があるのだったよな?」
「……そうだな」
レベル上げを至上命題とはしているが、収入は多い方が良いので、動けない二人を尻目に根こそぎ魔核を奪って消えて行く二人。
壁にもたれて動けない二人は悔しそうに目の前の強奪行為を見つつも、自らに攻撃の矛先が向かわなかった事だけには安堵していた。
即座に動ける人とそうでない人……その者の耐性やレベルによるところが大きく、今この場にいる冒険者は普通の人族の冒険者であり、引き締まった肉体に真っ赤な髪をポニーテールにしているリリアと言う女性と、同じく真っ赤な髪ではあるのだが、フードで顔を隠しているハシムと言う男だ。
数時間後、漸く動けるようになった二人。
幸か不幸か二階層にいた魔物も同じ状態と言うよりも、もっと悪い状態であったらしく、動けない間に姿を見せる事はなく、無事に上層階に向かう事が出来ている。
「今回は、災難だったわね。でも、命があるだけ儲けものだね!」
「そうだな。割り切るしかねーな。だが……あいつらが召喚冒険者。評判は良くねーが、その通りだったな」
吉川と笹岡はコッタ帝国に移動してから長く活動をしており、そのレベルの高さを利用して強制的に他人の獲物を横取りすると言った愚行が噂になり始めていた。
今回のように帰還途中に特に多く、とある冒険者パーティーが必死で戦闘して弱らせている魔物を横取りして止めを刺し、レベル上昇だけは奪っていくと言う蛮行を繰り返していたのだ。
噂は噂と割り切っていた二人だが、その現場を目の当たりにして、いつ行動がエスカレートして自分達命の危険があるのかわからないと判断し、移動する事を検討する。