盲目の巫女は優しき獣王子に触れて愛の色を知る
「みなの者、聞いてくれ。俺はクレハ・デル・ルーナスとの婚約を破棄し、改めて妻となる者を探そうと思う」
ソル王子の口から飛び出た突然の破談宣言に、夜会に集まっていた人々がざわめく。
今日のパーティはこのソル王子が主催し、自国の貴族や他国から招いた賓客など、多くの人が集まっていた。
誰もが歓談をやめ、食事の手も止めて言葉を投げかけられた私の方へと視線を向ける。
しかし当の私は頭が真っ白だ。彼らを気にしている余裕は全く無かった。
その理由は『なぜ、どうして』――この言葉に尽きる。
「どうして、といった顔をしているな。理由は出自と……お前の目だ。お前の母は遠方の島国からやって来た、得体の知れぬ巫女なのであろう? 調べたところ、その血を引く者は何やらおかしな物が視えるというじゃないか。侯爵は隠し通そうと思ったのかは知らぬが、次期国王となる僕に秘密なぞ言語道断。処罰を与えず、婚約の破棄だけで済むことに感謝するんだな」
確かに私のお父様であるルーナス侯爵が、当時旅をしていたお母様を見初めて妻としたのは事実だ。
だけどお母様は占星術として星見をする程度で、何も害は無かった。
人を騙すこともしないし、それを言いふらすこともしない大人しい人だったのに。
「それに、だ。幾ら見た目が良いとは言え、人前にすらまともに立てぬ者を王妃とすることはできない。お前、俺が話し掛ける度にビクビクと縮こまりやがって。あぁ、気味が悪い」
「……そ、それは」
その原因を説明するため、咄嗟に王子の前に出ようとする。
しかしそれを邪魔する声が耳に入り、思わず足が止まってしまった。
周囲からヒソヒソと私のことを指す悪口が聞こえてきたのだ。
「たしかにあの真っ黒な髪。カラスみたいで気持ちが悪いわ」
「良く見たら目まで真っ黒なのよ。血のような涙を流すんですって」
「やだ……悪魔の子なのかしら」
「侯爵令嬢らしく、貞淑な方だと思っていたのに……」
何も知らないような人たちの、口さがない言葉の数々。
さっきまで一緒に居た人たちも、私からそそくさと離れていく。
「ちがう」という言葉が口から出てこない。
私が反論できないのをいいことに、次々と酷い言葉が連鎖していく。
さっきまで鮮やかなたくさんの色で溢れていたのに。視界は嫌な黒いモヤモヤだらけ。他に何も見えない。
もはや何が何だかわからない。
気付けば、自分の瞳から涙がポタポタと流れだしていた。
それを見てさらに周囲が沸く。誰も味方は居ない。
どうすればいいの……誰か助けてください……。
怖い、という感情で頭が埋め尽くされた。
足が竦み、その場から一歩も動けなくなってしまう。
遂に逃げるという選択肢もなくなった。
「ほら見ろ。こんな調子では、責任のある公務をこなす俺には相応しくない。さっさと家に帰って閉じこもっていろ。……まぁ、家にも居場所があれば、だけどな」
ハハハ、と嘲笑うソル王子。つられて会場が笑いだす。
ひどい……
どうしてこんな辱めを受けなきゃいけないの。
彼に相応しくなれるように、勉強だってダンスだって頑張ってきたのに。
社交だって、何事も無ければ喋れるように……。
ソル王子の言う通り、お母様が流行り病で死んでからのお父様は、私に対して冷たくなった。
家に居場所が無いことも彼は全て分かっていて、あんな酷い事を言っているのだろう。
もう、恥だなんだっていう場合じゃない。
とにかく私は、この場から消えたかった。
だけど出口に向かって歩こうとしても、足に力が入らない。
クスクスと笑う真っ黒たちが道を塞ぐ。
遂に気持ち悪さが臨界点を越えて、グラリと足元が揺らいでいく。
誰か助けて――
「それぐらいにしておいた方が良い。せっかくの夜会が台無しだろう」
意識が完全に途切れそうになったその瞬間。
落ち着いた、低い声が聞こえた。
同時にその声の主は、私が倒れそうになったところを優しく手で支えてくれていた。
「貴様は……」
「ヴォールク・アト・ヴァジニ。ヴァジニ王国の王子だ」
「……あの魔石大国の犬か」
ソル王子は名乗りを上げた彼に対し犬、と暴言を吐いた。
ヴァジニと言えば、魔道具の燃料となる魔石を産出する小国だ。
豊かな資源に恵まれているけれど、その代わり彼の国は呪いを受けたと言われている。
その呪いとは獣化と呼ばれ、徐々に獣のような特徴が身体のどこかに現れるらしい。
だからあまり自分の国から出て来ることはないと聞いていた。
実際にこうしてお会いするのは、私も初めてだった。
「自分で招いた客の顔ぐらいは覚えといた方が良いと思うぞ、責任感の高い王子様よ」
「ふんっ、貴様なんぞ魔石が無ければ我が国に足を踏み入れることすら出来んのだぞ。こうして華やかな場に居れるだけ、有り難いと思え」
「ふっ。別に来たくて来た訳では無いのだが……そうだな、では土産を貰ったら大人しく帰らせて貰おう」
そう言ってヴォールク王子は抱えたままの私の顔を覗く。
「土産、だと?」
「あぁ。お前たちはこの女性が不要だと言うのだろう? ならば俺が貰い受ける」
「はっ……? 突然なにをほざいて……」
ヴォールク王子の発言に素っ頓狂な声を上げるソル王子。
だがヴォールク王子は至って真剣な様子だ。
それを見たソル王子は少し考えたのち、彼の提案に乗ることにしたようだ。
「……いや、そうだな。なら引き換えに、魔石を優先的に我が国へ卸せ。その条件でそいつを売ってやろう」
「……自国の民を売るなどと、下衆なことを。だがいいだろう。それで手を打つ。これで取り引きは成立だ」
「え? あ、あの……」
「ではその忌まわしいソレを連れて、さっさと去るが良い。ちっ、折角の衣装が犬臭くなっちまったぜ」
最後まで失礼な物言いを改めることなく、捨て台詞を吐いたソル王子は他の令嬢達の元へと行ってしまった。
ちなみに私は未だにヴォールク王子の腕の中だ。
そして私の意思は完全に無視のまま、その腕に抱き上げられてスタスタと出口の方へと運ばれて行く。
だがそれを止めてくれる人はもう誰も居ない。
「……最後に挨拶でもする奴はいるか?」
「……いえ。いないです」
「実家の方は」
「……だいじょうぶ、です」
「そうか。なら帰るぞ、我がヴァジニに」
ヴォールク王子は前を向いたまま、力強くそう呟いた。
この時。その言葉で、私は何となく悟った。
私がこの国に帰ってくることは、もう二度と無いのだと。
「はい……お世話になります」
だけど不思議と悲しくはなかった。
その証拠に私の頬を流れていたはずの涙は、すっかり止まってしまっていた。
結局私はお姫様抱っこの状態で運ばれた挙句、彼が用意した馬車に乗せられ、ドレス姿のままヴァジニ王国へと向かっていた。
「えっと……私はこれから一体どうすれば?」
「強引な真似をしてすまない。だがあれ以上、キミのことを放ってはおけなかったんだ」
自分のしたことを思い出したのか、少しバツの悪そうな声色でそう告げるヴォールク王子。
さすがにちょっとやり過ぎたと思っているのかもしれない。
「いえ、あの時は助かりました。そうだ、魔石……何から何までご迷惑を……」
そういえばあの時は何も言えなかったけれど、私を庇うために魔石を融通する約束をしてしまっていた。
こんな私に、そんな価値は無いのに……。
また落ち込んでジワリ、と視界が滲んでくる。
それに気付いた王子が優しくハンカチで顔を拭ってくれた。
「気にするな……というより、俺がキミのことを欲しいと思ったのは本心だ。名前は……クレハと言ったか。クレハには魔石よりもずっと価値がある」
「それは一体……」
「……まぁそれは追々、な。それよりも気になったことがある。クレハ……キミは目が見えていないんだろう?」
◇
ヴォールク王子の言う通り、私は生まれた時から視力が無かった。
だけどそれは半分正解で、半分は間違いだ。
「たしかに私は目が見えない……んだと思います」
「だが、クレハは普通に振る舞っていたよな。他の者もそれには気付いていない様子だった」
「はい。実は私……物が正確に見えない代わりに、色が見えるんです……」
人でも、動物でも、物であっても。
何かの色の塊で形作られているように見えている。
それが私の世界であり、すべて。
目の前のヴォールク王子が、どんな表情で私を見ているのかも分からない。
だからあの夜会でソル王子が私のことを「気味が悪い」と言った時、私は何も言えなくなってしまったのだ。
このことを知っていたのはお父様と、お母様だけ。
実はこの色を見る『彩見』と言う能力はお母様の血筋に現れる特殊なものだった。
お母様は何となく感情の色が朧げに見える程度だったらしいけれど、私は視力が無い分余計にそれが見えるようだ。
「特に生き物の場合……どうやら感情によって色が変わるみたいなんです。怒りだったら赤だったり、悲しみだったら青だったり……」
「それでキミはあの夜会で……」
「私には、憎しみや妬みは殆ど黒に見えています。だから突然、暗闇の中に放り出されたかのようになってしまって……」
ただの暗闇ならまだしも、それが私に対する昏い感情だと知ってしまっている。
色を頼りに生きている私にとって、それは恐怖以外の何物でもない。
「あの時、ヴォールク王子は私にとって唯一の光でした。あの光が無ければ私はもう、両目を潰して自害していたかもしれません」
「それほど……だったのか」
「王妃として相応しくなれるよう、本の文字を色で判別できるようになるまで、死ぬ気で頑張ったりもしたんですけどね……ふふっ、それも無駄だったみたいですけれど」
まぁあの場で死んでやればあの人たちに少しでも意趣返しできるかも、というタダの開き直りだったりもするんだけど。
今考えたらかなり無茶な発想だったな。
でも、それぐらいあの時は取り乱していたのだ。
「そうか……なら、なおさら我が国にとっては有り難い存在、なのかもしれないな」
「それはいったいどういう……?」
「あのソル王子が言っていた通り、我が国の民は魔石に侵されている。実際に俺の頭には犬のような耳が付いているんだ」
「犬の……お耳……」
「あまりそういう外見を気にしない、というか見なくても顔色を変えない人というのは貴重でな」
なんだろう、気にはしないけれど……ちょっと触ってみたい……。
「おい、やめておけ。クレハにどんな影響があるか分からないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「ヴァジニで長生きしたければ、なるべく魔石関連には近づかないでくれ。……今日は疲れただろう。詳しい説明は国に着いたら説明する」
そういってヴォールク王子は馬車の中にあった毛布を一枚私に渡すと、隅の方で丸くなってしまった。
気のせいか、彼の色が羞恥を示すピンク色になっていた気がしたけれど……。
「おやすみなさい、ヴォールク様」
一晩のうちに沢山の事があった。
身も心も疲れてしまっていた私は毛布を有り難く頂戴すると、彼の向かい側で目を閉じた。
◇
「クレハも知っての通り、我が国では魔石の産出が一番の事業となっている。もはや依存している、と言っても過言ではないだろう」
ヴァジニ王国に到着し、十分に休みを貰った。
体調も万全となった私はさっそく、この国について学んでいた。
それもヴォールク王子が直々に教えてくれるとあって、至れり尽くせりの待遇を受けさせてもらっている。
彼は私のことをちゃんと女性として、紳士的に扱ってくれた。
ちょっとだけ奴隷みたいな扱いになるのかな、なんて心配もしたんだけれど、全然そんなことはなかった。
「だが、この魔石は人体に深刻な影響を与える。採掘に当たっている者を始め、輸出や加工を担当している者でさえ呪いのように症状が現れている」
ヴァジニの人たちは私のことを見ても、黒いモヤモヤが出ることは無かった。
その代わり彼らは病気を示す紫色に侵されてしまっていた。
誰も彼もが辛そうで、見ていて心が痛む。
通称、魔石病と呼ばれるこの病は人の理性を徐々に崩壊させ、最終的には凶暴な動物のようになってしまうらしい。
これは魔石に触れることの多い人物ほど、この魔石病に罹りやすくなる。
ヴォールク王子の言う通り、それは呪いに近いと思う。
「特に王族は太古の昔からこの魔石に触れてきたのでな。もはや直接触っていなくとも、生まれつき身体のどこかに何かしらの特徴が出てしまうんだ」
王子は自分の頭頂部にある耳を両手でニギニギしながら、少し悲しそうな表情を浮かべた。
なんでも彼の母親は、この魔石病で既に亡くなっているらしい。
その母親も彼と同じく犬の耳が生えていたそうだが……もしかすると忘れ形見のように大事にしていて、だから誰にも触らせたくないのかもしれない。
「対策としては、とにかく魔石には触れないこと。……この魔石しかない国に呼んでしまって言うのもなんなのだが。それだけは約束して欲しい」
「……分かりました。お約束します」
どうして彼は会ったばかりの私に、こんな気を遣ってくれているのだろう。
久々に感じる優しさがちょっとこそばゆい。
あんなに誰かと一緒に居るのが辛くて、怖くて仕方が無かったのに。
もうずっと、笑うこともなく過ごしていたはずなのに。
私の心はあの夜会で手を差し伸べてもらった時から、絶えず満たされ続けている。
だから私は……
「私はヴォールク様を信じていますので」
久しぶりだけど、ちゃんと上手くやれているかな?
「……その笑顔。必ず守る」
良かった、できてたみたいだ。
◇
あれからひと月ほどが経った。
私はヴァジニでの暮らしにも少しずつ慣れてきている。
日中は相変わらずヴォールク様について公務を学んでいた。
魔石は多くの国に輸出しているので、税の取り決めや量の調整、価格交渉など覚えることは多い。
国が違えば言葉も変わる。
人も違えばやり方も変わる。
感情の色には相変わらず困らせられることも多かったけれど、ヴォールク様が隣りに居てくれると不思議と取り乱すことも無かった。
それに「クレハが色を教えてくれるおかげで、相手の感情が読みやすい。交渉がやりやすくなった」と言ってくれた。
私は初めてこの力が役に立ったと感じていた。
「はぁ……どうして私はこの国で生まれなかったんだろう」
王城にあるテラスで手すりに寄りかかりながら、私は夜空を見上げていた。
色取り取りの星々がキラキラと輝く。
昔から星を見るのが好きだった。
それは占星術をするお母様の影響だったと思う。
星を見て、お母様が解説する。それを聞くのが私の楽しみだったのだ。
星空はどこで観ても同じなのに、どうしてこんなにも国によって人は違うのだろう。
白く見える溜め息がゆっくりと昇っていく。
このヴァジニ王国は山に位置するので、夜は少し冷える。
魔石の呪いだとか、犬の耳だとか、そういうことが気になるよりもずっと、私はこの国に魅力を感じていた。
その理由の大部分は……
「ヴォールク様もいつかは結婚しちゃうんだろうな……何て言ったって次期国王様だし……」
今の国王様も魔石病を患っていて、最近あまり体調が思わしくない。
みんなこの国に生まれたら早死には覚悟している、と笑っていらっしゃったけれど。
後継ぎを作るために、早めに王妃を見繕うのは当然だ。
その相手はいったい誰なんだろう……。
「はぁ……」
「どうしたのだ、こんな夜更けに。外に居たら風邪をひいてしまうぞ?」
「……ヴォールク様」
何度目かも分からない溜め息を吐いていたら、背中を何かが覆う感触があった。
どうやら私がこんな夜更けに外に居るのを心配して、毛布を掛けてくれたみたいだ。
「星空を……観ておりました……」
「星、か。俺はあまり観ないな。あの月を見ると、どうしても本能が疼くんだ……」
「そうなのですか。私には月はとても優しい色に見えるのですが」
あのぼんやりと包んでくれそうな柔らかなオレンジの光。
眩し過ぎる太陽よりも好きだ。
「私の名前のクレハ、というのは紅の葉という意味があります。これは今日みたいな満月の夜に、紅葉が美しく舞う光景から母が取って名付けたそうなんです」
「……人によって見え方というのは、こうも異なるのだな。そう聞くと月も美しく思える」
「そうですね。私もこの国に来て、色んな方と触れ合ううちに気付きました」
結局のところ、昔の私は自分の目が見えないことを理由に自分の殻に篭もっていたんだと思う。
全部この目の所為にして、他の人のことを知ろうとも思っていなかった。
「特に人間と言うのは、単純な一面性だけでは判断できぬ。状況によって感情もコロコロ変わるだろう」
「……はい」
「だからこそ、見た目……色だけではなく、その者の行動で判断するとよい。実際あのソル王子だって見た目や口先こそ良かったが、性格や行動は酷いものだっただろう? あれでは確実に人心は離れていくぞ。近いうちに次期王座だって簒奪されるかもしれん」
この国は周辺の国のほぼ全てと取り引きがあるため、様々な情報が入ってくる。
他国から見たあの国の評判は最悪で、交易も自国にしか益が無いような無茶な取り引きばかり。それらはあのソル王子が主導でやっている政策なんだそうだ。
あまりに阿漕なことばかりやらかすので、『取引きを徐々に減らし、真綿で首を絞めるかのようにジワジワと国力を落とす』と周りの国が一致団結し始めているほどだった。
「……私は随分と長い間、この力が憎いと思っていました」
「そう、だろうな……」
これまで私がどう育ってきたのかは、彼にも打ち明けている。
恐怖に打ち勝つために、血の滲む努力をしてきたのも分かってくれている。
「ですが、知らず知らずのうちに私自身がこれに頼っていたのかもしれません。もう少し私は別のモノを見たい。そう思います」
「そうするといい。きっとまだ、知らない色もあるかもしれないしな」
ヴォールク様は私の隣りに来て、一緒に空を見上げている。
毛布よりも、彼が居てくれる方がなんだか、心があったかい。
もしかしたら彼も私と同じ……
いや、彼は……ところどころモフモフがあるから寒くはないだろうな。
「……あの、ずっと気になっていたのですが」
「ん? なんだ、言ってみろ」
今まで遠慮していたけれど。
この機会に聞いてみよう。
「ヴォールク様のお耳……触ってみてはダメでしょうか?」
「はっ!? み、耳!? 耳ってこの犬耳のことか!?」
「はい……実はお会いした日からずっと触りたくて……」
あの馬車の中では触れたらどんな影響があるか分からないと仰っていた。
だけど他のヴァジニ人の方に聞いてみたらそんな話、誰も知らないと言っていた。
どうやらアレは、ヴォールク様の嘘だったようだ。
やはりあのお耳を他人に触らせることに抵抗があるらしい。
「嫌なら、いいのですけれど……」
「……いや、では無いのだが」
「では、是非!!」
「どうしてクレハはそんなにも耳なんかを触りたがるのだ……」
そりゃあ、あんなにモフモフしていたら触りたくもなるでしょう!?
それにヴォールク様は嬉しいことがあった時はピコピコと動くのだ、この犬耳が!!
「それが何とも、お可愛いのです……」
「そんな風に見られていたのか……恥ずかしい……!!」
私にさわさわと大人しく犬耳を触れられているヴォールク様は床に蹲り、顔を両手で塞いでしまっていた。
これは堪らないわ……実際に目で見られないのは残念だけれど、こうして触っていられるだけで幸せな気持ちになれる……。
「や、やっぱり駄目だ。これ以上は……!!」
「えっ? ど、どうしてです!!」
「つ、月だ! 本能が疼くからこれ以上は駄目なんだ!」
「きゃっ!?」
そう言ってヴォールク様はガバッと立ち上がってしまった。
あぁ……私の犬耳が……。
「そうですか、残念です。……では、昼にでももう一度」
「昼も駄目だ!!」
「でも月がって今」
「そ、そうだ。そんなに星が好きなら、『昼に見える星空』というのが我が国にはあるのだ。これまで危ないので案内しなかったが、どうだ? 気になるだろう!?」
かなり食い気味で私の肩を抱いて熱弁するヴォールク様。
たしかに星空は好きだけど、犬耳も……。
でもこれ以上しつこく強請って嫌われてしまったら元も子もないわね。
仕方がない、今度また折を見てお願いしようかしら。
それに、昼に見える星空というのが気になるのも確かだし。
せっかくのデートのお誘いですしね。
「是非とも見てみたいです」
「……良かった。では明日案内してやろう。だからもう、耳は勘弁してくれ……本当に変な気持ちになるんだ」
珍しくペタン、と耳を倒してションボリとしてしまった。
おぉ、これはこれでレアなヴォールク様が見れましたね。
ふふふ、眼福です。
◇
翌日、良く晴れた空の下。
私とヴォールク様は街の外を馬車で走っていた。
どうやら案内したいのは、首都から少し離れた場所にあるらしい。
そして数時間の短い馬車の旅を楽しんだ後、私たちは目的地へと到着した。
「もしかして、ここは……」
「あぁ。ここが魔窟。魔石の採掘場の一つだ」
下車した後、ヴォールク様に手を引かれて案内されたのは大きな洞窟だった。
「なんてキレイな……」
「だろう? ヴァジニの自慢なんだ。……場所はただの鉱山だが」
私の視界に広がっていたのは、昨晩観た星空にも引けを取らない程にキラキラと煌めく、満天に広がる星々だった。
「壁や天井に埋まっている魔石の欠片や屑が発光して、まるで星空のようになるんだ。これが昼間にも見えるっていうのは、中々にロマンティックだろう?」
「はい……感動しました……」
ヴォールク様の腕をギュッと抱きしめながら、辺りをグルッと見渡す。
何処を見ても色取り取りの星々が。天も、壁も、床でさえも。まるで空の中に浮かんでいるかのような幻想的な景色だ。
「凄いです。こんな近くに星が……ほら、掴めちゃいそうですよ!?」
「あぁ、本当にな」
「願い事だって願い放題ですよ!? 知ってますか? 流れ星に願いを込めると叶うかもしれないんですよ!」
「流石に魔石は流れないけどな」
子どものようにはしゃぐ私をヴォールク様は「うん、うん」とあやしていた。
こんなにも美しいものが見ることができるだなんて。本当にヴォールク様には感謝だ。
「そうだ、ヴォールク様は星座を知っていますか!?」
「うん? 星座とはなんだ?」
「私の母が居た国では占星術として星を繋げ、一つの物として表現するのです。動物だったり物だったり。それぞれに意味や物語があって、吉兆を占う時にも使ったりするんですよ」
と、ここまで言って「しまった」と自分の口を手で塞いだ。
つい調子に乗ってペラペラと喋ってしまったけれど、占星術はソル王子に気味が悪いと言われたのだ。
もしかしたらヴォールク様も……
おそるおそる顔を覗いてみると、何か考え事をしている色が見えた。
うぅ……嫌われてしまったらどうしよう……
「……そうか。それは興味深いな。是非ともクレハには教えてもらいたい。ところで一ついいか?」
「えっ……? は、はい!!」
なんだろう。
とても真面目な声色だったけれど……。
「星と星を繋いだのが星座、というならば。この即席の宇宙にいる俺とクレハも、夫婦と言う絆で繋がることはできるだろうか?」
「それって……」
「俺と結婚して欲しい。最初に出逢った時から、俺はクレハに惚れていたんだ。不安要素だったヴァジニの事もこうして好きになってくれた。どうだろう、次は俺の事も好きになってはくれないだろうか」
ふと隣りを見てみると、ヴォールク様は優しいオレンジ色の光に包まれていた。
それは優しく、私も包み込んでいる。
決して他の星の輝きを邪魔することも無く。
ただそこに居るだけの存在も、彼は決して無碍にはしない。
なにも悩む事はない。
私の心はもう、決まっていた。
「はい。こんな私で良ければ。末永くよろしくお願いします」
「ああ。これからもよろしくな」
いつかと同じ、優しく私の頬を伝う雫を拭ってから、そっと抱きしめてくれた。
あたたかい、いつまでもこうしていたくなるような心地よさ。
私はもう、この温もりを手放せなさそうだ。
いつまでそうしていただろうか。
こう密着しているのも、少し恥ずかしくなってきた。
「それにしても、星座となったのなら離れ離れにされたら嫉妬しちゃいそうですね。この魔窟の魔石たちだって同じ色同士でくっついていても、いずれは世界中に散っちゃうんですし」
「クレハ……今、なんと……?」
私のふとした発言に驚いた声を出すヴォールク様。
え? どうしたんだろう。
視た通りのことを言っただけなんだけど。
「いえ、こんなにも沢山の色がある魔石なんですから離れ離れに……」
「魔石に色……だと!?」
「え?」
色は見ての通り、赤や青、黄色だってある。
私には、まるで彼らに感情があるように見えている。
「クレハ。もう一度聞くが、この魔石には色があるのか……?」
「……? はい、様々な色が……ってもしかして!」
「あぁ、光ってはいるが俺の目にはどれも同じ光だ。色なんて無い」
「もしかして魔石病の原因って……」
「――急いで帰るぞ!」
「はい!」
何かを掴みかけた私たちは魔窟から出ると、馬車に飛び乗った。
そして街にある加工場へと突撃するとさっそく調査を開始した。
「色? 色なんてあるわけが無いですよ?」
「もう何十年もここでやってるが、聞いたこともねぇな……」
やはり、長く魔石に触れてきた職人でさえも誰も色があるということを知らなかった。
色が見えるのも、その違いが分かるのも私だけだった。
そこで私たちは様々な実験をすることにした。
まずは色の違う魔石同士を近づけたり、離したり。
すると、魔石の色に変化があったのだ。
共鳴するかのように色が強まったり、逆に薄くなった。
この推測を元に、私は人に対しても試してみることにした。
「色が……消えた」
「なんてことだ。魔石病の発作が治まったぞ……!?」
そう、魔石病を発症している人の色を消すことによって症状の治療ができたのだ。
これにより、このヴァジニの国が長年苦しんできた病に光明が差した。
同時に他の国家に輸送する際も、色を消す事で運送者のリスクを減らすことに成功。周辺国家にもたいそう感謝された。
……だがあのソル王子には教えなかった。
その理由はソル王子が魔石病の危険性よりも量を取ったから……というのもあるんだけど。
民の猛反発を喰らった彼は程なくしてクーデターを起こされ、国に混乱を齎したとして処刑されてしまったらしい。
とまぁ、他国の情報はともかくだ。
この報せに、ヴァジニの民は歓喜した。
それもそうだろう。二度と起き上がれないと思っていた家族が、何事も無かったかのように立ち上がった。
愛する人が、子どもが、国王が。ありとあらゆる人に劇的な効果を示した。
国中を驚かせるような朗報のお陰で、みんなが私をヴォールク様の妻となることを祝福してくれた。
だけど本当は、私のお陰なんかじゃない。
この能力を素晴らしいものだと気付かせてくれた、ヴォールク様のお陰だ。
「色が怖ければ、自分でその色を変えてやれば良いということだな。これは人も同じだ。安心しろ。怖い時は俺が傍で護ってやるから」
「はい。ヴォールク様さえ居てくだされば、私はもう、何色にも染められませんわ」
こうしてヴァジニの国は救われた。
クレハの色を見る能力は一族に受け継がれ、魔石を安全に採掘する指導者として絶対的な信頼を受けた。
だが何よりも、彼らは人の本質を見てくれる者として、いつまでもいつまでも民から慕われていたそうだ。
面白かったらみなさんも評価の星で星座作ってくださると嬉しいです!
沢山あると歓喜の色で染まります……(´;ω;`)




