中編
こちらは銘尾 友朗様主催『冬の煌めき企画』参加作品となります。全部で三部作構成となっております。本日中に後編も投稿予定です。どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。
――その日の夜――
いひひ、花代お姉ちゃんったら、まんまと信じこんじゃって。目をらんらんに輝かせて、いつもは日が沈むとすぐに眠っちゃうのに、今日はずーっと起きてたんだもん。サンタさんを見たいだなんて、ホントにとんでもなく長く生きてるくせに、お子ちゃまなんだから。ま、でもそっちのほうが好都合だわ。さ、それじゃあ……。
「か、花梨ちゃん、ねぇ、やめたほうがいいって……」
「シーッ、静かにしなさい! お姉ちゃんが起きたら台無しじゃんか」
もぞもぞ動くくつ下に、小声で注意する。こいつは『カイナデ』っていう妖怪で、わたしたちとは別のトイレに住んでる根暗なやつ。『赤い紙、青い紙』っていったほうがわかりやすいかもだけど、トイレットペーパーがないときに現れて、『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか?』って聞いて、どっちの答えをいっても、女の子のおしりをなでる変態妖怪よ。
「花梨ちゃん、ひどいよ、おいら全然そんな妖怪じゃないってば! 赤い紙欲しいって答えたら、そいつを血だらけにして、青い紙が欲しいっていったら、そいつの血を全部抜き取る、とっても怖い妖怪なんだぞ! それなのにおいらのことを、そんなエッチな妖怪みたいに紹介するなんて!」
「でもあんた、実際はすっごく臆病で、トイレに誰かが入ってきたら身をひそめて隠れてるんでしょ? たまーに『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか?』ってすっごく小声でいっても、誰も気づいてくれなくって、掃除用具入れの中で泣いてるってうわさじゃないの」
ていうかうちの学校の掃除用具入れって、何気に変なやつらのたまり場になってるじゃない。お姉ちゃんといい、カイナデといい、もしわたしが生前掃除用具入れ開けてたら、多分失神しちゃってるわ。
「そ、それは、しかたないじゃないか、おいら、手だけの妖怪だから、もし捕まえられて引っこ抜かれたら、どうしようもないんだもん。だから怖くて……。って、そうじゃなくて、ねぇ、やめようよ、サンタさんからのプレゼントが、おいらだって知ったら、花代ちゃんすごく怒って、おいらトイレに沈められちゃうよ!」
いや、あんたいっつもトイレに沈んでひそんでるんじゃなかったの?
「そうだけど、とにかくやだよ、おいらそんなひどいことできないよ! 花代ちゃんクリスマスの話、サンタさんの話信じてるんだろ? それなのに、そんなだますようなこと、できないよ!」
ふふん、そうやって抵抗するのも計算のうちよ。あんたの弱みはちゃんとにぎってるんだから。
「そうよね、大好きな花代お姉ちゃんに、そんなことはできないよね」
にたっと笑ってやると、さっきまでもぞもぞ暴れまわっていたくつ下が、ピタッと固まって動かなくなった。のぞきこむと、やっぱり、カイナデのやつ、完全にちぢこまっちゃってるわ、いひひ。
「じゃあさ、サプライズで、わたしが花代お姉ちゃんに伝えといてあげるね。カイナデが花代お姉ちゃんのこと好きだって」
「ちょちょちょ、ちょっと待って、お願い、ちょっと待ってよぉ!」
「なによ? だって協力しないんでしょ?」
「それは……その……」
「協力しないんならしかたないわね。それじゃあ花代お姉ちゃん起こすわ。それで、カイナデが花代お姉ちゃんのこと好きって教えて」
「ま、待って! ……わ、わかったよ……。でもさ、花梨ちゃん、それだけじゃかわいそうだからさ、あの……花代ちゃんがサンタさんにお願いしたプレゼントも、なんとかして用意してあげようよ」
カイナデの言葉に、今度はわたしが固まってしまった。いや、そんなの無理に決まってるじゃん。
「いやいや、無理よそんなの。だって、もし『アイスクリーム一年分』とかメモに書かれてたらどうするつもりよ? 一年分どころか、アイスクリーム一つだって持ってこれないわよ」
半透明になった手を、カイナデに見えるようにぶんぶん振った。しかしカイナデは引き下がらない。
「でもさ、ほら、なにかおいらたちで用意できそうなプレゼントかもしれないじゃんか。お花のブーケが欲しいとか、そういう感じだったりするかもだろ? それならおいらたちで用意できるはずだよ」
なにがお花のブーケよ。今どきの子がそんな謙虚なお願いをサンタさんにするはずないでしょ。……って、そうだった、花代お姉ちゃんは今どきの子じゃないんだった。
「うーん……。わかったわよ、でも、きっとわたしたちが用意できそうなプレゼントなんて、ほとんどないと思うけど。トイレ用のデッキブラシとかなら、あんたのとこのトイレから持ってこれるけどね」
「えぇっ、やだよそんなの! せっかく新品のデッキブラシがきたのに、持ってかないでよ! おいらのトイレ、みんな全然掃除してくれないから、しかたなくおいらがやってるんだよ! デッキブラシがなくなったら、おいら困るよ!」
「あっそう。お姉ちゃんのことがかわいそうだったんじゃないのかしら?」
「うぐっ……」
またしてもカイナデはちぢこまって、手をグーにしてぷるぷるしている。ホント、お姉ちゃんといいカイナデといい、妖怪のくせにちょろいんだから。
「とにかく、まずはお姉ちゃんのお願いごとを見ないとどうにもならないでしょ。ま、どうせ花代お姉ちゃんのことだし、アイスクリーム以外に書くものないと思うけ……ど……」
お姉ちゃんの書いたメモ用紙を見て、わたしは思わず持っていたくつ下を落としてしまった。カイナデが「うぐっ」とくぐもった声を出す。
「痛いよ、ひどいじゃないか、落とすなんて」
「シッ! ……カイナデ、どうしよう、これ……」
文字がにじんでる。ゆうれいになってなくしたと思ってたのに、まだあったんだ。でもそれは、一瞬きらりと光の粒になったかと思うと、そのまま空気に溶けて消えてしまった。手の甲でそれをぬぐう。でも、生きていたときに感じた温かさは感じなかった。わたしがゆうれいになって、いじわるしたから? それとも……?
「いったいなんて書いてあったん……」
カイナデを拾い上げて、お姉ちゃんのメモ用紙を見せた。カイナデも彫刻のように固まってしまった。
「……花梨ちゃん、どうするの……」
「わからない……。わからないよ。バカバカ、わたしのバカ! こんなの、こんなの、本物のサンタさんじゃないとかなえられないじゃないの!」
こんなに後悔するのは、死んだとき以来だろう。ううん、もしかしたら、死んだときよりもっと後悔しているかもしれない。今ならきっと、わたしは、死ぬまえに戻るかクリスマスの話をする前に戻るか選べっていわれても、きっとクリスマスの話をする前に戻ると思う。それくらい自分がしたことを悔やんだ。でも、どうしようもなかった。
「花梨ちゃん、ねぇ、もしかしたらさ、これ、本当のサンタさんにお願いしたら、かなえてくれるんじゃないの?」
「そんなわけないじゃないの! ……だってわたし、なんにも考えずに、ちょっとしたいたずらと思って、取り返しのつかないことをしたんだもん。……あんた、知らないかもしれないけど、サンタさんってね、いい子のところにしか来ないんだよ。わたしがいくら願っても、サンタさんは来てくれないわ。わたし、お姉ちゃんに素敵な夢を見させて、それを台無しにしたんだもん! わたし、悪い子だ……」
きらり、きらりと、光の粒がいくつも宙に消えていった。