前編
こちらは銘尾 友朗様主催『冬の煌めき企画』参加作品となります。全部で三部作構成となっております。本日中に中編、後編も投稿予定です。どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。
「ねぇ、うちではクリスマスってやらないの?」
何気なく花代お姉ちゃんにたずねたら、予想外の答えが返ってきた。
「くりすます? それはなんぞや?」
いや、お姉ちゃん、クリスマスぐらい知っておきなさいよ……。
「生意気なこわっぱじゃのう、わらわはそのようなバテレンかぶれの言葉は知らぬのじゃ。……して、それはどのようなものなのじゃ? うわさに聞く、あいすくりぃむとかいう菓子の仲間か?」
「アイスクリームは全く関係ないよ。ていうか花代お姉ちゃん、どんだけお菓子好きなのよ。わたしの研修のときだって、ずっと最近のお菓子のことばっかり質問して、全然進まなかったじゃないの」
「それはそちがあまりに驚かすのが下手だからじゃ。あまりに下手だからこそ、わらわがこのような辺境の厠に来なければならなかったのじゃ。少しはわらわの身にもなってたもれ」
便器の上にぷかぷか浮きながら、花代お姉ちゃんはこれ見よがしにため息をついた。真っ白い着物がきらきらと透き通っている。もしわたしが生前に花代お姉ちゃんに出会っていたら、きっと腰を抜かしていただろう。
「花梨や、そちはまだ『厠の花代』となって一か月と経っておらん」
「花代お姉ちゃん、今は『トイレの花子さん』っていうんだよ」
「ええぃ、揚げ足を取るでない! よいか、ともかくそちはまだまだ未熟な新米じゃ。ゆえに、この厠を訪れるこわっぱどもとそうは変わらぬ」
「見た目は花代お姉ちゃんも子供なのにね。ていうかわたしよりも背が低いでしょ」
わたしもふわりと浮き上がって、お姉ちゃんの頭をなでなでしてあげた。お姉ちゃんの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
「こっ、こっ、こっ、この小娘がぁっ!」
突進してきても、頭を押さえれば止められるんだよねぇ。お姉ちゃんったら、ホント単純なんだから。
「そんなことよりさ、お姉ちゃん、せっかくだしクリスマスやろうよ! ほら、お姉ちゃんクリスマスのこと知らないんでしょう? わたしが教えてあげるからさ」
あんまり意地悪すると、花代お姉ちゃんは掃除用具入れに閉じこもってすねちゃうから、うまくフォローを入れる。すると、お姉ちゃんはさっそくわたしのまいたエサにかかってきた。ホント単純なんだから。
「ふ、ふん、こわっぱにものを教わるほど、わらわは落ちぶれてはおらぬ。……じゃが、学校のこわっぱどもも、『冬休み』とやらで来ておらぬからな。わらわもちと退屈しておったのじゃ。そちがしゃべりたいのなら、わらわが話し相手になってやってもよかろう」
どんだけ素直じゃないのかしら、このお姉ちゃんは……。
「ちなみにさ、お姉ちゃんっていったいいつの人間なのよ? 冬休みって、昔の学校にもあったんじゃないの?」
「わらわはもともと学校の厠に出るゆうれいではなかったのじゃ。武家の屋敷の厠に出るゆうれいで、それが時代の流れとともに、このような厠のゆうれいに成り下がってしまったのじゃ」
「武家ってことは……江戸時代とか?」
「そうじゃ、将軍様の時代じゃな」
ちょっと胸をはってる。ぺったんこのくせに生意気な。
「そっか、それじゃあクリスマスも知らないよね。でも、令和になってもゆうれいやってるってことは、クリスマスとかそういうのって、学校の子供だちから聞いたりしてなかったの?」
途端にお姉ちゃん、しぼんじゃったみたいに猫背になっちゃった。わかりやすいなぁ。
「それは……わらわは、バテレンかぶれのものには興味なかったんじゃ。しかたがなかろう」
「でも、アイスクリームとか食べ物の話になると、よだれたらして聞いてたじゃんか」
「そ、それは……」
お姉ちゃんのからだがどんどん沈んで、トイレの便器に埋まっていってるよ。お姉ちゃん、ばっちぃから早く出てきてってば。
「ま、それはいいか。とにかくわたしがクリスマスのこと教えてあげるから。もちろんサンタさんにはわたしがお願いしておいてあげるよ」
「さんた? なんじゃ、さんたとは?」
「あっ、そっか、そこから話さないといけないんだったか。とりあえずじゃあ、サンタさんの話からしようかな。サンタさんってのはね……」