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変わった世界

少し、ホラーとは違う方向性でグロい表現が出てきますので、ご注意ください。

 一体何がどうなっているのか。


 そんな疑問を口にすることもできない。そして、それぞれが困惑の色を隠せなかった。多分、三人の目から見たら、オレも似たようなものなのだろう。


 いつも穏やかに微笑んでいることが多いセツは、どこかぼんやりとした表情で、窓の外を見ていた。よく分からない存在がうろついていたため、あの正体についていろいろと考えているのかもしれない。


 やよいはいつも落ち着きがないが、今は、いつも以上に落ち着きなく、教室をうろうろとしていた。

 一つ一つ机を覗き込んだり、荷物が置かれているロッカーを隅々まで調べたりしている。

 だが、青いモヤモヤとしたモノが消えた場所だけはしっかりと避けていた。いつもなら、興奮して真っ先に調べそうなのに。


 サツキは窓から離れ、教室の中央の席に座っていた。

 そこはサツキの席ではないが、不思議なものがうろつく校庭を見せる窓や暗い廊下の窓からも、異常を告げたチャイムの音が出たスピーカーからも、青いモヤモヤしたヤツがいた場所からも離れたいと思った結果が教室の中心だったのだろう。


 震えながら何かに祈りを捧げるような姿勢を先ほどから崩さない。

 だが、こんな状況で何に祈るというのか。神様? 仏様? バカ言え、アイツらは人間に艱難辛苦ってやつを与えるのがお仕事なんだ。

 こんな状況を生暖かい目で見守ることはしても、救いの手を差し伸べてくれるわけがない。


 ん? 七転八倒だったか? でも、イメージは伝わるだろう。絶体絶命や危機一髪でも断崖絶壁でも良い。どんな状況下で決して助けちゃくれないのは一緒だからな。


 そして、オレはというと……、先ほど見た入り口ドアの向こうに見えた赤いモノのことが気にかかっていた。

 この状況で三人に言っても怖がらせるだけだろうが、無視して良いとも思えない。


 だが、正直! 関わりたくねえ!! マジで! ガチで!


 だって、絶対、アレはヤバいモンだ。何の根拠もないがそう思う。

 教室の青いヤツは動かなかったせいか、そこまで怖いとも思えなかった。だが、あの赤いのは違う。動きが燃え上がる炎のように見えたせいかもしれないが、扉越し、ガラス越しだというのに見ているだけで胸から背中の方に向かってぞわぞわとした妙な感覚が広がっていったのだ。


 それはまるで、道路で車に轢かれて死んで臓器を腹からこぼしていた猫に烏が群がっていたのをうっかり至近距離で見てしまった時のように気色悪かった。

 モザイクなしのグロいフルカラーの光景と、今のこの状況を同じように見ているわけではない。単純に見たものに対して抱いた感想の話だ。


「なんで今の状況になったのかは分からないけれど……、わたしが気付いたことを口にしてみても良い?」

 誰も口を開かなかったこの教室で、やよいのはっきりした高い声が妙に響いた。

 先ほどまで何かを探していた彼女はいつのまにか、黒板の前に立っている。


「何が分かったんだ?」

 やよいはオレの問いかけに対して上を指差して答えを口にする。


「時計……止まっている」

 やよいのあまり長くはない指の先には、ごく普通の壁掛け時計があった。

 どこの教室黒板の上にある珍しくもないアナログな時計は、長針と秒針が揃って頂点を差し、短針だけがアラビア数字の「1」に重なって止まっていた。


「さっきの変なチャイムまでは普通に動いていたと思う。怖い話って周囲の物音に敏感になっちゃうから、時計の秒針の音とかも話に関係なくても意識しちゃうからね」

 言われてみれば、やよいの階段を聞いていた時には秒針が妙にうるさく感じていたような気がする。

 特に話が核心に近づくときほどはっきりと聞こえていた。


「でも、この教室で変なチャイムと点滅現象が起きていた時にはぐるぐると逆時計回りに動いていたのを見たんだよ。ああ、でも、眩しい光にビックリしちゃって、思わず教壇の下に潜っちゃったから時計が止まるまでずっと見てたわけじゃないんだけど」

 真面目な顔で語るやよいに対して「机の下に潜るのは地震の時だ」といつものように突っ込むことができない。


 今のオレたちにそんな余裕はなかった。

 オレとやよい以外の二人も何とも言えない表情を浮かべているが、つっこみよりも気になったことがあったのは同じようだ。


 時計は基本「時計回り」と言う言葉があるほどしっかりと右回転で動く。

 電波時計でも時刻合わせで反時計回りに動くところをオレは見たことはない。だから、逆回転に動くこと自体が普通ではない。だがもし、存在していたらそこはスマン! オレの知識不足だ。


「時計は1時で止まっているね。さっきまで夕方だったけれど、夜中の1時ならこの外の暗さも納得……なのかな」

 セツも教室の時計を見つめながらそんなことを言った。

 しかし、止まっているならあまり深く考えても仕方がない気がする。もし、動いているなら時間が進んだとか巻き戻ったとか焦っただろうけど。


「それに……、誰か、さっきまでわたしが話していた怪奇現象について覚えていることはある?」

「ああ、紅い瞳の悪魔の話だろ?PC教室で呼び出せるとかなんとか……」

 直前まで話していたのだ。いくらオレの頭が悪くてもそこまで覚えは悪くない。まあ、そのインパクトが強すぎるせいか、ソレ以外の話はすっぽりと抜け落ちてるがな!


「僕もその話は覚えている。でも……、ソレ以外の話は何故か思い出せない」

 セツが眉を寄せ、眉間に深いシワを刻んでいる。オレはともかく、コイツが話を忘れるなんて珍しいな。


「あ、あたしも……よく聞いてなかったせいだと思うんだけど……。パソコン教室の話しか覚えてない」

 サツキが青ざめた顔を上げる。その表情は信じられないものを見たようなそんな脅えを含んだ顔だった。

「節くんはわたしの話をノートパソコンに記録してたよね?」

 やよいの言葉にセツは慌てて、先ほどまでの机に向かうと、ノートパソコンは閉じていたが、ちゃんと存在していた。


 そのことにオレは少しだけホッとする。

 そして、セツはノートパソコンを開いて起動させる。なんとなくオレやサツキも後ろから覗き込んだ。


「ファイルが……、一つしか残っていない。」


 ノートパソコンは起動したが、画面は黒いままだった。

 そして、画面中央に文書作成のファイルっぽいものが一つだけある。それを震える手でセツが開くと、紅い瞳の悪魔についての話が出てきた。

 内容は、オレの記憶とも大体、一致している。


「おかしい」

 文章をスクロールさせて確認していたセツが、そう呟く。


「何がだ?」

「僕は、聞いた話をいくつか続けて同じファイルの中に記録したんだ。2,3話ずつ……、だったかな。でもここには……、紅い瞳の悪魔についての話しか残っていない。」

「どういうことだ?」

「信じられないけれど、悪魔の話を除いて、全ての記録が消去、削除されている。そもそも文書作成ソフトどころかOSすら見当たらない。こんな状態でファイルを見ることができるはずもないのに……」

「ウィルスの可能性は?」

「普通のパソコンはスイッチを入れた途端、すぐ画面は出てこないんだよ、睦月くん。ショートカットにも限度がある。この状態をエラーと言えなくはないけれど、一般的な異常とは明らかに違うことはなんとなく分かる?」

「ソフトがないのに動かせるのがおかしいことぐらいは分かる。デスクトップにアイコンが出てこないってだけじゃないんだろ?」

「そうだね。あるべきものが全然ない。どんな仕組みでこれは動いてるんだろう……。仮に遠隔操作のウィルスにやられた結果だったとしても凄いなあ」

 セツが眉を下げながら肩を竦める。凄いけど困った。そう言いたそうな顔をしていた。


「じゃ、じゃあ……、その紅い瞳の悪魔が何かをして、こんなことになったってこと?」

 サツキが少し目に光を取り戻したかのように見えるが、握られた拳は小刻みに震えていた。


「現時点では無関係とも思えないけれど……、そうだとしたら、その悪魔は何が目的なんだろうね」

「やよいはこういうの詳しいんじゃないか? 悪魔とか大好きだろ?」

「人を変態みたいに言わないでくれる? 確かに悪魔とか不思議な現象は話としては嫌いではないんだけど……、困ったことにそれもよく思い出せないんだよね。」

「「「え? 」」」

 やよいの言葉にオレたち三人の声が重なった。


「悪魔の話を含めた不思議な話。怪奇現象、都市伝説、本当にあった怖い話。そう言ったものが綺麗サッパリわたしの記憶から消えてるっぽい。困ったね」

 元々下がっている眉毛を完全に八の字にしつつも、頭を掻き明後日の方向に視線を泳がすやよいの言葉にオレたちは絶句するしかなかったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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