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与えられた能力

「窓の外……、視える?」

 やよいにそう促されて、オレたちは窓の外を見た。


 先ほどまで、暗い空の下で光っていた赤や黄色や青の炎にも見えた存在は、人の形をしている……?

 いや、アレは……。


「人に視えるものと、そうでないものがいるみたいだね」

 まず、セツが目に映った光景をズバリと指摘する言葉を発した。

「何……? アレ……」

 サツキがそのセツに隠れるようにしながらも、窓に視線を固定する。


 窓の外、校庭と呼ばれる場所には、現在、数体の人影が視えるのだが、どれも三色の色がついていた。


 同じ場所から動かない青い光に包まれている人影が2体。

 不規則にうろうろとしている赤い人影が1体。

 同じ場所をうろうろしているような黄色い人影が1体。

 さらに……、校庭のトラックを走るように回り続けている不思議な黄色い人影が1体。


 中でも一番人目を引くのは、そのトラックを走り続けている黄色いヤツだ。

 どうみたって、普通ではない。


 他の影は遠目にも、警察の制服っぽく見えるものを着ていたり、オレたちの制服に似たシルエットだったりするのだが……、トラックを走り続けている黄色いヤツは……、かなり異質だった。

 どう見ても、和服に、ランドセルのようなものを背負って、前に出した右手を見ながら、人間とは思えない速度で走り続けている。歩きスマホも真っ青な行動だった。


 そして、その動きの異様さに、どうしても、ソイツに目が行くことは避けられない。


「なんだ、アイツ……」

 ほぼサツキと同じような台詞しか出てこなかった。

 いや、アレ、そう突っ込むしかないだろう?


「なんだっけ? あの人……」

 やよいは何かひっかかったようで、左拳を口元に当てて考え込んでいるらしい。


「アレは人なのか?」

 黄色い煙のようなモノを纏いながら、ありえない速度で走り続ける異常さ。そんな人間が存在するとは思えんのだが……。


「他の人影に比べて、どこか本体の色合いが違う気がするね」

 セツも眼鏡の奥で目を細めながらも、そう言った。


 「本体」……、その呼び方は妙にしっくりときた。

 確かに青や黄色、赤の光はその人影を中心として光っている。光源がそこにあるのなら、それを「本体」とすることは間違っていないだろう。


「校庭を走る……、和装、背負子、本、銅像……、なんだっけ? ここまで、ここまで出てきているのに!」

 そう言いながらおでこをペチペチと叩くやよい。

 お前の声は、デコを通るのかと突っ込みたいが、そこは我慢する。


「銅像……、二宮(にのみや)尊徳(たかのり)……?」

 やよいではなく、何故かセツが呟いた。

 なんだ? その芸能人にいそうな名前は……。


「ああ! そうだ、金さんだ!」

 なんだ? その時代劇に出てきそうな愛称は?


 分かっていないオレとサツキの視線に気づいたやよいは、その「金さん」とやらの説明を始めた。


 なんでも、江戸時代の思想家で、なんか、偉い人らしい。オレは知らん。

 その人の功績と家の仕事を手伝いながら勉強をした図を象徴して、全国の様々な学校に銅像が建てられているらしいが……、そんな人間、その時代では珍しくないんじゃないか?


「そして……、なんでそんな偉人が、人の学校で全力疾走してんだよ?」

 実は、その有名な異人さんの出身校だったとか?

 いや、江戸時代にはまだ、この学校ないよな?


「有名な学校の怪談の一つだったはずだよ。夜中に動き出す偉人の銅像は……」

「なんだ? 夜な夜な動いて人間を襲うのか?」

 あの速度で追いかけられたら逃げ切れる気はしない。目にも止まらぬ速さとは言わないが、振り切れる速さでもない。


「いや、走るだけだったはず」

「は?」

 やよいの言葉に思考が止まりかける。


「いろいろな説があるけどね。開いている本のページが変わるとか、背負っている薪の本数が変わるとか」

「いや、誰がそんなの確認してるんだよ?」

 薪の本数は暇な奴が数えて確認できなくもないが、銅像の本のページなんか誰が分かるというのか?


「基本的には夜中に動いて、校庭を走るだけで無害だったはずだよ」

「どこが怪談だ!?」

「ムツキ……。普通の人間は、夜中に銅像が動くだけで十分、ホラーなのよ?」

 サツキの言葉に……、ようやく気付く。確かに、本来、動かないはずのものが動き出すって十分、怖い。


 だが、オレたちはもっと怖い物を知ってしまった。怖い感覚を理解してしまったのだ。

 そのために、何かの感覚が麻痺した……、いや、ぶっとんだのだろう。無害なら怖くないと。


「とりあえず、あの悪魔との契約が結ばれたのは間違いないな」

 視界がただのモヤモヤ以外のものを捉えている以上、そこは間違いない。

 それ以外の能力は……まだ分からないが。


「そうだね」

 オレの言葉に、セツが答え、サツキも頷いた。


 やよいは、まだ窓の外を見ている。どこかキラキラした眼差しなのは、気のせいか?

 まるで、今にも窓を開けて飛び出しそうにも見える。ここは三階だから、そんな阿呆なことはしないと信じたい。


「まずは、あの校門を抜けることを考えるか」

 あの「金さん」とやらは、トラックを同じところを回っているだけだ。

 そのルールが突然変わらない限りは、あの場所から外れることはないだろう。トラックを回避すれば、接触することもないはずだ。


「じゃあ、ここから出るか」

 そうと分かれば、もうこの場所には用はない。

 オレはそう思いながら、懐中電灯を再び点灯させ、PC教室前のドアを開けた瞬間だった。



 目に入ったのは、緑の炎に包まれた黒い動物。



 それが何かを確認する間もなく……、オレの首元に襲い掛かってきて……、太い釘が突き刺さるような鋭く激しい痛みと、何かが砕けるような音が何故かオレの身体の内側から聞こえた。

 さらに骨が付いたフライドチキンのような肉を口も閉じずに軟骨ごと咀嚼するように、クチャクチャ、ゴリゴリと水気を水気が絡む嫌な音が、耳の中で反響し……、肉を裂き骨やヒビを入れるような痛みが、肩口や首を中心に全身に走らせ、それらを深く考えるよりも先に、その耳障りな音と状況に耐えきれず、オレは暗く重く途切れがちになった意識を手放した……。



 ―――― そうして、「睦月 瞳」は死んだのだった。























 ―――― 死んだ、はずだった。



 気が付いた時、オレは変な所にいた。


 霧よりも深い、白い世界に包まれ、自分の身体すらよく見えない。それ以上に、何故こんな所にいるのかも覚えていない。


『やあ、ムツキ』

 どこかで聞いたことのある声が木霊のように響く。

 だが、その音がどこから聞こえてくるのか分からない。


『思ったより、あっさりだったね』

 何について言われているのかは理解できない。

 だけど、それがオレを小馬鹿にするような口調だったためか腹立たしいことを言われていることは分かる。


『だけど、まさか、これぐらいでキミの心は折れないだろう?』


 ―――― 当たり前だ!


 纏まらない思考だが、その声に対して激しい反発心だけで反論した。


『次は簡単に死なないでくれ、ムツキ』

 その声はどこか楽しそうに。


『これでは容易くて美味しくない』

 だけど皮肉を込めて。


『キミの魂はもっと美味であるはずだ』

 よく分からない言葉を。


『そうでなければ』

 意味ありげに。


『ボクが現れた意味がない』

 そう言い切った。


『だから、何度でも繰り返し』


『死ぬまでボクを楽しませてくれ』


『それが、キミの代価だ』


『Good luck!』

 そんな一言で、オレは光に包まれる。



 ―――― そうして、「睦月 瞳」は死に損ねたのだった。










 ―――― そうして、死に損なった「睦月 瞳」は。





「あ?」

 夢か現実かも分からない世界に戻り、再び目を開けることとなる。


「どうしたの? ムツキ?」

 オレの後ろから、暗闇からサツキが声を掛ける。


「あ?」

 ふと見ると、左手には懐中電灯。そして、右手には引き戸の取っ手。

 どうやら、この扉を開ける前だったらしい。


「あぶねっ!」

 反射的に、両手を上に上げた。

 さきほどの出来事が夢じゃなければ……、これを開けたら……。


「ど、どうしたの!?」

「睦月くん!?」

 慌てるようなサツキの声とセツの気配。

 だけど、やよいだけは妙に落ち着いていて……。


「ああ、もしかして、ムツキもやり直した?」


 そんなとんでもないことを口にしたのだった。

作中の「二宮尊徳」氏については、「そんとく」と名の通った読み方と迷いましたが、本当の読み方とされる方を使わせていただきました。

学校の怪談として有名だった銅像ですが、今の若い子が知っているかは分かりません。


ここでようやく一区切りです。


そして、暫く投稿をお休みしますのでご了承ください。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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