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契約締結

『では、契約の意思は固まったということで良いかい?』

「あまり良くはないけど、仕方ねえ」

 それ以外の選択肢があれば教えて欲しいものだ。


 このままでは、何もできないまま、死ぬ。

 この「紅い瞳の悪魔」と契約すれば、よく分からない能力を貰った上で、死ぬまでの時間稼ぎはできる。

 ……どちらにしても死ぬ気がするが、少しでも生存確率は上げたい。


「お前たちは?」

「ボクは異存ないよ」

「わたしも大丈夫。それしかなさそうだからね。でも……」

 オレの言葉にセツとやよいは賛成してくれた。だが……。

「あ、アタシは……」

 サツキだけが震えて、即決できないでいる。


「怖いなら、サツキちゃんは止めておく? 思念体っていうのが、本当に幽霊みたいなものなら、しっかり視えたら今よりもっと怖くなっちゃうかもしれないからね」

 やよいの言葉で、オレはその可能性を考えていなかった。


 今の状態は、あの思念体ってヤツとオレたちの世界がずれているからはっきりと視えていないらしい。

 それならば、ちゃんと視えるようになったら、もっとグロテスクな存在に変わる可能性もあるのだ。


『ああ、魂が4つ揃わなければ、ダメだよ。つまり、この場で1つでも契約できない魂があれば、4つの能力は渡せないってことだね』

 だが、追い打ちをかけるように言い放つ悪魔。


「うぬぅ……。悪魔ってやっぱり意地悪いね」

 やよいは悔しそうにサツキの肩を抱く。


 だが、始めからこの男か女か分からん悪魔は言っていた。「4つの能力」は「4つの魂」と引き替えに、と。


「サツキ、どうする? お前が嫌なら強制はできない」

 代価は「魂」だ。普通のモノじゃない。


「だけど、その場合、交渉は決裂する。そして、触れるだけで即死のあのモヤモヤに対して何もできないまま、死ぬ……だろうな」

 それは間違いない。触れるだけで死ぬって、ゲームの中ぐらいだと思っていたんだけどな。


「も、元の世界には……戻れないの?」

 そんな方法があれば、とっくに実践している。そんな手段がないから、こんな目に遭っているのだ。

 オレたちはただ、あの時、教室で会話していただけなのに。


『戻れるよ』

 だが、意外なところから声がする。


 思わずオレたちは同時に、その存在を見た。

 その紅い瞳を持ったヤツは、薄く笑いながらこう続ける。


『キミたちはこの世界と繋がり、迷い込んだだけだ。だから……、あの門。校門って言うんだっけ? 外に向かうためのあの門を通り抜ければ、元の世界へは戻れるはずだよ』

「そ、そんな簡単なことでここから出られるのですか?」

 オレよりも先に、セツが反応した。


『簡単?』

 だが、紅い瞳の悪魔はその表情を楽しそうに歪める。


『何の能力も持たないキミたちが、思念体溢れるあの場所を突っ切ることが、簡単?』

 そう言いながら、窓を指さす。

 そこには校門と……、モヤモヤした思念体と呼ばれるモノがうろついている校庭があった。


『本当に簡単だと思うなら、このまま、何の契約4人仲良くあの場所へ向かうと良いよ。ただ、建物に縛られている思念体よりか、外の思念体の方が面倒くさいモノが多いってことぐらいは親切なボクが教えてあげるね』

 コイツ、親切心を装いながら、さり気なく逃げ道を塞ぎやがった。


 そう考えれば、本当に信用してはいけない気がする。

 コイツにしてみれば、本当にオレたちがどうなっても関係ないのだ。

 だが、他に手段があるか? と問われたら……。


「確かに……、他に手段がないなら……、仕方ない……わよね」

 オレが迷っている間に、サツキも心を決めてしまった。

 どうする? どうすれば良い?


「ムツキ」

 グルグルしていたオレは、その声で肩に載せられた手に気付く。


「あなたが、背負わなくて良いよ。わたしもセツくんも、サツキちゃんも自分でちゃんと決めたことだから」

 まるでオレの心中を理解したかのような言葉。


「そうだよ、睦月くん。キミだけの判断じゃない。だから、キミが一人で思い悩む必要はないんだ」

 セツも、穏やかな笑顔でそう言った。


「あ、アタシも怖いけど、このまま何もできずに死ぬのは多分、もっと怖い」

 サツキも震える手を握りながら、続く。


 コイツら……、バカだよな。


 明らかに、この目の前にいる「紅い瞳の悪魔」は怪しいのに、それでも、契約を結ぼうと言うのだから。

 まあ、オレもそのバカの一人だ。だから、コイツらの前で、無様に死ぬことだけは、避けたい。


『話は纏まったかい?』

 すぐ傍で話は聞いていただろうが、紅い瞳の悪魔は意味深な笑みを寄越す。


 だから、オレは言ってやった。


「ああ、契約してやる」

 目の前にいる紅い瞳に呑まれないように。


『それで、選ぶ能力の種類と……分割はどうするんだい?』

「支払いの話か?」

 魂の分割ってなかなかグロい話だな。


『いや、支払いは、どうしたって分割になるよ。キミたち4人が同時に死ねば別だけど、人間のしぶとさには時差があるから、同時に致命傷を負っても若干のズレは生じるからね』

 この期に及んで、オレたちの恐怖心を煽ってきやがった。

 だが、負けるものか。


『4つの能力と、その割り振りの話。能力の種類と、その担当を決めるか。誰かに一任するかってことだね』

 そう言えば、それについては決めていなかった。


「ちょ、ちょっとタンマ」

 オレは片手を前に出して、後ろを向く。


「能力が五感と……発声……だったっけ」

 やよいが確認する。


「『悪魔』の提案通り、万一のことを考えれば、4人で分けた方が良いと思う」

 セツが現実的な判断をした。オレもそのことに反対はしない。


「じゃ、じゃあ、担当はどうしよう? どうやって決めれば良いのかしら?」

 サツキが戸惑いながらも、向き合う。


「能力は……、味覚と嗅覚は要らないと思う。思念体……の匂いも気にならなくはないけれど、あまり精神衛生上よろしくない臭いがしても困るしね」

 やよいが困ったように眉を下げながらそう判断した。

 思念体が幽霊なら、腐敗臭もするかもしれない。


「嗅覚はともかく……、味覚なんて、何に使うんだろうな」

「思念体が幽霊とかなら、まず舐めることはないよね~」

 本当にどんな状況なら、そんなことになるのか?


「それでは、視覚、聴覚、触覚、それと発声……かな? ボクとしては、触覚より嗅覚の方が事前の危機察知には良いかと思ったけど……」

「触覚があれば、触れて即死と言う状況が逆になくなるかなと思った」

 セツの言葉にやよいは尤もな意見を返す。


 確かに触れる感覚を持っているのに、即死してしまうなど鬼畜にも程がある仕様だ。


「なるほど……。それは確かに重要だね」

 自分の言葉が否定されたと言うのに、それを少しも気にかけず、セツは笑顔のまま納得をする。


「後は……担当か。一人につき一つ……。これに反対は?」

「ないよ」

「ない!」

「ないわ」

 オレの言葉にセツ、やよい、サツキが同時に答える。


「それじゃあ、役割分担はどうする?」

「そうだね~、名前通りで良いんじゃない?サツキちゃんが『耳川』だから『聴覚』、わたしが『坂口』だから、『発声』。ムツキは、『瞳ちゃん』だから『視覚』」

「うっせ~、『瞳ちゃん』って言うな」

「え~? 可愛いのに」

「その外見で『睦月(むつき) (ひとみ)』だものね」

 呑気なやよいの言葉にサツキも少し余裕ができたのか、クスクスと笑う。

 オレは揶揄われている立場なので嬉しくはねえけどな。


「じゃあ、ボクは余りものの、『触覚』かな」

「違うよ、セツくん。あなたは余りモノじゃなくて、接触のセツだよ!」

「やよい、流石にそれは無理矢理すぎる」

「それにボクの字は節分の『節』だからね」

 困ったように笑うセツを見て、やよいは何故かふわりと笑った。


「決まったぞ」

『思ったより揉めなかったね』

 紅い瞳の悪魔は意外そうな顔でオレたちを見る。


「普通は揉めるのか?」

『そうだね。前に来た人間たちはかなり揉めたかな。『触覚』と『視覚』の取り合いだったよ』

「その前に来た人間はどうなったのでしょうか?」

 セツが聞かなくても良いことを尋ねる。


『ヒ・ミ・ツ。当事者の同意がない個人情報の受け渡しは駄目なんだろう? キミたちの世界って』

 そんな、人間みたいなことを言った。

 本当にいろいろと腹が立つヤツだ。


『じゃあ、ここに氏名を』

 オレたち4人にそれぞれ、紅く細かなサンドペーパーのような質感の紙を渡す。


 その契約書と思われる紙にはスマホゲームの利用規約を簡単にしたような文章が、何故か日本語で書かれており、一番下に漢字で「署名」とあった。


『契約書に仕掛けはないよ。そこに書かれている通りだ』

 その言葉をどこまで信用して良いかは分からない。だが、オレたちはこの紙にすがるしかなかった。

 オレは……、近くのPCデスクの上に置いた紙に自分の名を書き上げる。


『契約は結ばれた』


 そんな言葉と共に、オレたちの手元から紙が浮かび上がり……、バツンと周囲が真っ暗になった。


『Good luck!』

 そんな言葉を残して……。


 真っ暗なPC教室に残されたオレたち4人は、誰も、何も言わなかった。いや、何も言うことができなかった。


 ただ、分かっているのは、ヤツが消えてしまったことだけ。

 まるで、キツネにつままれたような気分だった。

 先ほどの出来事は、本当に現実だったのだろうか?


「む、ムツキ……」

 暗闇の中、やよいの戸惑う声がした。


「窓の外……、視える?」

 その言葉に誘われるまま、視点を動かすと……先ほどまであった青、黄、赤のモヤモヤしただけの存在はなく、ほんのりと三色の光を背負った人影がうろつく校庭が目に入ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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