後は覚悟を決めるだけ
オレたちは、「紅い瞳の悪魔」を召喚することにした。
いや、確かに召喚することにしたのだが……。
「正直、文章の意味が分からん」
「……だねぇ……」
オレの言葉に、やよいが同意する。
オレたちが知っている「紅い瞳の悪魔」を召喚するという噂はこうだ。
―――― 異世界に繋がりし、四つの魂を持って十字の中心に立て
―――― さすれば、鏡面より出でし、紅き瞳を持つ悪魔が慈悲を持って魂を救わん
うん。正直、ワケ、分かんねぇ。
「異世界に繋がりし、四つの魂……。この状況を考えれば、その点は満たしていると思うんだよねぇ……」
やよいはさらにそう言った。
彼女が言うように、オレたちは4人揃ってこのよく分からん世界に突然放り込まれた。このことを、「異世界と繋がる四つの魂」と表現すれば、この部分において間違いはないだろう。
「十字の中心に立つ……。十字って十文字のことよね?」
先ほどまで震えていたサツキも考えているうちに落ち着いたのか、口に手を当てて悩んでいる。
「十字ならこの位置で大丈夫だとは思ったのだけど……、どうも何かが違うみたいだね」
セツが言った通り、オレたちは4人揃って、一つのPCの前に立っている。
オレたちは話し合って、覚悟を決めてこの場所に立ったつもりだったが……、予想に反して、何も起きなかったのだ。
念のため、その前後左右のPCの前にも立ってはみたが、やはり特に変化はなかった。
そうなると、先ほどの「ようこそ」という不気味な歓迎の言葉も、何かの間違いだったのではないかと思えてくるから不思議である。
あれだけ、目に焼き付くような光景だったのに、それを表示したこのPCたちは全くの無反応なのだから。
「『異世界に繋がりし、四つの魂を持って十字の中心に立て。さすれば、鏡面より出でし、紅き瞳を持つ悪魔が慈悲を持って魂を救わん』。実は、この文章だけじゃなかったのかなぁ?」
やよいが自信なさそうにそんなことを呟いた。
「そもそもこの場合の『鏡面』って……、なんなのかしらね」
この教室に鏡はない。
だから、それに代わるものとして、単純にいろいろと映し出すPCのディスプレイのことだと思っていたが、その考え方自体が違うのだろうか?
「さすれば~、さすれば……」
やよいがその詳細を思い出そうと何度もその部分だけを繰り返している。
本当に文章が足りないと言うのなら、是非とも思い出して欲しい。こんな時、頼れるのは、その噂を仕入れてきた彼女だけなのだから。
「……さすれば?」
やよいが繰り返しているその言葉に、突然、セツが反応した。
「そうだ! そう言うことかもしれない!!」
セツにしては珍しい興奮が混ざった歓喜の声。
「擦るんだよ、PCを!!」
「ダジャレかよ!?」
思わず、そう突っ込んでしまった。いや、いくら何でも、その発想は可笑しい。
「ああ、この場合の『さすれば』って、『そうすれば』じゃなく、『擦ってみれば』……って意味だったのか」
だが、オレの考えに反してやよいも賛同する。
「お前も、納得すんのかよ!?」
「でも、ムツキ。この状況で何の手掛かりがない以上、思いついたことを何でも良いからやってみるしかなくない?」
サツキもどこか気まずそうな表情ではあるが、そう言った。
確かにこのままでは詰んでしまう。何でも良いから思いついたことをやってみるという判断は間違っていない。
間違ってはいないのだが……、オレはどこか気が進まなかった。なんとなく、嫌な感じがしたのだ。
「じゃあ、わたしが擦ってみる」
「いや、ボクが……」
やよいの申し出を止めるようにセツがそう言うが……。
「セツくんは、タッチパネルでもないディスプレイに触れるのって、抵抗あるでしょう?ノートPCの画面だって、いっつも、綺麗にしてるもんね」
「だけど……」
セツがさらに続けようとした言葉を、彼女は笑顔で断り、PCのディスプレイに向かって手を伸ばそうとする。
―――― そこで、オレはその黒い画面に見たこともないナニかを見た気がした。
「やよいもそこをどけ」
やよいがディプレイに触れる前に、オレは彼女の手首を掴み、気付いたら、そう声を出していたのだ。
「ムツキ?」
彼女はきょとんとした大きく黒い瞳をオレに向ける。
「そのPCに触れるのはオレがする。お前たちは後ろにいろ」
男女差別と言われようが、女の背中に隠れて安全な場所にいる気はない。
何が起こるのかは分からない以上、少なくとも、危険な場所で先陣を切るのはオレの役目にしたい。
「オレは、大丈夫だ」
何に対して、誰に対して言った台詞なのか。自分でもよく分からなかった。
だが……。
「分かった。美味しい所は、ムツキに任せる」
やよいはそう言って微笑んでくれた。
オレはディスプレイに向かって右手を伸ばす。
ほんの数十センチの距離。
だが、その時間が妙に長かった気がする。
そして――――――。
オレの指がひんやりとしたディスプレイに触れた。やはり、何も起きない。
さらにその指を少しだけ、右上にずらすと……。
「うおっ!?」
いきなり、PC教室の室内灯が全て消え、再び真っ暗になってしまった。
オレは思わず、その画面から振り払うようにして指を離す。
「な、何!?」
「もう嫌だって言ってるでしょう!?」
やよいとサツキが同時に叫び……。
「睦月くん、前だ!!」
セツがどこか切羽詰まったような声を上げた。
ディスプレイが黒い画面を映し出している。
そこによく分からない文字が次々に表示されていく。幸い、先ほどのように赤い不気味な文字ではなく、普通によく見かける白い文字だった。
だが、その文字はどこか不思議だった。
オレは言語とかそう言ったものに詳しくないので自信はないが、見たことがあるような英語ではなく、ミミズがのったくったような不思議な波線や点や丸の記号で作られている文字なのだと思う。
オレたちは声を出すことも忘れ、次々とスクロールされていくそのよく分からない文字を見届けていた。
そして…………、ようやく、その文字が止まる。
最後に表示されたのは「completed」という、どこか見慣れた文字だったことだけは、なんとか見届けた。
だが、次の瞬間、眩しすぎて目も開けられないような光に包まれ、オレは右手で両目を覆いながら、さらに力強く目を閉じる。それでも、貫いてくる光がその眩しさを強調しているような気がした。
真っ暗闇の中で、予告なく、突然、カメラのフラッシュをたかれると、大半の人間は同じ反応をするだろう。とても、見ていられるようなものではない。
自分の両目の奥に、深くて濃い緑っぽいナニかが無理矢理、焼き付けられたような奇妙な感覚だけが残っていた。
「い、今のは……?」
奇妙な感覚が残ったまま、オレはうっすらと目を開ける。
周囲は闇。まだ室内灯は消えているようだ。先ほどまで点いていたはずのディスプレイも消え、当然ながら何も表示などされていない。
だが、そこに光る何かの人の形をしたナニかの姿があることだけははっきりと分かった。
その頭に触覚や角があるわけでも、尻にしっぽがあるわけでも、背中に羽があるわけでも、口元に牙があるわけでもない。
だが、コイツが、噂の……、「紅い瞳の悪魔」だと、一目見て理解できてしまう。
こんな暗闇の中でも、光っている二つの紅い宝石のような瞳がオレたちをしっかり捉えていたのだから。
周囲が暗いため、その表情は良く見えないが、少しだけ細められたその目は何故だか笑っているような気がした。
目の前にいる紅い瞳を持つ悪魔が口を開く。
『ボクを呼んだのはキミたちかい?』
これが、オレと悪魔の長くて短い付き合いの始まりの言葉だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




