PC教室にて
「明かりが違うだけで随分、心強くなるもんだな」
オレは、周囲を照らすランタンのような形をした懐中電灯を少しだけ持ち上げながらそう言った。
この懐中電灯は、ランタンのように周囲を明るくしたり、スイッチで切り替えると一直線にまっすぐ伸びる光を放出したりできるものだった。
このランタン状態がかなり便利で、自分たちの足元や周囲がなんとなく分かるだけでなく、光の範囲外にいるモヤモヤしたものも見えるのだ。これだけで、遭遇率はかなり下がる気がした。
そして……、オレたち四人は揃ってPC教室前に立つ。
オレは懐中電灯を扉に近づけると、セツが持っていたマスターキーで、鍵を開けた。
そして……、そのまま、引き戸をスライドさせ、オレたちは中に入る。
オレたちの予想に反して、PC教室には誰もいなかった。
確かに誰も何もいなかったのだが……。
「きゃああああああああっ!?」
甲高い声叫び声を上げたのは、サツキだった。
オレはそれを見た時……、声も出なかったのだ。
オレたちは、PC教室の後方にある扉から入った。
それと同時に、そこにあったPC全てに電源が入り、ディスプレイには、黒い背景に赤い手書きのような文字で「ようこそ」とだけ表示されたのだ。
さらに、いつもは収納されている投影用のスクリーンにも、同じような「ようこそ」の文字が中央に浮かび、不意にその四つの文字が、ぐにゃりと崩れたかと思うと……、その黒い背景に混ざって溶けるように消えていったのだった。
想像してみて欲しい。
暗い教室で、一斉に同じタイミングで電源が入る数十台のPC。
しかも、黒い背景で、手書きフォントのような赤い四つの文字が浮かび上がっている。
そして、それらは音もなく、何事もなかったかのように消えてしまった。
そんな衝撃的なものを見せつけられたら、逆に声なんか出ねえよ!! 息を呑むことしかできなかった。
サツキは叫んだ後、座り込んで「もうヤダ」呟きながらもとガタガタと震えている。
オレも、とてもじゃないが、動くことなどできなかった。
「……うわぁ……」
やよいが声小さく呟いた。
「本物だぁ……」
何に対して、そう言ったのかは分からない。
だけど、彼女にしては珍しい種類の声だった。歓喜でも興奮でもなく、どこか困惑に近い声。
「睦月くん、懐中電灯を借りれるかい?」
ただ一人、セツだけがその声も変わっていないような気がした。
「お、おお」
オレはセツにこの場で唯一の明かりを渡す。
「ありがとう」
そう言って、懐中電灯の明かりを頼りにセツは教室の前方に向かい、PC教室の電気を点けた。
正直、あんなものを見せつけられた後に、それらを映し出していたPCやスクリーンの近くには行きたくなかった。
だが、セツは電気を点けた後、スクリーンを捲ったり、PCを確認したりしている。
「このスクリーンはフロント投影型だから、後ろにも何もないとは思っていたけど……、やっぱり何もない……か」
「ボクのノートPCと違って、ここのPCは電源も入らない」
セツは、何やら、いろいろ気になることがあるようだ。
恐怖より好奇心の方が勝つってかなり凄い話だな。
「で、電源が入ってないのに、さっきのは……」
「ボクにも、分からないよ。趣味で使うような個人のPCならともかく、学校で使うPCの全てにあんなフォントをインストールしているとも考えられないし。不思議だよね」
そんなことは、バカなオレにだって分かっている。だけど、頭のいい奴に答えて欲しかったんだ。これは、誰かが仕掛けたただの悪戯だって……。
「分かりやすい怪奇現象に遭遇しちゃったねぇ」
やよいは調子を取り戻したのか、そんな軽口を叩いた。
「最近の怪奇現象はPCやテレビにまで……あ、なんか画面から出てくる系のお化けの話があった気が……」
「なんでこのタイミングで思い出すんだよ!?」
「もうやだあっ!!」
忘れていたことを思い出したやよいに罪はないのだが、叫びたくなったオレやサツキにも罪はないだろう。
このタイミングでディスプレイの画面から白い着物の長い髪の女がズルリと這い出してきたなら、それだけでサツキなんかはショック死できるかもしれない。
一通り騒いだ後、オレは肩で息をしながら確認する。
「結局、このPC教室にその『紅い瞳の悪魔』とやらはいるのか?」
「本当にいるかは分からないけれど……」
やよいは周囲のPCを一つ一つ確認しながら……。
「ここまで来たらやってみる? 『紅い瞳の悪魔』召喚」
そう言う彼女はいつものようにふざけた印象はなかった。
酷く真剣な眼差しで、オレたちを見つめている。
「嫌なら、勿論、止めることを勧めるよ。無理矢理、やってみて本当に何かあった時、わたしに責任なんてとれないからね」
いつもなら真っ先にやりたがるやよいがこんなことを言うなんて……。それだけ、彼女はこの先に起こる何かを察しているのかもしれない。
「ただ同時に考えて。やってもやらなくても、この先に、救いがあるかは分からない」
「お前にしては弱気な言葉だな、やよい」
「弱気にもなるよ。超常現象には憧れていたけど、いざ、目撃するとやっぱり怖いね」
そう言って、彼女は力なくへにゃりと笑う。
「ムツキは? セツくんはどう?」
「オレは……、ここまで来たなら、やるしかねえと思う」
現状、それ以外に解決策がない気がする。
今は無事でも、この先の保証なんて誰もしてくれないんだ。
「ボクは、この教室に入ってからずっと……、背筋がゾクゾクして、誰かの視線を感じている」
セツがそんなことを口にした。
オレは思わず、周囲を見渡すが、勿論、誰もいるはずがない。
「こんなことは……、初めてだよ」
いつも笑顔のこの男も珍しく、弱弱しい口調のまま、その両腕で自分自身を抱き締めるかのように握った。
サツキに至っては、会話にもならない。
床に座り込み、膝を抱え込んだまま、ガタガタと震えていた。
「どうしようか?」
やよいが上目遣いでオレを見る。
「さっきも言ったが、オレはやるべきだと思う。だが、この状態のサツキを巻き込むのもどうかって気持ちもある」
「わたしもそうだよ。サツキちゃん、こんなに怖がっているから」
やよいが痛々しそうな視線をサツキに向ける。
「それなら、サツキさんが落ち着くまで、先ほどのようにこのPC教室を調べようか。呼び出すかどうかはそれから考えよう」
「セツは……、大丈夫か? その……、視線、とか」
オレが確認すると、セツは視線を泳がせ……。
「そうだね。確かにどこか落ち着かないけど……、こう見えてもボクは、男だからね。みっともないところを、あまり女子たちに見せられないよ」
セツもサツキを見ながらそう言った。
こうして、PC教室内をいろいろ探し始めるが……、ここは職員室のように引き出しがあるわけでも、ロッカーがあるわけでもない。
ここにあるのは、PCデスクに乗ったディスプレイとその近くにPC本体が35台。そして、教室前方にスクリーンとホワイトボード。指導する教師が使うPC本体とディスプレイ。それぐらいだった。
そして、その全ての電源は入らない。何度電源ボタンを押しても反応がなかった。
ますます、さっきの怪現象の謎が深まるばかりである。
「異世界に繋がりし、四つの魂を持って十字の中心に立て。さすれば、鏡面より出でし、紅き瞳を持つ悪魔が慈悲を持って魂を救わん」
先ほどまで震えていたサツキが顔を上げてポツリと呟いた。
「サツキちゃん?」
「やよい……、あたし、怖いけど……、やってみたい」
「大丈夫?」
確認するかのようにやよいは、サツキの身体を支えながら尋ねる。
「う、うん。怖いけど……、このままは多分、もっと、怖い」
青い顔で、震えながらもサツキはそう言い切った。
「セツは?」
「ボクも大丈夫」
オレの問いかけに、セツもいつものように笑った。
そうして、オレたち4人は、「紅い瞳の悪魔」を呼び出すことにしたのだった。
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