PC教室に行くか?
オレたちは、職員室内は一通り、探し回った。
無断借用となってしまうが、各場所を開けるマスターキーだけではなく、懐中電灯やそれに使う電池も見つけたし、それ以外もいくつか使えそうなものをそれぞれ、カバンに詰め込んでいった。
無事に帰れた時は、素直に四人で叱られようと約束しあって。
「装備も整ったし、PC教室に行ってみようよ」
やよいがそう言った。
「え……?」
サツキは分かりやすくその顔色を変える。
「分かりやすい誘いに乗ってノコノコと行けってか?」
これまでの状況から考えても、これがその「あかいあくま」……、いや、「紅い瞳の悪魔」の罠だという可能性があるのだ。そして、そのPC教室に行ってオレたちが無事でいられる保証はない。
「じゃあ、このまま何も考えず、校門に向かってみる? あそこまで無事にたどり着けるかも分からないし、潜り抜けたところで元の世界に戻れるかも分からないけれどね」
「それは……」
それについては、確かにやよいの言う通りだとも思う。
この見知っているはずなのに知らない校舎。このままここにいた所で、本当に何事も起こらず還ることができるなんて楽観的な考え方にはなれないだろう。
そして、校舎から出たところで、あの分からないモヤモヤした存在があちこちにいる。さらには、あの校門を通り抜けたところで……、元の世界が広がっているようには見えなかった。
「わたしだって……、PC教室に……、そこに向かうのは嫌なんだよ」
やよいにしては珍しく気弱な言葉。
「PC教室の『紅い瞳の悪魔』に会うって、いきなりBOSS対決っぽいじゃない。普通のゲームだったら『バランス崩壊しすぎ!』って製作会社に文句を言いたくなるレベルの話だと思わない!?」
だが、そこから一転して、興奮状態になった。
ああ、うん。
いろいろ突っ込みたくなる言葉ではあったが、彼女なりに一生懸命考えた結論だと思うと、安易に下手な返事はできなかった。
「だけど……、やよい。もし、ワナだったら?」
「わたしも罠だとは思っているよ。八割くらいは、ね」
サツキの言葉に、あっさりと答えるやよい。
そして、その返しに、サツキは絶句する。彼女だってその口調ほどこの事態を楽観的に考えず、現実を見て出した結論でもあったのだ。
しかし、そんなやよいの見立てでも八割か。かなり高い確率で罠だと考えているってことだな。
「だけど、今は、そこにしか道が用意されていない気がするんだ。それに……、この職員室がいつまでも安全な領域とは……、誰も約束してくれないんだよ? サツキちゃん」
彼女は三月生まれだ。この中では一番、遅い生まれである。
それなのに、数ヶ月早い五月生まれのサツキより、ずっと落ち着いていて大人びてみえることがある。
まあ、普段の言動がいろいろ台無しにしている気もするが……。
「やよいの意見は分かった。オレはまだ少し迷っているんだが、セツはどう思う?」
「ボクはやよいさんに賛成かな。確かにそこにしか、先に進む道はない気がする」
セツはオレと違って、迷いもなくそう口にした。
「それに……、PC教室の『悪魔召喚』の話だって、あくまで噂でしかない。本当に悪魔が現れるかどうかを確かめる意味でも必要なことじゃないかな」
言われてみれば、確かにそうだ。
これまでの話は「紅い瞳の悪魔」が関わっていることが前提の話だった。だが、それも誰かから聞いた噂程度でしかない。本当にそんなモノが存在するのか? いや、普通ならば、悪魔なんてモノはいないと考えてもおかしくないはずなのに。
セツの言葉で、オレもPC教室に行く気にはなった。
だが……。
「で、でも、もし、本当にいたら? あ、悪魔……ってよく分からないけど、恐ろしいモノなのでしょう?」
サツキだけはまだ踏ん切りがつかないようだ。明らかに罠と分かっているのに向かう気にはなれないのだろう。
「じゃあ、サツキちゃんはここに残る? その方が安全かもしれないね」
笑顔だが、その台詞は無情だった。
怖さのあまり、「そこへ行きたくない」と言うサツキに対して、「それなら、たった一人でここに残れ」とやよいは言う。
確かにここでグダグダと悩んでも時間の無駄だとは思うが、友人なのだからもう少し言い方を考えてやれとも思ってしまった。
「あ、あたしも、いい行くわよ! 当然でしょ!?」
だが、サツキはやよいの言い方を気にせず、即座に答えた。その口調は、どもり気味ではあったけれど、いつものように気丈な様子を見せている。
思わず、オレはセツを見ると、セツも肩を竦めて困ったような笑みを浮かべた。
「じゃあ、行こうか」
勝ち誇ったような笑み……というより、その回答に満足したような表情をして、やよいは笑った。
女の友情ってよく分からんな。
****
さて、今からPC教室に移動することになった。
そうなると問題は、どうやってそこに向かうかという話になる。すぐ近くに移動するのと訳が違うのだ。
……と言うのも、ここは、2階にある職員室だった。校舎内の位置的には……校門から見て左端。
そして、目的地となるPC教室は三階にあった。さらに言うならば、校門から見て右端の位置となる。
まあ、つまり、少しばかり離れているわけだ。
「最短を目指すなら、選択肢は二つだ。階段を上って三階に上がり、右端を目指すか。先にこの廊下を付き辺りまで進んで、階段を上るか」
「迂回のために渡り廊下を通っても、さっき出会った『ペタペタくん』みたいなものがいても困るしね~」
やよいが冗談めかして言うが、あまりシャレにならない話だ。
「階段には何もいないのか?」
「いたはずだけど……、『階段』だけじゃ思い出せないみたい。ヒントが足りてない感じかな。何らかのフラグを回収しなきゃダメってことだと思う」
ますます、ホラーゲームのようでイヤになってくるな。まるで、誰かに弄ばれているような気分にすらなる。
「階段の怪談……」
「いや、セツ。それは今、真顔で言うところじゃないからな」
突然、真顔で何を言い出すんだ、この男は。
だが、オレの突っ込みを無視して、真面目な顔のまま、セツはこう言った。
「睦月くん、多分、すぐ隣にある階段は使わない方が良いと思う」
「理由は?」
「詳しい内容はよく思い出せないけれど、やよいさんがしたいくつかの話の中に、北側階段の二階と三階の間にある踊り場に関する話があった気がする」
「え? わたしの?」
やよいはきょとんとしたが、セツが言うなら間違いないだろう。
「セツの意見、採用」
「い、異議なし」
オレの言葉に、サツキも賛同してくれた。少しでも、脅威を減らしたいのは誰でも一緒だろう。
「ただ……、南側の階段に、本当に何もないって話ではないよ。ボクが覚えていない……、あるいは、やよいさんが話していないだけで、そちら側にも実はナニかがあるかもしれないんだ」
「それは……、分かっている」
セツが心配そうにそう付け加えたが、オレたちは意見を変える気はなかった。
それでも確実に何かがあるという場所と、何かあるかもしれない場所。それならば、あるかもしれないけど、もしかしたら、ないかもしれない場所の方を選ぶだろう。その方が気分的に安全だと思えるから。
やよいも、セツの提案を反対する気はないらしい。
彼女のことだから、てっきりその踊り場の不思議な話とやらを確認して、思い出したいとか言い出すかと思ったのだが、幸い、そんな心配はしなくて良かったようだ。
後から分かることだが、この時、確かにオレたちは、その北側階段の踊り場を通らなくて正解だったのだ。
もし、例のPC教室に向かう前に、あの場所を通っていたら……、恐らくは、もう…………。
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