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誰かが遺した物

 職員室を探索し始めて、どれくらいの時間が経ったのだろうか?

 本来は時間を示してくれるはずの時計が、例によって動いていないから、それすらも分からない。


 さらに、それぞれ自分たちの体感も異なるために、セツとやよいは短時間だったと言うし、オレとサツキはかなり時間がかかったと思っていた。

 人間の感覚なんて、本当に当てにならないものである。


「なんか……、日誌っぽいものも見つけたんだけど……」

 やよいが、黒い表紙の「日誌」と書かれたものを両手で持ち出した。


「そこにしっかりと『日誌』と書かれているのに、なんで『日誌っぽいもの』なんだ?」

「いや、わたしもそう思うのだけど、この内容が……、日誌と言うより日記っぽいんだよ」

「悪いが、その違いが分からん」

 日誌も日記も意味は同じじゃねえか? 毎日の記録ってことだろ?


「こんなに個人の感想や意見が多いものは、あまり日誌とは言いたくないなあ」

「……日誌に感想ってどうなんだよ?」

 そう言いながら、オレはやよいの手からその「日誌」を受け取った。


『4月〇日 男もすなる日誌といふものを女の私もしてみむとてするなり』


 ……最初の一行がそれから始まる日誌と言うのはどうなのか? オレでも知っているほどの古典文学のパクり。確か……「佐渡日記」? いや、「阿波日記」? そんな短い名前だった覚えはあるが、はっきりとは覚えていない。古典は苦手なんだよ!

 しかも、この字って、どう見ても女の文字にはみえねえ。男教師だよな、内容的にも。


『5月×日 生徒たちの気が緩みだした。連休明けと言うこともあるが、授業中に寝るなよ!』


『6月△日 学校の七不思議とやらが流行っている。生徒たちは気楽で羨ましい』


『6月◎日 PC教室の「紅い瞳の悪魔」とやらの話を聞いた。そこは「あかいあくま」であって欲しい。そして、勿論、黒髪ツインテール、ミニスカ、黒いニーソックスの美人の女性であれ』


「……日記ですらなくなったぞ」

 オレに他人の日記を盗み読むような趣味はないが、こんな内容ばかりだと逆に読みたくなるのは何故だろうか?

 一体、どの教師が書いているんだ?


 そして、この日記には、ところどころに空白のページや、不自然に空いた文章が目立つ部分もあった。


「なかなか業が深そうな先生だよね」

 やよいが眉を八の字に下げてそう言う。


 これらの文字から判断する限り、一人の教師が書いていることは間違いないだろう。


「最後まで読んだ?」

「いや、まだだ」

 どうやら、最後まで読んだ方が良いらしい。


 活字は苦手だから本はあまり読みたくねえが、手書きの文字であるこれならなんとか読めるだろう。……オレより字が(きたね)えけど……。


『7月◇日 いろいろ辛い。PC教室の「紅い瞳の悪魔」なら……、彼女なら、この状況から救ってくれるだろうか』

 そして、最後はそんな文章で終わっていた。


 オレは無言でその「日誌」を閉じる。


「セツ、読んで感想を聞かせろ」

 オレはそう言って、セツに「日誌」を放り投げる。

「先生の日誌の感想?」

「読めば分かる」

 オレはそれだけ言った。

 先にオレの言葉を聞いて読むより、何も知らない状態で読んで欲しい。


 その「日誌」は読み進めていくうちに違和感があった。


 まず、誰が書いたか分からない。

 文字は男だ。それだけは分かるが、言い替えれば、それだけしか分からない。


 そして、書かれた日付は、きちんと勤務日順に並んでいるのだが、何故か何も書かれていない日が数日あった。そのページを飛ばして書かれている理由も不明だ。

 日付が印字されているわけでもなく、記入するタイプなのだから、わざわざページの無駄使いをする必要などないだろう。


 しっかり日付とページを合わせたい拘り派だといえなくもないが、書き損じた後もなく、始めから何も書かれていないように綺麗すぎる点も気になった。


 さらに文章の不自然な空白。それが、一文字ぐらいなら違和感はないのだが、二行、三行となると、流石に、無理がある。しかも、修正ペンなど使った跡もない。そこだけ、本当に何もなかったかのように見えるのだ。


「なんと言うか……、不思議な日誌だね」

 セツは読み終えた後で、そう呟いた。

「な、なんでこの日で止まってるのよ。この先生に何があったって言うの?」

 サツキもそんなことを言う。


「やよい、この日誌はどこにあった?」

「そこのキャビネに刺さっていた」

 やよいが指差したところには、様々な本が立っているガラス戸付きの本棚があった。

 こんなところから、よく見付けだしたものだと感心する。


「わたしさ……、それを書いたのって、もしかしたら、『オカ研』の先生じゃないかって思うんだよね」

 やよいが少し戸惑いがちに話す。


「オカ研の先生?」

「うん。『オカ研』って一応、文化部の一つなんだけど……、今、何故か顧問の先生がいないんだよ」

「は?」

 オレは反射的にやよいに問い返す。


「ああ、確かにオカルト研究部には顧問の先生、いなかったね。でも……、よく考えるとそれは確かにおかしいな」

 セツもその事実に気付いた。


 部活動には通常、「顧問」と呼ばれる監督役の教師が、必ず一人以上就くことになっている。

 そして、「オカ研」はその名前から同好会のような位置付けのように思われがちだが、実は活動費も部室もある部活扱いだ。つまり、「顧問」がいない状態というのは、この学校の規定上あり得ない話なのだ。


「セツくんのPCのデータや、わたしたちの記憶のことを考えると、多分、その『日誌』から消えているのは、不思議な話の部分……、だと思うんだよ。でも、普通の先生がそこまでオカルトちっくな話を聞く機会なんて……、普通なら、あまりないと思うんだよね」

「そう言う話が好きだってことはないの?やよいみたいに……」

「学校の日誌を日記のように書いてしまう先生だからその可能性もあるけど……、オカルト研究部の顧問が、現状でいないことを考えると、この人がそうだったと考える方が、自然じゃないかな……と思う」


 それを「こじ付けだ」と、言ってしまうことは可能だ。

 日誌にあった不自然な空白も「ただの偶然だ」とも。だが、それを否定する材料も、この場にはあまりない。


「ボクとしては、この『日誌』の記入者の記名がなかったことが気になったかな。そして……、ボクが記憶している限り、こんな特徴ある字を書く先生に心当たりもない」

 セツが、「日誌」の中身を再度確認しながら、そんなことを口にする。


「じゃ、じゃあ、何?貴方たちはこの日誌を書いた人は既に……いないって言いたいの?」

 サツキが震えるような声でそう確認しようとする。

「そこは分からないけど……」

 やよいがサツキから目を逸らしながら、それだけを答えた。


 本来いなければならないはずの「顧問」がいない部活。

 謎の人物が書いた空白のある「日誌」。


 だから……、オレはこう結論付けた。


「この『日誌』のことは、忘れよう」

「「「は?」」」

 オレの言葉に三人が目を丸くした。


「いや、ちょっと違うか。今は考えないようにしよう」

 どうせ、考えたって本当のことなんか分かるわけはないのだ。

 そんなことが簡単に分かれば、こんな事態になってもいないだろう。


「大事なのは、この『日誌』ではなく、現状の方だろ?」

 オレは無理矢理にも笑顔を作った。


 今は、オレも含めて、この場にいる誰もがその思考を、不安へと引き摺られている。こんなよく分からない世界に来てしまったのは、そこは仕方ない。


 だから……、この場だけでもなんとかしなければならないと、オレは強くそう思った。


 それは……、ただ問題を先送りにしているだけでしかないと知っていたのだが。

「あかいあくま」の記述については、少しばかり懐かしいネタかと思われます。

「紅い悪魔」と悩みましたが、こちらの方が特徴的で分かりやすいかなと。

それと、単純に作者の趣味です。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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