02
医者としての自分の仕事は終わった。
そうしたならば、また元の囚人生活に戻るだけだろう。
事実そうなって、数か月はまったくその通りだった。
何があってかたまに施設からごっそり囚人がいなくなっては、品物を補充するかのようにまた大量に罪人がやって来る。
そんな繰り返しが何度あったか。
けれど、そんな日々が変わったきっかけは、またしてもあの少女だった。
「先生っ、お久しぶりです」
「ステラード? まさかお前、ステラードなのか? 何でこんな所に」
収容施設にやって来て、鉄格子の前でにこりと笑う少女は見慣れたままの姿だった。
違いを上げるとするならば、以前より少しだけ快活そうな動作をしていると言う事だ。
「先生のおかげで良くなったから、こうして会いに来たの。どうですか? 凄いでしょう。私、外で歩けるようになったんです。まだ思いっきり走ったり、動いたりはできないけどこのまま順調に回復すればすぐに叶うだろうって」
「そうか、それは良かったな。でも何で」
ステラードの容体が良い方に向かっている事はツヴァイにとっても喜ばしい事だ。
医者の一人としても、一人の知り合いとしてもその変化は嬉しく思う。
だが、それでなぜここに少女が来る事になったのだろうか。
「お礼を言いに来たかったんです。それに先生に、私がこんなに元気になったんだって見て欲しかったから」
「そうか」
鉄格子の向こうへ手を伸ばし、ツヴァイは小さな頭を撫でる。
すさんだ生活に戻ったツヴァイには、小さな少女の純粋な好意が眩しくて、そして嬉しかった。
そんな様子を見ていたらしい囚人の一人が、ステラードへと話しかける。
「ほう、お嬢ちゃん、この人殺しに恩でもあるのかい。いいのかい、そんなに無警戒に頭撫でてもらっちゃって。こいつは人を一人殺してるんだぜ」
そう。
いくらステラードが子供でも、こんな所にツヴァイがいると言う事の意味を分からないはずがなかった。
ここは囚人の収容施設。
罪を犯した人間がいる場所なのだから。
けれど、ステラードはそんな当たり前のことをツヴァイに尋ねる。
「先生は悪い事をしたんですか?」
「……」
「だからここにいるの?」
「……」
「先生は、人を殺しちゃったの?」
「……してねぇよ」
真っすぐに、純粋な疑問をぶつける様な好意に、ツヴァイは最初こそ沈黙をつらぬく事を選択していたが。最後には否定の言葉を吐いていた。
無言を貫こうとして、失敗していた。
「だったら全然怖くないです」
その言葉に内心でツヴァイがどれだけ安堵していたかは、少女にはおそらく計り知る事が出来ないだろう。
だがステラードは、計り知れないなりに、少女は無意識で最善の言葉を選んでいた。
「それに、他の人もそんなに悪い人には見えないわ。ちょっと顔が怖いけど、血も通ってて血色がいいし、目があるからきっと泣いちゃうことだってできるもの。絵本で見た、血も涙もない鬼には全然見えません」
それからもステラードは定期的に収容施設を訪れるようになった。
体が悪い事で、碌に外に出られなかった影響か世間知らずだった少女は、収容所にいる人間達を偏見の目で見ることなくありのままを見て接した。
囚人達がステラードに対して気を許すのはそう遠い事ではなく、一か月もすれば誰もが気安く声をかけるような関係になっていた。
ツヴァイの様に濡れ衣を着せれて捕らえられた者も少なくはなかったらしく、そんな事実も関係して、無実を信じてくれる純粋な少女の存在は、施設内の空気を次第に明るくしていった。
地獄だと思っていたツヴァイの世界は、明らかに変わっていったのだ。
ステラードと言う、一人の少女のもたらした光のおかげで。