01
ストレイド王国 王都グランシャリオ カルデラ収容所
囚人番号4367番。二十二歳。男性。
ツヴァイ・イレイドは医者だった。
それも若くしてそれなりに名を上げた医者だ。
だが一年前のある日、罪を犯したとされて投獄されてしまった。
要人の暗殺、と引き立てられる際に言われたが心当たりはない。
何が何だか分からないままに、連れていかれたのは、裁判所。
言い渡されたのは有罪で、終身刑だった。
だが、ツヴァイは自分で言うのも何だが、高名な医者だ。
そんな地位があったのが幸いしてか、罪を犯したとされ投獄された後も、定期的に外出する機会が与えられていた。
牢屋に収容されてから三年後。
午前にツヴァイは務めを果たし、特別に午後の時間は外出が許される。
理由は当然、診察だ。
自由はない。看守が見張りで同行しているからだ。
寄り道らしい寄り道をしない味気ない道中を十数分かけて、目的地へと向かう。
辿り着いたのは大きな屋敷だ。
それなりに裕福そうな暮らしを送っているのが分かる建物。
それもそのはずだろう。
この家は、ツヴァイ達がいるストレイド王国の皇女が、獣魔という化け物に襲われて負った怪我を治す為に、静養する場所なのだから。
獣魔は数十年前からこのストレイド王国に、発生するようになった謎の化け物。
動物に似た姿をしたそれらは、普通の動物よりもはるかに恐ろしい脅威となて、人々に猛威を振るっている。
で。
そんな恐ろしい化け物に出会うという哀れに遭われてしまった皇女に会いに行こうとする自分は、何の因果か企みか、皇女暗殺未遂の群れ衣を被せられた身だったりする……。
よくできた喜劇だろう。
ストレイド国の知る人ぞ知る有名な劇場、王都グランシャリオにあるアークライト劇場で演劇にしても出せば大いに観客から笑いを取れるに違いない。
そんな、わずかな身にもならない下らない考えをしていたが、暇つぶしにはなった。
立派な造りの門を通り過ぎ、よく手入れされた庭園を抜け、玄関で屋敷の者に案内されて内部へ。長い道のりだった。
そしてようやく、仕事の時間だ。
泥を付けるのも気が引けそうな分厚い毛の絨毯。その上を歩いた先に待っているのは、一人の少女。
「先生! また来てくださったんですね!」と、そう花の様な笑顔を向ける、十を少し過ぎた年頃の少女。
「嬉しいです。今日も色んなお話をいっぱいしてくださいね」
ステラード・グランシャリオ・ストレイド。
買い与えられた玩具に囲まれてベッドの上で出迎えるその少女……ステラードこそが、ツヴァイの診察相手だ。
看守に見張られながら、訪れた貴族の屋敷の部屋に行くと、ステラードはいつも嬉しそうにこちらを出迎えた。
「話をする為に来たんじゃないぞ。診察しに来たんだからな」
「同じじゃないですか。診察している間は、私の話し相手になってくれるでしょう?」
子供らしい無邪気な回答に頬が緩みそうになる。
彼女との時間は、殺伐とした空気の中での収容所活に、良い潤いを与えてくれる。
「ほら、ベッドから出てこい。お医者さんが見てやるから」
「はいっ」
そして、いつも通りの作業。
体温を測って、脈拍をとって、簡単な問診を行って。
処方している薬は飲んでいるか、チェックして、それで終わりだ。
所要時間はたった数分。
酷い時は一時間以上もかかる時があるが最近は安定しているようだった。
本日も異常なし、そうカルテに書き込んでいく。
「この分なら、ちゃんと全快できそうだな」
目の前で椅子に座っている少女に向かって、診察の結果を告げる。
「今日の診察はこれで終わりだ」
「ありがとうございます、先生」
礼儀正しく頭を下げるステラード。
同じ年代の他の年頃の者達と比べてもしっかりしてるが、年相応な所もあるのだとツヴァイは知っている。
「ちゃんと次来るまでに処方した薬飲んどけよ。苦いからってさぼってたらちっともよくならないんだからな」
頭を撫でながらそう言ってやれば、子供らしく頬を膨らませて少女から反論が返ってくる。
「ひどいです、私ちゃんと先生からもらったお薬ちゃんと飲んでるのよ。本当なんだから」
「へいへい、飲んでない奴は皆そう言うんだ」
「もうっ、先生なんか嫌い。これからずっと口聞いてあげないんだから」
「すねんなよ。冗談でからかっただけだろ」
これで、皇女だというのだから驚くがツヴァイ以外の人間と話す時は(と、言っても使用人か両親か、ツヴァイの見張りぐらいしか見た場面はないのだが)、他人行儀できちんとした態度を片時も崩そうとしないのだ。
「今回だけですからね。大目に見るのは。私、ちゃんとお薬飲んだらご褒美くれるっていう先生の言葉信じてますからね」
人を騙す事も、疑う事も、悪意すら知らないような無邪気な少女との会話はツヴァイの心を癒していく。
それからも診察の時間が終わってから、とりとめのない話を続けた。
初めの頃は、本来の要件を終えたらすぐに収容所へ戻るばかりだったのだが、何の気まぐれを起こしたのかステラードは、庶民の話を知るのも皇女の立派な務めだと言い張り、雑談の時間を作ってほしいとツヴァイの見張りへ頼んだのだ。
「じゃあ、また来るからな」
「はい。お待ちしてます先生」
「医者は喜んで待つもんじゃないだろ」
なつかれてるな、と思いながら苦笑し、少女と別れる。
それからも回数にして約五、六回。
ステラードが完治するまで、ツヴァイの診察は続いたのだった。