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郵便チェスの夢

作者: くろーりん

誰しも人生で一度や二度、負けられない負けたくない戦いというものがある。

明日起こるかもしれない出来事だ。


そう、たしか先日の朝聞いたアラームからだった。





――ピピピピ……ピピピピピ……



今日も目覚まし時計の音が鳴る。

もう何度目だろう?一日の始まりにこう思うのは。


「退屈な一日がまた始まった」


学校へ行き、いつもの女子グループで適当な話をし、気がすすまない勉学に励み、寝るくらいの毎日。

唯一の楽しみと言えば、おじいちゃんの影響で始めた『チェス』くらいだろうか?


チェスが趣味だったおじいちゃんからチェスを一通り教えてもらって、中級者を名乗れるくらいのレベルには達していたのだ。

しかし、そのチェスに詳しいおじいちゃんは半年前に病気で亡くなってしまっていた。


その頃からだろうか? 人生がかすんで見えてきたのは。

何もかもが楽しく感じなくなってしまい、退屈な日々へと変わってしまった。

チェスもおじいちゃんが亡くなって以来……





――キーンコーンカーンコーン


学校についたと思えばすぐに授業の鐘が鳴る。


「何か面白いことが起こればいいのに……」


そうつぶやいたこの日に限って、不思議なことが起きたのだ。





その日の数学の授業では、毎度のことながら睡魔が襲ってきていた。


……zzz


何分眠っていたのだろうか? 気が付いたその瞬間周りを見渡すと……




誰もいなかった。




とても静かで周りはおろか校庭や学校外にも誰もいないことが瞬時に察せるほどだった。

何がどうなっているのかは分からないけど、誰かを探さないといけない気がした。

心細かったのもあるだろう。 学校の中をくまなく探すつもりで教室を出たのだ。



――ガラッ


――ガラッ


――ガラッ


色んな教室の扉を開けていく。 誰かが隠れているということもなさそうだ。

しかし、誰もいないし見つからない。


「どうしよう……ん?」


ぽつんと閉じられていない封筒が置いてある。


「なんだろう?これ」


興味本位であけてみることにした。


「毎日が退屈なキミへ……?」


どういう意味なのかは分からないけど、もう一枚紙が入っていた。


「1.e4(イーフォー)


……とても見覚えがある。 というよりもこの書き方、どう見てもチェスの棋譜としか思えない。さながら郵便チェスと呼ばれる対戦方法のようにも見える。

そしてこのe4(イーフォー)、おじいちゃんとチェスをしたとき、必ずと言っていいほどおじいちゃんが愛用した初手だ。


「懐かしい。 おじいちゃんと指すときは、たしか私はポーンをc5(シーファイブ)に動かしてシシリアンディフェンスにしたっけ?」


そう思った直後、机の上にチェスセットが現れた。


「え、どういうこと?」


チェスセットが現れたときには既に初期配置から初手e4(イーフォー)が指された状態だった。

そう認識したとき、後手のポーンがひとりでに動きc5(シーファイブ)へと移動したのだ。


「これは……シシリアンディフェンス?」


何が起こったのか理解できず、手掛かりを探そうと手にまだ持ったままの封筒から取り出した紙を見てみると、文面が変わっていた。


「わしに勝てたら現実世界へ招待しよう……か」


私には、なぜか確信めいたものがあった。


「もしかして……おじいちゃん?」


もしそうならもう亡くなってしまっているおじいちゃんと、おそらく最後の勝負になるだろう。

またとないチャンスだ。

ここで意味する『現実世界』が何を指しているのかは私には分からない。 でも相手があのおじいちゃんだというだけで私には戦う理由があったのだ。


「また駒が動いた」


次の手が示される。 さっきのように自分も次の手を頭に思い浮かべればきっと駒は動くんじゃないか?

そう思ったとき、やはり自分の浮かべた手は思い通りに動いたのだ。


ガチガチに定跡で固まった対戦というよりかはどちらかというと定跡を早々に外して乱戦に持ち込まれたものになった。

何手指しただろうか? 残った駒の数はこちらの方が上、一見チェスではそれだけで優勢なのだが、どちらもキングの安全は保障されず、気を抜けば逆転チェックメイトもよくある話だ。


「勝てる。乱戦模様ではっきりした優劣は少ないけど、キングの安全性を上げて長期戦に持ち込めば物量で押せる!」


そう確信し、積極性を欠いた手を指した瞬間だった。


「……あ」


うっかり見落とした……というよりかはその手を軽視したという方が正しいだろう。

もう、勝てるチャンスは少ないであろう、おじいちゃんの方から会心の一撃が飛んできた。


かといって、その捨て身の一撃でチェックメイトされるわけでもない。

そう。 勝てないであろう、おじいちゃんの最後の攻撃で永久チェックという引き分けに持ち込まれたのだ。


「勝てなかったか……」


そう思った瞬間私の意識は無くなった。







――ピピピピ……ピピピピピ……


朝の目覚まし時計が鳴る。

いつものようにそれを止め、いつものように一日が始まる。


『あの』チェス対戦が本当におじいちゃんが相手だったのかは分からない。

そして勝ちでもなく負けでもなく引き分けだったという結果になり、今私自身がいる世界がまた夢の中なのか現実世界なのかも分からない。


今は夢か何かだと思える『あの』チェス対戦も、対戦していた時はその世界が全てだと思い全力で戦ったのだ。


そして、チェスというゲームでは引き分けは半分勝利、半分敗北とみなされるのだ。

半分の勝ち星……という表現も聞くことがある。


そこで私は、今いる世界を『夢のある現実』……と思うようにすることにした。


無気力な人生ではだめだよと、おじいちゃんに言われたような気がしたのだ。


また、おじいちゃんと対戦できるときが来るかは分からない。 でもその時に、やる気がなく腕も落ちていたらきっとがっかりする。

そう思うと、自然と口からこう言葉が出ていた。



「チェス……続けてみようかな?」



また退屈な一日が始まるが、この日に限れば違った一日に見えたのだ。

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