8. 烏野郎と負け犬
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授業後、マース先生の様子がおかしいことに気付いた。
普通ならば教員室に戻るのだけれど、今回はそうじゃない。
たぶん、親玉、つまりメルヴィと会うつもりなのだろう。
メルヴィはこの学校のどこかを拠点にしている。
どこか、というか地下であるが。
しかし地下へと行く方法はない。階段もなければ通風孔の類もない。完全に密閉された地下空間に彼女はいるのである。
酸素とかどうなってんだよとか、どうやって出入りするんだというのは全て魔法が解決してくれる。便利ですね、魔法って。
そんな便利な魔法は、転移魔法のことである。
彼女は転移魔法によって出入りをしたり、空気の入れ替えを行っている。
そして完全なる密閉空間の為、主人公ヴォルフが使う精霊魔法に必要不可欠な精霊が入ってこれないという利点がある。
その利点を利用して、メルヴィはこの地下空間にヴォルフを転移させ、戦闘に勝利した。
そしてその地下空間からメルヴィが去り、酸欠でヴォルフが死ぬまで放置する……の、はずだったんだが、その地下空間からヴォルフが這い出ることに成功し、メルヴィの存在が明るみに出たのである。
というのが、第Ⅳ章ラストのあらすじ。
この通り、第三者がメルヴィの許諾なくして例の地下空間に入ることはできない。
けれども作中何度か、メルヴィの配下の者達や協力者が、自主的な手段で地下空間に入っている。
その際の方法はいくつかあるが、我ながらよくできたギミックだと感心しているところだ。
というわけで俺が必死に考えたギミックはどこまでこの世界で反映されているかの確認をしないといけない。
マース先生が教員室とは反対方向へと歩いていく。
俺はマース先生に気付かれないよう、その後を尾行することにした。
彼女は外を出て、中庭を経由して、ときどき周囲を警戒する。傍から見ればただの迷子か、巡回中の職員に見えなくもないところが一層怪しい。
……いやこれで本当に迷子だったら俺は何をしているんだという話だが。
「なにしてるんだ、お前」
「ひぃ!?」
途端、背後から声をかけられた。もしかしてばれたのかと思ったが、しかし自然の先にはマース先生がいる。
まさか協力者? 二重尾行とはやりおる!
「お前、確かあの時リリスに詰め寄ってた! また変な事をしようとしてるのか!?」
「ギェアアアアアアアアアアアアアア!!」
振り向けばそこにはヴォルフラム・ラインフェルトがいたのである!
破滅フラグが! 歩く破滅フラグがああああああ!!
「待て待て、落ちつけ、俺は別にモンスターじゃない!」
「俺の傍に近寄るなぁあああああ!!」
あんなことがあって落ち着けと言われても無理があろうかと思います。
1分か2分か、少し長めに深呼吸してようやく俺は落ち着きを取り戻した。
ふぅ、危うく破滅フラグの闇に呑みこまれるところだった……。
主人公は主人公らしくメインヒロインといちゃついてろと思わなくもないが、しかしここは主人公らしく小物の俺を退治しにやってきたのだろうか。
「小物退治を何度もやってると読者から顰蹙買うぞ。一作につき一回、せいぜい二回が限度だと個人的には思っている」
「なに言ってんだお前」
よし、こいつは転生者じゃないな。
自分の理想を投影させすぎたせいで人格も自分になっているのではないかと思ったが、俺は俺だけだったらしい。
今更だけど確認完了。
「いや、別になんでもない。ただ確認したかっただけだ」
「はぁ……って、そんなわけわからないことを言ってる場合じゃない。ここで何してるんだと聞いているんだ」
「お前の方こそ何してるんだと言いたい。ここには何もないのに。俺はちょっと不審人物を尾行してるだけだというのに」
「不審者はお前だ! 俺はただ、図書館に用があっただけで……」
この時点でヴォルフが図書館に行く用なんてあったかな。
でも原作で丁寧に時系列を書いている事なんてないし、描写がカットされてるだけだろうな。
「って、そうかこの先は図書館か。なるほどなるほど」
「なにひとりで納得してるんだ。いったいお前は誰を尾行してるっていうんだ不審者」
「誰が不審者だ、ヴォルフ」
「な、なんで俺の名前を――」
「そりゃ有名人だからな」
俺が作ったキャラだし。
「あとリリスと初日から夫婦漫才してるからかなり目立っている」
「なっ……。そんな、目立たないように注意してたのに」
主人公あるある。
「自分は目立たない地味なキャラ」or「目立たないように生活しているキャラ」と思い込んでいる精神異常一般通過チート主人公。
なにが目立たない、だ。
傍から見ればすごい目立ってるわ。こちとら肩書きだけ凄いモブだぞモブ。その派手さ少しは分けろ、もしくはヒロイン寄越せ。寄越せというか返せ。
「それに人のこと『お前』だの『不審者』だのと呼ぶんじゃねぇ。名前で呼べって習わなかったのか?」
「……お前の名前を知らない」
「知らない奴に対して君はそんな喧嘩腰だったのか」
「…………それは、お前もだろう」
「いやこれは個人的な恨み」
「私怨かよ!」
そうだよ、それ以外の何があるってんだ。
自分の作ったキャラなのにイライラしてきた。
けれどもここまで関わっといて自己紹介もしないというのもなんだし、それになんだか長い付き合いになりそうだし。
「ヴァルトハイム選帝侯当主エルウィンは我が父、クルト・エードラー・フォン・ヴァルトハイムだ。わかったか」
「あ、あぁ。わかったよ、クルト」
コイツ貴族の息子相手に名前で呼び捨てとはいい度胸してやがる。
確かに社会に疎いって設定はつけたけどさ……。
……まぁいい。もう突っ込むのは諦めて本来すべきことに戻らないと、日が暮れちまう。
「で、結局クルトは何やってたんだ?」
「あぁ? だから言っただろう。俺は――」
俺は……えーっと……。
「なんだっけ」
「忘れたのかよ……」
いやだってこんなに長々と話す予定なんてなかったからちょっと記憶が飛んで……そうそう、図書館……じゃない、マース先生だ。
マース先生の尾行を……、
「っていねぇ!」
向き直ったら、既にいなかった。
よく考えなくても当たり前である。こんな五月蠅い奴がいたらすぐに離れるだろうし、そうでなくても時間経過でいなくなっている。
「クソ、烏野郎のせいで見失ったじゃないか!」
「烏野郎!?」
お前は烏野郎だ。第Ⅲ章ボスがつけたヴォルフの綽名だ。
「えぇと、この先は図書館だったな。たぶん図書館に行ったんだろう」
「お、おい!」
駆け足で追いかける。図書館にいなかったら絶望的だが、しかしマース先生のこのイベントは何回もあるだろうと信じる。
「おい待てよ、誰追いかけてるんだよ」
「なんでついて来てんだよお前」
「ついてくるに決まってる。何かよからぬことを考えてるんじゃないかって――」
「よからぬことを考えてるのはあっちだよ」
メルヴィと結託して巨大な魔術を発動、純粋な力が支配する世界を作ろうとしてるんだよ。
まぁ暴走して、それをヴォルフが華麗にやっつけるのだが。
そんな未来が待っているヴォルフを(不本意だが)引き連れて図書館に到着。受付の司書にマース先生が来たかどうかを告げた。
「マース先生なら先程来ましたよ、ヴァルトハイム卿」
「よかった。ここだったのか」
「どうかされたのですか? 何か御用が……? 図書館は広いですし、もし何かあれば私の方から言伝を――」
「いや、大丈夫だよ。大した用事があるわけじゃないんだ。ありがとう、司書さん」
「いえ、お役に立てたようなら光栄です。また何かあれば私どもをお頼りください」
よしよし、マース先生は図書館に地下空間へと続く道を確保しているのだろう。
道と言っても今回の場合は、転移魔法陣だ。
「おい、今マース先生って言ったよな。魔法史学のマース先生が不審人物ってことか?」
「お前に教える義理はない」
いらんフラグを立てることに定評のあるヴォルフを無視して図書館中を歩き回りマース先生を捜す。
時には図書館にいた生徒にも聞いて。
しかし大した収穫はなく、「3階の人目の少ない場所ですれ違った」という情報を最後に足取りが途絶えてしまった。
たぶんそこで例の移動手段を使ったのだろう。
……試したいところだが、今回は邪魔者がいる。
「しかしこの学校の図書館は恋愛小説や英雄伝までいろんなジャンルの小説があるんだな」
「そうだな」
その後も図書館内を探し回ったが、ヴォルフが邪魔で色々と試せなかったので捜索打ち切り。
「……はぁ。収穫なしか。疲れた、帰ろう」
「そうだね」
律儀にひとりごとに反応しやがって。
「なぁ、クルトくん。君の言っていた不審者というのはマース先生のことだったんだよね?」
「お前には関係ない」
「そうかもしれない。でもよかったら、俺が相談相手になるよ」
「いらない」
「強がらなくて平気だよ。……たとえ相手が年上だとしても、男と女だ。チャンスはあるはず――」
「お前はいったい何を言っているんだ? 俺は別に――」
「いやいい、皆まで言わなくてもわかっている! 好きな人の後をついていってしまうことは珍しくない。けどその言い訳として相手を不審者などと……って、ちょっとどこに行くんだい!? まだ話は終わってないよクルトくん! 待って、置いて行かないでくれよ! ここからが重要なんだからな、恋愛成就の為に俺が力に――」
「うるせえお前は第Ⅶ章くらいまで誰ともくっつかずに鈍感貫き通す予定なんだ」
「何の話をしているんだい!?」
そりゃこっちの台詞だ、この大馬鹿烏野郎。