6. カリナの回想
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カリナ・エドワーズ。
それが、ヴァルトハイム家に仕える私の名前。
本来であれば、私はヴァルトハイム家のような高貴なお方のメイドとして雇われるなんてことはありません。
けれど妙な御縁があって、私はヴァルトハイム家に仕えることになりました。
メイドとして経歴が浅く、貴族の血をひいているわけではない私を雇ってくれたご当主様、そしてその嫡男、クルト様には感謝しています。
……いえ、感謝していました。
このクルト様、かなりの貴族至上主義者で、偏見持ちで、少しでも下の身分の者を見ると鳥肌が立つと公言するくらいにはいかれた……コホン、変わった性格の持ち主なのです。
とは言え、貴族としては珍しくもない、というのはメイド歴の長いメイド長のお言葉ですが。
当然、大した家の出ではない私に対するクルト様の態度は、まぁひどかったです。
「おい、お前。どこの家出身だ」
「……ディルバルド戦役にて騎士爵を賜りましたエドワーズ家の次女であります」
「ふんっ、たかが騎士爵の次女が俺の家のメイドをするなんて100万キロ速いな!」
「それを言うなら100万年であります」
「そう言おうと思ったのだがお前の流れる血が卑しすぎて間違えたのだ!」
という会話をしたのは何年前だったか。確かクルト様がまだ10になる前のことでしたでしょうか。
私はクルト様よりも若干、若干、本当に若干年上だったという程度でしたが、率直な感想としては
「なんだこのクソガキ」
でした。
「そんなバカなお前を教育してやるのも貴族の役目だからな、感謝するんだ!」
「はぁ」
まぁ、こういう態度に時折愛しさを覚えるのは女の悲しい性と言ったところでありましょうか。
けどこういうのが長く続きますと、流石に辟易してきますが。
そんなクルト様との関係に最初の転機が訪れたのはクルト様が10になってすぐのこと。
「貴族家の男子たるもの、剣の覚えがなくてはならない」
とは、ご当主様のお言葉。
そのため、クルト様に剣の稽古がつくようになりました。
王国近衛騎士団を退役したばかりの、名のある騎士様がその師範となります。
基本的な構え、基本的な動作、筋力トレーニングなどなど、私が脇からこっそり見ただけでしたがかなり本格的なものでした。
クルト様は「貴族たる者、剣に秀でるのは当然!」と、ご当主様の考えに洗の……じゃなくて、えーっと、同調して、真面目に訓練に励みました。
その成果かどうかはわかりませんが、稽古を始めて1年と経つ頃には、それなりに剣術ができるようになりました。
が、すぐに図に乗るのはクルト様がクルト様である所以であります。
「おい、カリナ! カリナ・エドワーズ!」
「御前に」
「俺と剣で一対一で勝負しろ!!」
「は?」
剣術が上達したからと言って騎士道精神も合わせて発達するわけではないらしい。
師範たる騎士は何を教えていたのやら。
「お前は騎士爵出身と言ったな。だから剣の覚えは多少あるはずだ! 俺と勝負しろ!」
クルト様は如何にも「悪いことをしようとしている」という顔をしています。
本人にその自覚があるかは不明――というか絶対ありませんね。
クルト様は生まれながらの小悪党って感じですし。
「……まぁ、確かにありますけれども」
だからと言って普通、メイドに剣術勝負を挑むバカがいるだろうか。
いるんですよこれが。目の前にいるこのお方こそ、その大馬鹿野郎でありました。
しかしいったいどうしたらよいのやら。
負けてあげるのは簡単ですが、下手に負けると「もう一回、もう一回」とせがみそうではありますし、それになんか癪です。
では勝てばいいだろう……とは行きませんでしょう。立場的に。
どうするのが最適だろうか。
負けるのは前程としてもなるべく私の矜持が保たれつつ相手の矜持を保ち且つ今後の主従関係が円滑になるような負け方を模索――、
「んじゃ、いざ尋常に勝負だァ――ッ!!」
とか考えていたら急にクルト様が木剣片手に突っ込んできました。一体どこが尋常なのかサッパリわかりませんでした。
咄嗟の出来事につい、私は色々なアレやコレやを頭から追放させてしまいました。
突撃してくるクルト様の手首を掴み、剣を離させ、そしてクルト様の速力を利用してそのまま捻って空中で回転させて転倒させてしまいました。
何が起きたのかわからないまま、クルト様はそのままズサーっと転げます。
はー、すっきりした。
……じゃありませんよ! なにやってんですか私は!
「あ、その、クルト様? 大丈夫で――」
「もう一回だ!」
「はい?」
「今のはナシ! 何か調子悪かったからもう一回! ノーカン! ノーカン!」
「……はい?」
「尋常に勝負だ!」
拒否権も抗弁権も持ち合わせていませんので第2ラウンド開始、即ノックアウト。
こっちとしてはもう自棄でした。
都合5回同じことを繰り返しました。
学習能力皆無なところはクルト様がクルト様である所以であります。
「お、お前! なんで俺に気持ち良く決闘させないんだ!」
「女性を一方的に嬲るのが気持ちいいんですか?」
「そうは言ってない!」
「そうですか。けど、こう何回も女性に負けるというのは、クルト様、ちゃんと剣術の授業を受けているんですか?」
もうこれ以上は評価は下がらないだろうからドンドン言っちゃえの精神です。
今思えば、かなりの勇者ですね、当時の私。
「~~~~~~~~~ッ!」
そしてクルト様は、声にならない声で半べそかいてました。
えーっと、こういうときはなんと言うべきでしたか。
……ざまぁ見やがれバーカ、でしたっけ?
「覚えてろよ! 父上に言ってやっかんなぁ!」
半べそを全べそに変えながら、さながら舞台演劇の小悪党のような台詞を吐き捨てながら何処かへと消えていきました。
この事実がご当主様にばれたら……私クビでしょうか……。
と思いましたが、ご当主様は私の想像以上の方だったそうで、
「無防備の女を襲い、あまつさえ5回も返り討ちにあったっと言うのか! このバカ息子がぁ!」
「うわ―――ん!!」
という声が屋敷中に響き渡りました。
数日間の自室謹慎処分の後、ようやく出所したクルト様の第一声は今でも覚えています。
「いつかお前に勝って、ぎゃふんって言わせてやるからな!」
まぁ、その言葉から数ヶ月程は、何度かクルト様の一方的な「尋常な決闘」が行われましたけれども、私はぎゃふんと言わされてません。ぶい。
ちなみに決闘の結果は全部引き分けらしいです。引き分けでも屈辱的なのでしょうけど。
そしてパタリと決闘は行われなくなりました。
一度気になってその訳を聞いたことがありますが……まさかそれが、第二の転機となろうとは。
「ふん、バカだなカリナは!」
「はい?」
「今、時代は魔法戦だ。魔法を極めた者が戦場を制す! 剣だけを振り回すだけじゃ勝てないんだよ? ん?」
この時のドヤ顔クルト様、ちょっとウザかったです。
「はぁ、しかしクルト様は魔法の修練はまだ――」
「だから俺は、王立魔法学校に入る!」
…………。
「えっ?」
「父上とも相談するつもりだが……おいカリナ、いい感じの言い訳考えろ」
「え、あの」
「それじゃ、俺は用意で忙しいから、夕食前には考えとけよ!」
「…………」
こうして、私が適当に考えた言い訳を採用したクルト様の説得により、彼は上級貴族学校への入学を蹴り、王立魔法学校への入学を決めました。
……決して魔法の才があるとは言えないヴァルトハイム家の、初の魔法学校生徒となりました。
どうしてこうなったんでしょうかね……?
クルト様の家庭教師には新しく魔法学の教師がつきました。
座学と実践、その両方を、魔法学校入学までに覚えなければなりません。
入学自体は貴族枠で出来るだろう、とはご当主様のお言葉。
まったく貴族っていうものはこれだから嫌なんです。
せめて我が儘を言った息子に「一般枠で入学で来たら許可する!」くらいは言えないんでしょうかあのバカ親は。
その結果かどうかは不明ですが、クルト様の魔法は……なんていうか、中途半端でした。
座学は勿論、実践の方も。魔法の良し悪しは才能によるところが多いので仕方ないと言えばそうです。
入学したところで、成績は下から数えた方が早いかもしれませんね。
しかしクルト様はそんな不安を微塵も感じていないのか、入学の日が近づくにつれてテンションが高まって行きました。
なんていうか、お祭り前の子供みたいな感じです。
これが入学当日になったらどんなに浮かれることやらと、クルト様の成績以上に不安に思っていたところであります。
……で、入学式当日。
「クルト様、呆けた顔をなさっていますが……どうしたのですか?」
「……そんなことあった」
「はい?」
「なんでもないです……」
「なぜ敬語……?」
前日まで物凄くウザいくらいに興奮していたクルト様はどこに行ったのでしょうか。
最早性格と言うか人格が変わったレベルです。
入学式当日ということを忘れているという大ポカをやらかすほど馬鹿ではないと思いますし、実際入学式であることを伝えても心ここにあらずという風。
いったい何があったのか。不安だ……と思いましたが1分も経たないうちに、
「よし、じゃあ行くか!」
と勢いよく飛び起きて寝間着のまま外に出ようとしてました。ついでに妙に高笑いしながら。
あの、情緒不安定ってレベルの話じゃありませんよね……?
「クルト様、せめて着替えてください」
そう声をかけることしかできませんでしたが、赦してください。
精神が安定していないクルト様という、予想だにしていない不安を背負い、王立魔法学校へと向かうことになりました。
なお、寮での付き人として私もクルト様に同行する羽目になっています。
……辞めたいです、ハッキリ言って。ご当主様に拾われた恩義など、もう感じていません。
なんだこの面倒臭い生物は。
そんな不安を抱えて、せめて問題を起こさないように……と願うのは贅沢でしょうか。
問題を起こしても処理が面倒臭くならないような小さな問題に収まりますように、と天に願いました。
そして入学式や研修が終わる時間になり、寮へと続く道で私はクルト様と再会します。
「おかえりなさいませ……と言うのも変ですね。お疲れ様です、でしょうか。クルト様」
「……そうだね」
「……? クルト様?」
が、クルト様はまたしても精神が不安定なご様子。
本当になんなんですかね、この人。
「カリナ」
「はい?」
「……俺、次からはもうちょっと、考えて行動するよ」
「…………はぁ」
貴族と言う立場に誇りを通り越して自惚れを感じていると自覚する。
魔法学校というのはそんなにも人徳教育が素晴らしいところでしたっけ?
それも1日でこうなるなんて、熱でもあるんじゃないかと心配しました。
けれどもクルト様の目は本気です。本気でどうにかしようと考えてる目です。
「考えて考えて、カリナのことも考えて……」
「……クルト様」
どうやら私は、前言を撤回しなければならないらしい。
面倒ではあるし、情緒不安定だけれど、辞めたいという気持ちは消えました。
この人はまだまだ子供というだけのこと。
これからまだ成長の余地はあるし、私の下で立派な紳士に育ってくれるだろうと信じています。
「んでもって、最終的に頂点に立つのは俺だ!」
「……頑張ってくださいまし」
まぁ、こうやって上げて叩き落とすことを平気でやってのけるところが、クルト様がクルト様である所以であります。