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35. 大馬鹿野郎ども

 さて、第7街区を派手にぶっ飛ばして魔法学校に凱旋してきた俺を待っていたのは、関係者の皆さんからの批難と罵倒の嵐だった――と、思うだろ?


 しかしながら世間的には謎の爆発事故の連続ということになっているのは、ジュベイル殿下の権力の賜物である。持つべきものはこの国最強レベルの権力である。


「君の大馬鹿さ加減に免じて、特に糾弾はしないことにするよ。御偉い様も、あの『失政の象徴』と言われたセブンス・タワーの崩壊に喜ぶだろうからね」


 と、後日ジュベイル殿下よりお言葉を賜った。


 しかし殿下にまで大馬鹿呼ばわりとは……いや自覚はあるがそこまでみんなして大馬鹿って言うのはやめてほしい。

 選帝侯家嫡男としての威厳がまるでないじゃないか。


 俺はあの後、メルヴィに応急的な治癒魔法を使われ、そして気絶・拘束されたマース先生と共にメルヴィに背負われながら魔法学校へとコッソリ帰ってきた。


 人目に見られてはまずいので、医務室へは行くことなくそのまま寮へと帰ってきたのだが、自分の部屋にメルヴィと共に帰ってきたら、カリナが俺のことを待っていた。


 治療道具も万端に準備して。


「……意外と、軽傷ですね」

「メルヴィに治癒魔法かけてもらったからな。とは言え、体中はまだ痛いし思うように歩けない。ここまでコイツの肩借りてきたくらいだ」

「…………そうですか」


 カリナはメルヴィをチラ見した後、俺に湿布やらガーゼやら包帯やらを貼り付けていく。さすができるメイド、治療行為もお手の物と言うことだろうか。


「……メルヴィ様」

「おう、なんじゃ? また戦うのか?」

「そんなことはしません。……クルト様を助けていただき、感謝申し上げます」

「なに、気にすることはない。これは恩返しみたいなもんじゃ。それにこれから儂とコイツは共に戦う運命共同体。この手のことはこの先何度もあるじゃろうて」

「……運命共同体?」


 カリナがビックリして俺とメルヴィを交互に見ている。

 なんだか誤解しているような感じがするから一応補足してやるか……。


「あぁ、カリナ。運命共同体と言っても別に――」

「そうじゃ。儂とクルトは共に2人で生きることを誓ったんじゃ。これは合意の上じゃぞ? 文句を言われる筋合いはないぞ」

「おいメルヴィお前は何を言っているんだ」

「ほぼ事実じゃろ」


 言い方! 誤解を招きやすい言葉で説明するんじゃない!


 ほら見ろ、俺の不健全さを察したのか、カリナが変などす黒いオーラ出してるじゃないか。

 きっと親父から給与減らされるとか思っているに違いない。


 ここは誤解を解かないと後々大変なことになりかねない。離脱フラグだけは、離脱フラグだけはなんとか阻止しないと――!!


「カリナ、これには秘密の地下室より深くセブンス・タワーよりも高い、深い訳が」

「そのセブンス・タワーはクルト様がへし折りましたけどね!」


 そう言ってカリナは、俺の背中を思い切りぶっ叩いた。いくら治癒魔術をかけたからと言って、骨が全部繋がっているとは限らない。


 それをわかっているのに、この仕打ちである。当然死ぬほど痛かった。

 しかしながら俺が抗議の声を発する前に、カリナは治療道具一式を持って、ちょっとプンスカしながらメイド用の部屋へと去ったのである。


「…………はぁ」


 顔を覆いたくなる。こっちの運命は、なかなか変えられないようだ。


「運命の赤い糸とやらも、簡単に変えられるようじゃな?」

「お前は何を言っているんだ……?」


 項垂れる俺を見てケラケラと笑うメルヴィであった。


 組む相手を間違っただろうかと後悔しているが、まぁ、バカなので反省はしない。

 笑い疲れたのか、メルヴィは俺のいるベッドに勢いよく腰掛けた。


「で、俺たちはこれから何をすべきなんだ?」


 ラスボス候補を助けて、挙句に手を組んでしまったクルト。


 果たして俺は何をすべきなのか。世界征服? それとも世界の破滅? 今更巨万の富がどうとか、愛がどうとかはないだろう。


 ではいったいなんなのか。その答えを知っているのはメルヴィだけであるからして、俺としては質問するしかない。


「そうじゃのー」


 彼女は口に指を当てて暫く考える。

 10秒だか、20秒だか、それなりに長く思考した後、メルヴィはこちらを向いて答える。


「運命の気の向くままに、何かをしてみるのも一興じゃよ?」

「…………それが気に入らない運命だとしたら?」


 この質問には、メルヴィは即答した。

 しかもいい笑顔で、右手の小指を立てて。


「そん時は、おぬしがその運命を捻じ曲げてみせろ。得意じゃろ?」

「バカじゃねーの?」

「それはお互い様じゃろ? この、大馬鹿野郎」

「…………はぁ」


 なんとも言えない気持ちにさせてくれる。


 やはりメルヴィと手を組んだのは間違いだった。

 一瞬の気の迷いというのが運命を狂わすというのは本当のことだったのだと実感する。


「……これからの人生がとっても不安になってきた」

「そう言うでない。あのマースよりはマシな人生を歩めることを保証しよう」


 嬉しくねえよ。


「……って、マース先生ってまだ生きてるの?」

「生きてるも何も殺すつもりなどありゃせんよ。生殺与奪はこちらの思うが儘じゃがな」

「死ぬよりも辛いってことじゃないか、それ」


 後に聞いた話と織り交ぜながら説明すれば、今マース先生には隷属化の首輪というのがなされている。

 これは旧時代のアーティファクトのひとつで、奴隷を拘束するための首輪である。


 要はWEB小説でよく見る奴隷の首輪みたいなやつだ。

 今じゃこれほどまでに高度な拘束魔導具は失われた技術であり、メルヴィに使われた対ドラゴン用拘束具並に貴重である。


 要するに、マース先生は今奴隷身分に落ちたと言える。

 まぁ周囲にはそう認識されていないので本当の奴隷よりはましかもしれない。


「まぁ、これも己が力を過信した者の末路じゃ。力の代償というやつじゃの」

「よかったよ、そんな力なくて」


 そういう意味ではほぼ無能力者で金持ち貴族である俺ことクルトは勝ち組なのではないか。

 が、そうは問屋が卸さないらしい。


 片付けを終えてカリナがこの部屋に戻ってくると、


「そういえばクルト様、お言伝がございます」

「ん? 誰から?」


 無理を言ったジュベイル殿下とかだろうか、それとも「アトラス」からの追加請求?

 と思ったが、どうやら違うらしい。


「ご主人……つまり、クルト様のお父様からです」


 嫌な予感しかしない。


「『約15万統一マルクの請求書に関して説明すべく、可及的速やかに家に戻るべし。さもなくば、廃嫡もあり得る』とのことです」

「………………」


 俺は瞬きするのを忘れてしまいそうなほどに凍りついた。

 背筋に何かが走る。


 そして、それを見ているメルヴィはニヤニヤしながら、どっかで聞いたことのある台詞を言うのである。


「これも己が力を過信した者の末路じゃ。力の代償というやつじゃの」

「…………これからの人生がとっても不安になってきた」


 手段を選ばず後先も考えない大馬鹿野郎はこうなるのだろうという、ひとつの証左だった。


「儂はこれからの人生がとっても楽しみじゃがのー」

 そんなメルヴィの暢気な声が、とても腹立たしく思える。




 ちくしょうめ。


これにて第1章は終了となります。ご愛読ありがとうございました。

第2章以降の更新予定は未定ですが、できるだけはやく投稿出来たらいいかな、って。

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