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34. 運命

 メルヴィ・メル・メルクーリオ。


 俺がこんなバカなことをやってまで助けたかったキャラである。

 前にも言ったが、それなりに人気のあるキャラで、且つ、俺も書いているうちに好きになったキャラだった。


 そんな彼女は、運命に縛られていた。


 エルフよりはるかに長命で、数千年は生きると言われる天人族。

 そんな一族にあってもメルヴィは運命に逆らうことはできず、いつしか、達観するようになった。


 数千年分の経験の中でメルヴィは、その豊富な経験則と、自身の持つ「魂を見る魔眼」を使って精度の高い未来予想を――彼女曰く「運命」を見ることが出来た。


 メルヴィの予想通り、人は運命に翻弄され続け、自分自身も運命に流されていった。

 自分が死ぬだろうという「運命」も、「それが運命だから」というひとことで片付けてきた。


 そんな彼女は原作で、運命を変えることができるかもしれない主人公ヴォルフとの戦いで、自身の思い込みと葛藤と共に戦い、そして結局は自身の予想する「運命」に従い、ヴォルフに打ち倒され、死んだ。


 ちょいと思い描いた運命とは違う死に方だった……という〆で、第Ⅴ章の幕を閉じた。


 そして、メルヴィやマース先生に「運命」を与えた元凶である原作者こと俺が、この世界にやってきた。

 俺自身も、俺の書いた小説世界の運命に翻弄されてたりしたこともあった。


 それも仕方ないか、自業自得かと思ってしまった。

 けれど、あの時、あの地下室で、メルヴィが放った言葉で気が変わった。


『人は誰しも、運命には逆らえん。儂も、お前もな』


 こんなこと言われたら、運命を捻じ曲げたくもなるだろ?


 そんな理由でこんなことをしでかした俺を、大馬鹿野郎だと罵ったとしても、それはむしろ大変名誉な事である。



 たぶんね。




---




 ……痛い。死ぬほど痛い。


 頭上に覆いかぶさった瓦礫を必死に退けて、ようやく太陽様とご対面である。


「……生きてる」


 不思議なことに――と言うわけでもない。

 これは俺が主人公でこの世界の原作者だから特殊能力がある――と言うわけでも、当然ない。


 なんてことはない話だ。


 あの時、セブンス・タワー最上階で輝いた光の正体は魔法陣であるのは前述の通り。けど問題はその種類。

 マース先生は爆破魔法陣と思ったようだけど、違う。


「身体保護魔法は、無機物は保護対象外なんだよね、先生」


 つまりは、そういうことだ。


 ヒントはカリナがくれた。俺が大嘘こいて地下室から脱出し、カリナと決闘場近くで再会したときに、この身体保護魔法のギミックを思い出したのだ。


 マース先生は身体の半分をゴーレム化、つまり無機物と化した。

 しかし俺ことクルトは紛うことなき純粋な人間。有機生命体。


 その二人が、身体保護魔法陣の保護下でセブンス・タワー崩壊に巻き込まれたらどうなるか。

 身体の半分が有機生命体で残り半分が無機物のマース先生は、半分しか保護されない。


 対して俺は有機生命体だから、全身保護対象。

 よってマース先生はタワー崩壊時のダメージの半分を受けることになり、俺はノーダメとなる。理論上はね。


 問題はふたつ。いや、みっつかな。


 ひとつは、死ぬほど痛いことだ。

 身体保護魔法は痛覚も保護してくれるわけじゃない。これはジュベイル殿下とヴォルフの決闘のとき、ジュベイル殿下が言っていたことだ。


 ……もっともこれは、この手を使うと決めた時から知ってた。その覚悟を持って実行した俺の責任である。


 ふたつ目は、タワー崩壊時に魔法陣も崩れる可能性が大いにあったこと。

 これに関しては、最上階に魔法陣を設置して、最上階が最後に地面に叩きつけられるまで無事であると予想したから実行したが、半分は賭けだった。


 それに地面に叩きつけられた後はサポート対象外。


 おかげで俺は、地面に叩きつけられた際のダメージは負わなかったが、その後に降りかかる大量の瓦礫は物理的に防御するしかなかった。


 そういうわけで、今俺は死ぬほど痛いことを経験した上に、骨が何本か折れている。

 結果的に生きているのが不思議なくらいである。

 まぁ、なんだ。死な安、死な安。


 だがこのふたつの問題は、三つ目に比べれば大した問題じゃなかった。

 三つ目の問題、それは――


「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふっ。あは、ハハハハハハハハッ!」


 勿論お分かりですね?

 マース先生が耐えてしまう可能性である。


「お金? 権力? それがどうしたって言うの? やっぱりそんなものは、『絶対的な力』の前には無力同然なのよ!」


 マース先生が高笑いしながら、こちらに近づいてくる。


 無論無傷というわけじゃなかった。

 身体のあちこちには擦り傷切り傷が多く血まみれだったが、致命的な怪我はしているように見えない。


「化け物かよ……」


 これはもう未来からやってきた殺人ロボットかなにかだろう。演じているのはシュワルツネッガーでない点が異なる。


「確かに、面白い手だったわ! けどやっぱりあなたは『大馬鹿野郎』なのよ! 私が、最後の最後に防御魔法を使わないとでも思ったの?」

「普通の防御魔法じゃ、このダメージ防げないでしょ……」

「普通なら、ね。でもあなたがありったけの力を出したように、私がありったけの力を振り絞ればこの程度は防げる……。おかげで今、魔力はスッカラカンだけど……大馬鹿野郎を絞め殺すには十分よね?」

「そうですねぇ……」


 はぁ、ありったけの力を使えば防げる、か。

 普通の戦闘だったら振り絞った後にやられてジ・エンドなのだが、残念ながら今は普通の戦闘ではない。


「もうあなたを普通に殺すことしかできないから……ちょっと、苦しい思いをするだけで済むわよ?」


 為す術なし。


 当たり前だ。全身骨折して動くのは左腕一本と言う状況で何をしろと。


 だから俺は左腕を天に掲げて、ちょっと残ってた魔力を使うくらいしかできない。

 ほんのちょっとの魔力で稼働するのが、この魔導具の良い所だ。


「……?」


 先生が首を傾げる中、左手にハマっていた指輪から火球が飛び出た。

 ひゅるひゅると情けない音を出して、真昼間の青空を微かに赤く染め、一瞬で燃え尽きた。


「……花火?」

「花火ですよ。昼間だから、ちょっとしょぼいですね」

「やっぱりあなたは底抜けの大馬鹿野郎ね。親の顔が見てみたいくらいよ」


 そう言いながら、マース先生が俺の首に手をかける。

 ギリギリと徐々に力が入り、それに反比例して息がしづらくなる。首絞めプレイに興奮するやつがいるらしいが、ぶっちゃけ俺にはよくわからん。


「遺言を聞きたいところだけど、また何かしでかしたら困るから、これでお別れするわよ」

「辞世の句なん……て、用意して……いません……よ……」


 意識が少しずつ薄れていく。

 目の前がだんだんと暗くなっていく。その中で、微かに声が聞こえた。


「まったく、手のかかる大馬鹿野郎だったわ」


 というマース先生の声。

 そして、もうひとつ。


「あぁ、儂もおぬしに対して全く同じことを言おうと思っていたところじゃよ」


 こんな特徴的な話をするやつ、この世界には1人しかいない。そんなこと、酸素の足りない脳みそでもわかっている。


 当然、酸素が十分足りているマース先生も。

 けどマース先生がその声の主に対して何か十分な対策を立てる暇も、何もなかった。


「ど、どうして――」

「どうしてじゃろうな? そこの大馬鹿野郎に聞くのが一番はやいかもしれん」


 彼女らがこちらに視線を寄越す。

 とは言っても、そんなに格好いい答えはないんだけどね?


「貴族のバカ息子らしく、最後はコネで勝ったのさ」


 その言葉が、気絶したマース先生に届いたのかはわからなかった。

 ……そして残ったのは、タワーの残骸と、土煙と、格好悪く倒れる俺、


「まったく、何をしたんじゃおぬしは」


 そんでもって、メルヴィである。


 彼女は手に持っていた、先程まで自身にかけられていた対ドラゴン用の拘束具を気絶しているマース先生に使った。

 これでもう、生殺与奪は彼女の思うがままである。


「その拘束具を外してやろうと思って。非力な俺には、それが精一杯だった」

「……はぁ」


 頭を抱えて溜め息をつく。


 メルヴィが地下室で言っていたように、この対ドラゴン用拘束具は「持ち主がどれだけ魔力を供給しているかで効果を増減できる」のである。


 しかしながらセブンス・タワーの崩壊のときマース先生は「全ての魔力を防御魔法に使った」のである。そうしなければダメージをもろに食らうのだから仕方ないが……彼女にとって、それが最大のミスだったわけである。


 結果として拘束具の効果が薄れ、メルヴィは解放された。


 彼女はすぐに地下室を飛び出てメルヴィの後を追う。派手に舞う土煙があったから、どこにいるかは魔法学校からでも一目瞭然だっただろう。


「で、とどめにあの花火じゃ。おかげでおぬしの間抜け面を拝むことができたが……なんなんじゃあれは」

「特に深い意味はないよ。ただお前に『花火を打ち上げる』と約束したから、その約束を果たしただけのことさ」

「………………」


 先ほどよりも深く唸り頭を抱えるメルヴィである。

 なんて馬鹿な事をしたのだと言うだろうか。確かにクルトはメルヴィと知り合ってまだ時間が経っていない。


 けど、原作者はもう長い付き合いである。それに、


「で、どうよ? 運命って、結構簡単に変えられただろ?」

「………………はぁ」


 腰に手を当て、深い溜め息をつく。さっきの溜め息とは違う、呆れに似たものだ。


「大馬鹿野郎じゃな、おぬしは」

「あそこで諦めて運命だなんだと言い放った大馬鹿野郎には言われたくない」


 何度目かの溜め息が聞こえた。

 けれど今度は、笑顔交じりのものだ。


「大馬鹿野郎につける薬はないのぉ」

「そうだな。大馬鹿野郎には薬じゃなくて、別のものをつけないといけないな」

「おぬしには助けられたことじゃし」

「お前に命を救われたことだし」


 ほぼ同時だった。ちょっと意外だったからか、俺とメルヴィは、何秒か見つめ合った。

 どうやら行きつく結論は同じらしい。大馬鹿野郎同士、気が合うようだ。


 メルヴィはケラケラと笑いながら俺を引っ張り上げた。ちょっと乱暴で、すげえ痛かった。


「大馬鹿野郎には、相棒が必要じゃな」

「あぁ、全くだよ」


 けが人を労わらないような大馬鹿野郎には、相棒が必要なんだ。


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