33. セブンス・タワー
セブンス・タワーに追い詰められ、エスセナリオの斜塔にあった魔力式エレベーターを参考に作られたエレベーターで、最上階へと向かう。
けれど荒廃著しいのか、持ってきた魔石では魔力が足りないのか、残り三分の一を残して止まってしまう。
止まるんじゃねぇぞ……、と言いたいのだがたどり着いた場所から動きようにもないので、残りの三分の一は階段だ。
まったくどうして、選帝侯家嫡男で原作知識万全の原作者がこんな体力を使うようなことをせねばならんのかと自問自答する。
もっと楽な選択肢があっただろうに。
……けれど、これが自分で選んだ道で、他に方法がなく、そして今もなお、この選択をしたことに後悔の念は……まぁ、ちょっとしか持ってないのは確かだ。
あれは、カリナに「2、3頼みごといいかな?」と言った時のことだ。
その時カリナはなんとも言えない顔をしていたが、それはまぁ本筋とは関係ない。
頼みごとひとつ目、馬の準備。
これは相棒である「ネイチャ」という馬を準備してもらったことだ。貸し馬屋で適当に見繕ってもらった。
ふたつ目は、マース先生に「クルトとかいう大馬鹿野郎が第7街区にいる」ということを自然な形で伝えて欲しいと言うこと。
これも、今マース先生が ここにいるという事実から上手くいっていることが証明された。
そして最後は、人払い。
最後の戦いでいらぬ介入がないように、そしてなにより巻き込まないようにするための措置。
これはカリナに出来ないことだ。如何にカリナが優秀なメイドだからと言って、人払いなんてできることではない。
そういうことができるのはもっと権力があるやつ……たとえば、この国で一、二を争う権威と権力がある人物じゃないといけない。
つまりは、ジュベイル殿下のことである。
「……用件はわかりました。しかし問題があります」
カリナは前ふたつに関しては快諾してくれたが、最後のだけは渋った。
その理由は以下の通り。
「クルト様はご存知のことと思いますが、ジュベイル殿下は曲がったことが嫌いな、正義感の強いお方です。そのお方に、単に『人払いを』と頼んでも無駄に終わるでしょう。なにか納得のいく説明が必要です」
ごもっともだ。
カリナはあくまでも伝言係。
間接的とは言え、説得するのは俺の役目だろう。
あいつを説得するというのは、たぶんマース先生を倒すくらいには難しい事である。騙されるようなことは殆どないし、生半可な言葉で納得するような奴でもない。
だから正直に、んでもってわかりやすくアイツ好みの言葉を言わなければならない。
……なら、答えはひとつだな。
「特に難しいことは言わなくていい。『クルト・エードラー・フォン・ヴァルトハイムのことはいくらでも嫌ってくれて構わない。私にはただ、何をやってでも助けたい人がいるだけだ』とね」
自分で言ってて恥ずかしくなる。
けれどジュベイルにはこの直球が一番効果的だ。それに嘘はついてないし。
こうして第7街区は静かな森となった。
ジュベイル殿下も相当なお人よし、あるいは大馬鹿野郎かもしれない。
あとは俺が、マース先生を倒せば、万事めでたしめでたし。
「残念。もうここで行き止まりよ、お馬鹿さん?」
まぁ、簡単にはいかないようだ。
階段を登りきって最上階について、ヘトヘトになった俺を出迎えてくれたのは優しい笑顔を向けているマース先生。
「長い長い鬼ごっこにも飽きてきた。だからおしまいにしましょう。お詫びに、このタワーをあなたの墓標にしてあげるから」
「嬉しくないですね。俺はあと100年くらいは生きている予定なんですよ、先生」
「所詮、予定は未定よ」
「見逃してくれたりしません?」
「その予定はないわよ」
「予定は未定では?」
「残念ながらこれは『確定』なの。曲げるつもりはない」
最上階は何もない。
柱と、ところどころに散乱する瓦礫と窓ガラス、工事中に放棄され埃をかぶった工事道具のみで、あとは真っ新だった。
ボスと戦う決闘場としては、まぁよくあるシチュエーションだ。
俺と先生は、その決闘場の真ん中あたりまで歩み寄る。と言っても俺はここまで登ってきた疲れもあって柱に寄りかかるしかない。
「まったく、先生ったらチートですよ」
「ふふっ。羨ましい? 並の人間には到達できない、この力」
「羨ましいですが、ゴーレム化は嫌ですね」
「……知ってるのね」
「えぇ。マース先生のことは何でも知っています。母親のことも、父親がどう死んだのかも、その後なにがあったのか、メルヴィとどう出会い、何を思い、何をして、何をなそうとしているのか、みんなみんな知っているんですよ」
同情するくらいに全部知っている。原作者だからね。
「まぁ、あの地下室で言ったことは嘘ですけどね。……先生って釣りは好きですか?」
意趣返しをしてみたが、それに対してマース先生の反応は淡泊だった。
「そう…………でも、やっぱりあなたはここで殺すしかないようね」
だろうね。ここで「殺すのやめた」と言われても困るし、そういうキャラでもないことは世界で一番理解していると自負しているので。
「先生ね、学校内では優しいって評判なの。だから最後にあなたの遺言を聞いてあげるわ。そのあと、苦しんで死んで頂戴?」
「うわぁ、優しいですねー。なら、お言葉に甘えてひとつ『忠告』を」
「……なんですって?」
マース先生の眉に皺が寄った。この状況で何を言ってるんだという表情だ。
「先生は『力』について誤解していらっしゃいます。これに関して先生は身体を半分ゴーレム化して『ほぼ無敵の身体』を手にしていますが……」
「実際、あなたの玩具の攻撃にも傷一つついてないわ。あなたの持つ『金』と『権力』ではどうしようもできない、『絶対的な力』を手に入れたわ」
確かにマース先生は、身体を半分無機物であるゴーレムと化し、物理攻撃耐性が飛躍的に上昇している。魔法攻撃に対しても、マース先生の元来の魔法戦能力の高さで対処できている。
まさに無敵に近い存在。
マース先生は、自身が欲する「絶対的な力」を手に入れた――、
「と、思っていたのか?」
「はぁ?」
俺は、最後の最後で自分の魔力をありったけ使う。気絶しそうなくらいに、自分の持っている全ての魔力を、もたれかかっている柱に流し込んだ。
「あなた、いったい――そこから離れなさい!」
「先生は誤解しているんです。俺の持つ『金』と『権力』という『絶対的な力』は――こうやって使うんですよ!!」
「なにをしているのかって、聞いてるんですよッ!」
先生が飛びかかってくるが、もう遅い。
俺の流し込んだ魔力によって、フロアの床全体が眩く輝き始めた。
それはみるみるうちに幾何学的な模様となり――、
「これは、この『魔法陣』は――!?」
「あなたは『ほぼ無敵』の半ゴーレム実体。けど、この高さ100メートルのセブンス・タワーごと、文字通りぶっ倒したらどうなりますかね!?」
「そんなことをすればあなたも――」
「知るか! んなこと!」
「や、やめなさい、こんなバカなことをするのは!!」
マース先生が止めに入ろうと飛んでくるが、もう遅い。
ダメ押しと言わんばかりに俺は、最後の魔力を流し込む。
魔法陣は一段と光り輝き、そして――
「貴族のバカ息子っていうのは諦めが悪い生き物で、ついでに目的の為なら何だって利用するんですよ。知らないんですか? バカ息子がバカな事やって何が悪いッ!」
世界が、轟音と共に傾き出した。
セブンス・タワーに仕掛けられた、総数58個、総額13万4000統一マルクの魔導具・アーティファクトが一斉に爆破したのである!
明日の魔導具市場は大荒れ間違いなし!
「さぁ、これが俺の信じる絶対的な力ですよ! ありがたく受け取ってくださいね!!」
「くっ、この――あなたは金、金、金ばかり! 恥ずかしくないんですか!」
「恥ずかしいに決まってんだろ、そんなこともわからないんですか!!」
僅かに残された工事道具たちが、窓ガラスが、重力に従って滑り出す。
当然、俺も、マース先生も、このセブンス・タワーでさえも。
食らえ! 日本円換算1340万円アタックだ! 建物代含めればさらに桁が上がるぞ!
「さぁ、マース先生! 地獄の果てまで、俺とランデブーしましょう!!」
「くっ、この――離しなさい! 離せ! この、親の権威と権力しか取り柄のない、クズでどうしようもない、ロクでもない人間の癖に!!」
「金と権力しかないからこそ、こんなことしたんじゃないですか。バカなんですか?」
柱に激突し、なんとか脱出を図ろうとするマース先生を最後の力を振り絞って押さえつける。
このセブンス・タワー諸共地面に叩きつけられるまで、壁ドンし続ける!
「――この、この大馬鹿野郎がァアアアアアアアア!!」
それはお互い様だ、この大馬鹿野郎!
世界一高い墓標(いろんな意味で)




