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32. 羨望の眼差し

 魔法学校と第7街区はエスセナリオの斜塔を挟んで反対側にあります。


 けれど魔法学校からでも、第7街区荒廃の象徴たるセブンス・タワーは見えますし、そして立ち上る爆炎と煙、そして轟音もバッチリ聞こえてくるのです。


 ……そんなドンパチがあって街がいつも通り平穏なんてことは当然ありません。


 第7街区から逃げ出した人たちや、様子を見ようと集まった野次馬たちを必死に止めている王国直属の治安軍の姿が、この魔法学校の尖塔からは良く見えるのがその証拠。


「おっと、さっきぶりだね。カリナさん……だったかな?」

「……殿下! これは、失礼を――」

「あぁ、楽にして良い。私も君と同じように、ここで野次馬してようかと思ったただの一般人だよ」


 彼は慌てて跪く私を軽く手で制しました。


 そんな身なりも整って所作も完璧な一般人がどこにいるのか、と相手が一般人じゃなければ問い詰めていたところだ。


 彼こそが王位継承権第1位、ジュベイル・ヨルク・フォン・ヘイロー殿下。

 通称「プリンス・ヘイロー」その人です。


 ハッキリ言って私の使えるべき貴族の大バカ息子とは全然違う、本当の「高貴なる身分」を体現したお方です。


 そんな殿下は「王侯貴族は魔法学校に通うことが義務」という古い習慣に則って、彼はここに普通の生徒として通っています。


 うちの御坊ちゃまみたいに「私をぎゃふんと言わせたいから」という理由で来ていません。

 だいたい、その習慣を無視して普通に貴族学校に通っても問題はありませんでしたし、現在のように私が振り回され苦労することも――いや、これに関しては同じでしょうか。


「なかなか、派手にやっているようだね」


 ジュベイル殿下が私の隣に立ち、欄干に身を乗り出しながら立ち上る煙を見ています。確認できるだけで4箇所。

 あれがうちの大馬鹿野郎がやったのかと思うと――、


「本当に申し訳ありません」

「君が謝るようなことじゃない。主人に逆らえるメイドなどいないからね」


 ちょっと目を逸らします。

 表だって逆らうことはしませんでしたが、クルト様が幼少の折、投げ飛ばしたことが数回、学園に入ってからも遠回しの拒否が数回ありましたので。


 そんなことを露とも知らないジュベイル殿下は詮索することなく、話題を大馬鹿野郎に戻します。


「まったくバカな事をしていると思っているかい?」

「いえ、そんなことは……」

「隠さずともいい。私だってアレはバカな事だと思っている……いや、大馬鹿野郎と言っていいくらいだ」

「…………」


 同意見です。大馬鹿野郎です、クルト様は。

 しかしながらジュベイル殿下は、意外な事を口にします。


「けれど、羨ましいとも思っている」

「…………は?」


 思わず、そんな声が出てしまった。

 羨ましい? あれが?


「おや、意外かい?」

「えぇ、その……まぁ」

「ははっ。そうか、意外か……。まぁ、普通はそうかもしれない。一国の王子だからな。……けれど、王族というのは窮屈だ。自由なんてないし、あんなことをすることも当然できない。それどころか、その勇気もない。……選帝侯家の嫡男であるアイツも同じだ……と、思うんだがな」

「うちの大馬鹿野郎は、そんな甘い人間ではないと言うことです」

「そうだ。大馬鹿野郎だ。だから、羨ましい」


 窮屈に生きている王族だからこそ、大馬鹿野郎のような自由な人生が羨ましい。


「こちらとしては、もう少し大人しくしてほしいのですが」

「そうだろうね。厄介事は増えるばかりで、君は振り回されている」

「仰る通りです」

「けど、ちょっとは羨ましくないかい?」


 ……何を言っているのだろう。

 私が、あの大馬鹿野郎の無茶に羨望を抱いていると?


「そんなことはありませんよ」

「そうか。私の見込み違いだったかな?」

「その通りです、殿下」

「もう少し人の目を見る養うとするか……。お先に失礼するよ、カリナ殿――っと、あぁそうだ。もし彼が無事に戻って来たら伝えて欲しいことがるのだが、いいかな?」

「言伝でしょうか?」

「あぁ。子細はまだ話せないのだが『近々、私の家から良い報せが届くかもしれない』と伝えておいてほしい」

「……畏まりました」


 王家からの良い報せ。


 なにかジュベイル殿下の琴線に触れることを、選帝侯家が――いや、クルト様が成し遂げたと言うことかもしれません。

 もともと両家の仲は良かったと聞きますし。


 ジュベイル殿下が去った後も、私は尖塔に残りました。


 そしてまたしても爆発。学校内の生徒もそれに気づき、小さな悲鳴をあげています。

 教師たちがなだめて寮に帰るよう促しています。


 他方、私は変わらずその光景を見続けています。そこにジュベイル殿下の言う「羨望」なんてものはありません。ないはずです。


 なのに……なのに私は、今遠くに見える煙に釘付けになっていました。


 なぜか? クルト様のことが心配だから?

 それもあるかもしれない。けれどそう自答したところで、別の私がそれにバツをつけるのです。


「…………あんなこと、言うからいけないのです」


 ぼそりと、自然と口にしてしまった言葉。


 誰にも聞こえることなんてありやしないけれど、けど、視線の先にいるであろう元凶に対して放ってしまった言葉であると、後程思いました。


 あぁ。そうかもしれない。たぶん、そうかもしれない。




 もしかしたら私は――、


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