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31. 墓標

 予想外、なんてことはない。予想内だ。

 あの程度の爆破で死んでくれないことは原作通りなのだ。


 エノーラ・マース先生に施されたゴーレム化手術は、前に言ったと思うけど結構後のボスキャラに施される予定だったのだ。

 つまりはまた未来のお話を先取りされたわけで。


 いやいや、そんな序盤から飛ばし過ぎだよ。絶対あとでネタ切れになるよ。

 この世界の作者はネタのストック考えて物語を作ってほしい。


 そんなことを思いながら、俺は馬に乗って第7街区を疾駆する。

 クルトの乗馬の経験がこんなところで活かせるとは目から鱗だった。


 と言っても、入り組んだ町だから競走馬のようにとは行かないけれど。


 そもそも、今乗っている馬は第2商業区で借りたレンタル雑役馬なのである。

 ちなみに牡馬。力仕事は得意でも速く走ることに関してはサラブレッドに遠く及ばない。


「さぁネイチャ、次は左だ」


 あ、ネイチャというのがこの馬の名前。素直な馬で、俺の言うことをよく聞いてくれる。

 俺のやることはただひとつ。


 マース先生を爆破ポイントまで誘導して、ダメージを与え続けるだけ。

 そして俺は逃げる。まともに戦って勝てる相手じゃないんだ、許してほしい。


 ……けれどもいくつか誤算がある。


 ひとつは、二度の爆破攻撃を受けたにもかかわらず、マース先生はパッと見ノーダメである点。

 そしてもうひとつは、先程の自爆覚悟の攻撃で、馬も俺も、調子が悪いことだ。これはもう長くはもたない。


「ここはもう、戦略的撤退をするしかないか」


 頼りの爆破攻撃が聞かないとなれば、もう俺にできることはない。

 馬も人も限界となれば、ここは退くのが最善策。


 ……だけれど、その場合カリナはどうなる? メルヴィは?

 どう考えても無事じゃ済まされないことになる。


「…………立ち向かってもゲームオーバー、逃げてもゲームオーバーかぁ……」


 全くどうしてこうなったのだ。

 俺は良い人生を送ろうと頑張っているだけなのに。


「……どうせダメなら、最後までやってみるか」


 貴族のバカ息子は、諦めの悪さが取り柄なのだ。それにここで引いてしまったら、色々と準備をしてくれたカリナに申し訳ないし……。


「ついでに、この状況に腹が立ってきたところだ」


 こんな状況を作った奴の腹をグーで殴らないと気が収まらない。

 そのためにも今この状況を何とかして、そいつの下へと行かなきゃならない。


 腹を括って、行くっきゃない。




---




 馬を駆けるクルトなんちゃらが背後を確認する。


 私は最早、屋根に上って追い掛けるなんて面倒なことはしない。爆破によるダメージが大したことがないとわかった以上、策を弄する必要はない。


 たぶん、爆破罠を設置した場所はあと数ヶ所あるだろう。

 けれど、私を倒すほどのものでもないだろうし……それに、その前に決着がつく。


「逃がしませんよ、ヴァルトハイム卿!」


 心なしか、怒気が強まる。お気に入りの服が、2回の爆破でもうボロボロになっているのだから当然よね?


「逃げる気は、毛頭ない。これは戦術的撤退だ!」


 瞬間、また爆発が起きる。

 けれど2回目よりも小規模。

 おそらく、性能の低いものも混じっているのだろう。これくらいなら蚊に刺されたような痛みだ。


 全く、お金の無駄遣いも良い所ね。あぁいうアーティファクトは1個あたり3000統一マルク以上するものだ。それを一瞬にして消費しているのだ。


 これだから貴族っていうのは嫌いだ。しかも、その金は十中八九あいつの金じゃないと来た。

 これはもう単純な殺し方では納得できない。じわじわとなぶり殺しにしたい気分。


 そうこうしているうちに、セブンス・タワーに近づいていく。


 結局、負け犬貴族の大馬鹿野郎はどんなに頑張っても勝てない運命にあるのよ。


 それが彼にもわかっているのか、一瞬、彼に隙が出来た。


「ヴァルトハイム卿、隙だらけですよ」


 その隙をついてマース先生が魔法攻撃を仕掛ける。ギリギリ当たらない軌道で、威力も弱い。

 だから特段避ける必要のない攻撃。


 だけれど、彼はそれを回避してしまった。


「――しまった!」

「罠に誘導していたはずなのに、罠に誘導されていた……かしら?」


 クルトなんちゃらは何度も私の進む先を誘導してきた。

 けど、勝つための一撃はたった一回で済む話。


 彼は本来曲がるべきところで曲り損ねた。その交差点で曲がるべきなのだろうことは、彼がセブンス・タワーを見る目からわかった。


 そしてこの先はほぼ一本道。


 途中分岐路は少なく、第7街区の象徴であるセブンス・タワーまで一直線。

 ……追い込み漁のしているようだ。


 つまり、気分がいい。


 セブンス・タワーは、世界一の墓標となる。選帝侯家のバカ息子としては、立派な墓標でしょう。

 私の趣味ではないけれど、バカは大きいのが好きだから、きっと彼は気に入ってくれるわね。


「……あら?」


 まだ、諦めがつかないみたい。


 彼は愛馬を乗り捨て、セブンス・タワーへと入る。

 逃げるにはそれしか選択肢はないけれど、いったいどこまで逃げる気なのかしら。


 それとも、バカはバカらしく、高い所が好きなのかしら。


 乗り捨てられた馬がこちらへ向かってくる。気付けば私は、追い掛ける速度を緩めていた。


「……さぁ、ここは危険よ、お馬さん。はやく元の飼い主の下に戻りなさい」


 第7街区荒廃の象徴、セブンス・タワー。


 その塔は酷く静かで、そして最後の舞台に相応しい場所。


「鬼ごっこに飽きてきた頃……そろそろ、決着と行きましょう」


 私の過去を滅茶苦茶にしたアイツを、そして私の服を滅茶苦茶にしたアイツを、許す気なんて全くない。

 私はゆっくりと、タワーの中に入って行った。


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