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30. 無駄遣い

 工業区の隣で、平日の昼間だというのに静けさを保つ第7街区にたどり着いた時、目の端に何かが映り込んだ。


 それがなんなのかを確認する前に、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 いや違うか。戦いの火ぶたごと爆破されたのだ。


「なにっ!?」


 すぐ脇の民家が爆発した。至近距離、正に目と鼻の先だった。


 事故、なんて甘い考えはなかった。

 待ち伏せだ。しかも、相当手の込んだ罠だ。


 彼、クルトなんちゃらが「アトラス」で買ったものとはこれだったのだろう。


 爆発する魔導具は確かに存在する。


 ただ密閉された空間である洞窟やダンジョンには向かないことや、多くの場合設置型の罠ということもあって数は非常に限られている。


 そして任意のタイミングで、おそらく遠隔で操作できるタイプとなると、現代の魔導工学では製造不可能なシロモノ。

 ……となると、最終戦争時代に作られた高性能な魔導具、即ちアーティファクトだ。


 なるほど、なるほど。


 面白いじゃないの。貴族のバカ息子が考えそうな、財力に物を言わせて私を倒す気らしい。


「けれど、残念ね。そんなのは全くの無意味だってことをわからせてあげるわ!」


 服は少しボロボロになった。


 だけど、何も問題はない。何も。

 ダメージも、恥ずべきモノもの何もないのだから。


 そして私は見やる。左前方、数十メートルの位置にある建物の屋上。誰かが立ちあがってこっちを見ている。


 こんな状況下、そんな観察しやすい場所で張り込んでいる奴なんて一人しかいない。


 私はその建物に向かって、全力疾走する。

 魔法学校という、ある意味生徒の戦闘力を鍛える学園にあっては教師もそれ相応に鍛えていなければならない。


 だから私も並の人間以上の体力はあった。だけれど、今はそれだけじゃない。


 私に施された改造が、私の脚力、腕力、体力、抗堪力、全てを引き上げている。

 エノーラ・マースは既に人間と言う枠を超えている。


 あいつが「アトラス」で玩具を買っていたように、私も準備をしていた。


「半身がゴーレムとなった、私に勝てるかしら?」


 既に私は、人間ではない。

 この程度の建物ならば外壁を素手でよじ登って、屋上へとたどり着くことができる。なんだったら、ジャンプするだけで屋上まで行ける。


 ただ、改造してまだ時間が経ってないせいで、ところどころ制御がしにくい部分がある。だから今は、安全策で外壁をよじ登っているのだ。


 傍から見れば、物凄い光景なんでしょうけどね。

 一分もかからず、私は爆破地点から敵がいる建物の屋上までやってきた。


「ヴァルトハイム卿、学園へと戻りますよ?」


 ……けれど、そこに誰もいない。


「どこへ隠れたんですか? 私はこの通り、手ぶらです。争う意志はありません。ただヴァルトハイム卿とお話がしたいだけなんです」


 適当なことを言いながら、屋上をくまなく探した。


 けれどクルトなんちゃらの姿は見えない。


 ……見間違いだったのか? いや、そんなはずはない。

 視力は改造を施されていない部分だけれど、だからと言って私はそもそも目が悪いと言うわけじゃなのだから。


 もう一度注意深く探すと、屋上の端に何かがあった。


「ロープ……。なるほど、さっさと逃げたってわけ。それとも……ヒットアンドアウェイを繰り返す気なのかしら」


 諦めの悪さは流石貴族のバカ息子と言ったところかしら?


 けど、関係のないことだ。

 私も諦めの悪いことでメルヴィ様に呆れられていたんだからね。


「どちらが先に音を上げるか、見物ね。もっとも、あの程度の爆破で倒れる私でもないけれど」


 目の端で、彼の姿を捉えた。……何かに乗っている。恐らく、馬だろう。


 これは厄介かしら。ちょっとだけ。

 相手が馬に乗っているのなら、半ゴーレムといい勝負ができるだろう。


 貴族らしい、と言うことかしら。

 けれどもこっちにだって「地の利」があること、忘れてないかしら。


「第7街区は計画都市……だけれど、スラム化してから計画にない道路や敷かれたり、家が建てられたせいで地形はかなり入り組んでいる――『レンガ造りの黒い森』なのよ」


 貴族のバカ息子がぬくぬくと過ごしていた時、私はこの黒い森で生きていた。

 負ける要素なんてないわ。


「さぁ、楽しみましょう、ヴァルトハイム卿。結果のわかりきった鬼ごっこをね」


 地上に下りず、屋根伝いに彼を追う。上からの方が眺めは良いし、罠の設置場所も検討が付けられる。なにより、攻撃の自由がきく。

 地上にいたら、建物に邪魔されて撃てない場面が多くなる。


「まずは焦らせる。相手の集中力と、思考力を削ぐ」


 絶対的な優位に立っているからと言って油断をしてはいけない。

 一度私は、あいつに不意撃ちとは言え攻撃を受けている。


 二度目はない。


「教師として、教えてあげるわ。圧倒的な力、弱者を見下す強き力を」


 適当な攻撃魔法を連続で放つ。

 彼が角を曲がりそうな所作を見せたらすかさず打ち込み、行動を制限する。


 不慣れな街で、攻撃を受けながら立ち回らなければならない時、人はどうしてもわかりやすい目標を頼りにする。

 この街の場合、高さ100メートルを超えるセブンス・タワー。


 彼と、彼から見えるセブンス・タワーの位置が、私を勝利に導く鍵となる。

 そして攻撃魔法を撃ち込み続ける。


 攻撃自体は当たっていない。けれど、確実に削れている。そして数多く放たれた外れの魔法の中に、本命の攻撃を加える。

 それはお世辞にも直撃コースとは言えないコースで空中を飛翔する魔法。的外れも良い所だと、普通は思うはずだ。事実、よくわからない建物に直撃して、瓦礫を作っただけだ。


 だけれど、それでいい。


「クソ!」


 下から、事態にようやく気付いたバカの声が聞こえた。

 私は満を持して、地上に降りる。


「やっと、また会えましたね、ヴァルトハイム卿?」


 貴族のバカ息子はやはりバカだった。こんな簡単なことにも気付かないなんて。


「……こっちはあまり会いたくなかったんですけど」


 馬上でそんなことを言う彼の目は、怯えていた。

 何か罠を設置していたのであろう場所に誘導すべく逃げていた彼は、私の的外れな魔法攻撃によって進路を阻まれ、立ち往生していたのである。


 勝った。


 少し手こずってしまったけれど、結局彼の攻撃は最初の一撃だけだった。私は彼に詰め寄る。

 彼は私が作った袋小路にいる。逃げられる隙なんてなかった。


「少し、お話したいことがあるのだけれど、よろしいですか?」

「嫌だ、って言ったらどうしますか?」

「ふふふ。貴族のお坊ちゃんは我が儘が過ぎますね……。あなたのメイドがそのことで嘆いていましたよ?」

「……カリナなら言いそうだ」


 ちょっと意外だった。

 貴族のバカ息子が、あのメイドとそれなりに本音を語り合っていたという事実に。


 まぁ、今はそれも関係ないか。


「素敵なメイドさんも、じきにあなたの下へとやってきますから安心してください」

「…………」

「ちょっと、怖い顔ですね」


 もしかしてこのクルトなんちゃら、年相応の少年のような心を持っているのかもしれない。そう考えると……益々、腹が立つ。


「まぁ、それも関係ない事――」


 そう言って私が踏み出し、彼に迫ろうとしたその刹那。


「そうだな。関係ない事だな!」


 ――足元が、眩く光り始めた。魔法陣に魔力が注入されたとき、大抵はこのような光を出す。


「しまっ――」


 気付いた時にはもう遅い。

 熱と炎と煙の奔流が、足元から襲ってきた。


「ココに来てくれてありがとよ、バーカ!!」


 爆音に包まれる世界の中、かすかにその腹立たしい声が響いた。


「ぐっ、あぁぁっ!!」


 身体が炎に包まれる。喉が、肺が、皮膚が、髪が、全身が燃える。

 けれど――、


「ふふ、ふふふふ、ふふふふふ。はは、アはハハははははハハハはははハはは!」


 熱いだけだから、我慢は出来る。


 おかしい、おかしすぎる。貴族のバカ息子は、ここまでもバカなのか。

 私がこの程度の爆発で、死ぬとでも思っているのだろうか。


 不意を突かれたのは、確かに私のミスだろう。その不意を自滅覚悟で突いたのは、教師としては褒めてあげなくちゃならない。


「だけど、無駄。無駄なのよ……ふふ、ふふふ」


 煙が晴れた時、既に彼の姿はなかった。


 また馬に乗って逃げられたのだろう。けれど、彼もまた爆発の近くにいたのは間違いない。

 人も馬も、ノーダメージなはずがない。


「……あそこに逃げたわね」


 かすかに馬が駆ける音が聞こえる。

 その方向は、この街に聳え立つ巨大な墓標。


「大貴族の息子の、大馬鹿野郎の墓標にはピッタリね」


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