29. 不正々堂々、いざ卑怯に
クルト様が信用できない、と言うわけではない。
クルト様を信用している自分が、果たしてメイドとして正しいのかどうかがわからない。それが正確な表現だ。
「あー……」
クルト様は頭を掻いて「そうだよねー」と呟きます。なんだか緊迫感のない顔と声です。
違法の店に行き、そして街を丸ごと吹っ飛ばすと宣言してしまったクルト様。
それは間違いなく、選帝侯家嫡男としては間違ったことでしょう。
それを止めるのがメイドとしての務めのはずです。
クルト様は困ったように腰に手を当て天を仰ぎ、そしてそのままの体勢で言いました。
「だからまぁ、信じろなんて言えない。だからカリナをこれ以上巻き込むつもりはない」
「……クルト様?」
緊迫感がないのは相変わらずでしたけれど、どことなく、真面目な声で言いました。
「これは貴族のバカ息子としての我が儘だからカリナが付き合う必要は全くない。だから、先に学園に戻って良い」
我が儘だと言った。
貴族のバカ息子という自覚があったのか……ってことはどうでも良くて。
「クルト様は何をするつもりですか?」
肝心なのはこちらの方なのです。
クルト様は、なんの陰謀に巻き込まれているのだろうか、あるいは、画策しているのだろうか。
全て答えてくれとは言いません。けれど、クルト様を信用して任せてしまうことが正しいのかどうか、それを判断させてほしいのです。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか――まぁたぶん後者でしょうが――、クルト様は満面の笑みでこんなことを言いました。
「貴族のバカ息子らしく、自分の我が儘のせいで多くの人を巻き込んでみようと思ってるんだよ!」
「…………はぁ」
全く、こんなに真面目に考えているこちらがバカバカしく思えるくらいの返答です。
「大馬鹿野郎ですね」
本当に、大馬鹿野郎です。
何が言いたいのかわからないし、何をしたいのかもわからない。何もかもわからない。
なのに、
「その大馬鹿野郎に付き合ってしまう私も、かなりの大馬鹿野郎なのでしょうか」
どうしてこんなに、この無邪気な笑顔を見て「信用していい」と判断してしまうのでしょうか。自分の理性を疑います。
私の言葉を聞いたクルト様は面食らいました。
まぁ、当然でしょう。なにせ自分でも意味不明だと思っています。
たぶん私もクルト様も、状況を何一つ理解していないのでしょう。
けれど私もクルト様も、何をすべきかは理解しているのでしょう。
それはおそらく、理性とかそういうのじゃなく、感情とか、感性とか、あるいは……クルト様のことですから、その場のノリという可能性もありそうですね。
「私はクルト様に付き従います。それが、メイドとしての私の役目ですので」
どうせ何言っても止められやしないでしょうし。
「…………」
「クルト様?」
ちょっと、なんで呆けているんですか。
「カリナ、ありがとう。大好き」
「へっ?」
あれ? 今私なんて言われました?
ありがとう? うん、それはありがとう……。感謝の気持ちを伝えられることは給与を貰うことの次に嬉しい事です……が、え、でも、問題はその後です。
「あ、あの今なんと……」
「というわけでカリナ。早速で悪いんだけれど2、3頼みごといいかな?」
…………。
「ちょいちょいカリナ、その目はなんだ」
「……何でもありません」
これが、クルト様がクルト様である所以なんです……ちくしょう。
そしてこの流れで、クルト様の頼みごとをちゃんと聞いて実行してしまうのが、私が私である所以なんでしょうね……。
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本当に来てしまった。因縁の地に。
やはり第Ⅰ章ボスは第7街区で決戦する運命にあるのだろうか。問題は決戦する一方の側の人間がヴォルフとかいうチート野郎からクルトというニート野郎に代わっていることだが。
全くもって、どうしてこの手を思いついてしまったのだろうか。
まぁ、答えは簡単だ。原作で似たようなことやろうとして「ヴォルフがやるような手じゃないか……」と思って結局その案を破棄したからである。
あいつは優しい奴なのだ。だからモテるし、人望もある。
非情になりきれなくて、結果的に守りたいものを守れなかったこともある。
ヴォルフは原作者の理想の姿だ。チート能力を持ってて、人望があって、可愛いヒロインとイチャイチャして世界の命運を左右することもある。
対して今の俺はヴォルフという理想の姿をしていない。
自分のものではない、親の権威と権力、財力その他を振るって我が儘を突き通している。
言うなれば、クルトは原作者のありのままの姿なのだ。
……いや実際今現在原作者の魂が乗り移っているんだけども、それはさておく。
特に才能なんてあるわけでもなくて、人望があるわけでもなくて、日がな一日くだらないことばかりを考えているような大馬鹿野郎だ。
この世界に来たのは何かの縁。クルトはヴォルフになろうとしたけれど、やっぱり無理だ。
どこまで行っても理想は遠く、俺は俺のままなのである。
「とまぁ、こんな状況下で小説の地の文で使えそうなポエムを考えてしまう俺はやっぱり大馬鹿野郎ってことで間違いないんだな」
自分で言ってて何やってんだと思う、決戦前のひと時である。
ゲームでも小説でも、決戦前っていうのはもうちょっと緊張感とか緊迫感があるものだと思っていたのだけれど、いざ自分がやってみると情けなさ過ぎて涙が出る。
今俺は第7街区にいる。
そしてこの街と隣の工業区とを結ぶ道路を見張れるアパート屋上に陣取っている。
言わずもがな、ここで待ってマース先生の歓迎会を開くためだ。
ここをキャンプ地とする!
暖かい気温と言えない中で野ざらしの屋上でガタガタ震えながら待っていると言っているんだ。テントでも持ってくればよかったか?
せめて夏用でもいいから寝袋を持ってくるべきだっただろう。そんなものがあるかは別として。
だがそんな心配をする必要は、割とすぐに解決することになる。
具体的には小一時間。結構長いんじゃないかって? それは言わない約束だ。
マース先生がやってきた。当然と言えば当然だが、ひとりで。
外見上は、いつものマース先生だ。しかしメルヴィ曰く、もうかつてのマース先生ではないらしい。どのように変わっているかは――まぁ、すぐにわかるだろう。
今回は本当に、すぐにわかる。
「あとは『アトラス』店主の腕を信じるのみ!」
そんなことを呟いて、俺はマース先生との不正々堂々の決闘に挑む。
そして彼女の近くにあった建物が、文字通り吹っ飛んだのである。
というわけで次回よりクルトとマース先生の決闘です。
こういう戦闘描写は作者の苦手とするところなので生あたたかく見守ってくれると嬉しいかなって