2. 世界と斜塔
3/4
貴族用の豪華な馬車に揺られ続ける。
サスペンションなんて技術はないので乗り心地は悪いが、それでも人生初の馬車は感慨深いものがあるし、それに窓に映る景色は、俺の考えた世界観設定そのものなのだから気分は高揚するに決まっている。
「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」
「……あの、クルト様? なにを興奮しているのですか?」
「いや、ちょっと外が見たくて」
「確かに魔法都市『エスセナリオ』は変わった街並みではございますが……」
カリナの言う通り、エスセナリオは特徴的な街である。作品の主な舞台でもあるし。
魔法都市の名の通り、魔法に関する技術がこの都市に結集している。
それを象徴するのが、これから俺が入学する王立魔法学校と、そしてもうひとつ。
都市のど真ん中に屹立する「エスセナリオの斜塔」だ。
俺がこの世界に来た直後、窓に映るコイツを見てここが自分の作品の世界だと確信したのも、この斜塔である。
斜塔は数度傾いているのだが、問題はその高さ。
曇天の日には上半分が地上から見えなくなる程高い塔であり、また建立から月日が経っているためにあちこちが草木で覆われていたりする。
故に「世界樹」とも呼ばれている。天気が良ければここからかなり離れた王都からも見える。
この斜塔は、この世界で最も広く普及している宗教組織にして、最も多くの魔術師、魔法研究者を抱える「イルミナティオ教団」の総本山でもある。
この斜塔と教団の事件を軸に、大きく揺れ動く世界……。原作はそんな感じだ。
原作では濁すだけにとどめているけれど、斜塔の正体は外宇宙からこの星に墜落した大銀河帝国の宇宙戦艦「パラダイム」が経年劣化と教団の改造によって変化した姿としている。
そしてこの宇宙戦艦から流出した技術が、この世界の人たちにはまさに「魔法」に見えた……というのが真相である!
まさに「優れた科学技術は魔法と区別がつかない」だ。
この世界ではどうなっているだろうか。
遠目からだとわかりにくいけど、微かに宇宙戦艦にありがちな砲塔や銃座、艦橋のような突起物が見えるような気がする。
この世界作った人、原作をちゃんと読み込んでるみたいだ。
いいぞ。まさか書籍化の前に三段階くらいすっ飛ばして実写が見られるなんて思ってもいなかったけど。
そんな奇特な背景を持っている魔法都市「エスセナリオ」の中心部からやや東寄りの地域に、学園地区と区割りされた場所に王立魔法学校がある。
これが主人公やらヒロインやら、負け犬貴族たるクルトこと俺が通う場所だ。
「クルト様。魔法学校は出自、血統等に関わらず、魔法の才があるものであれば誰でも通える学校です。先日まで通っていた貴族学校とは違いますので、その点にご注意ください」
「わかってるわかってる。貴族だなんだって鼻にかけて喧嘩を安売りするのは破滅フラグ、っていうのはWEB小説の鉄則だからね」
「ふら、うぇ……?」
カリナは混乱しているが、まぁいいや。俺がわかればいい。
俺は今、悪役転生というジャンルに放り込まれている。悪役令嬢の転生物語の男版と言えばわかりやすいだろう。
ならやることは至ってシンプル。
破滅フラグを踏まないよう堅実に、一般人らしく、貴族っぽくなく学園生活をエンジョイするのみ。
最初のヒロインへの絡みをなくせば万事めでたしめでたしと言うわけだ。
よし、勝ったな。畑の様子見た後風呂入ってくる。俺基地に恋人がいるんですよ。花束も指輪も買ってある。日本に帰ったら学校行くよ。アツアツのピッツァも食いてぇ。
……でも折角自分の作った世界なんだし、もうちょっと眺めてみたい気もする。
特に自分が必死に考えて作り上げたキャラクターたちがどうなっているか……自分の性癖にホールインワンなヒロインたちとかに会いたい。
いや、いっそそのヒロインたちとの恋愛フラグを主人公が立てるのではなく俺が立てれば、俺のハーレムになれるのではないだろうか?
あ、それで行こう。どうせなら楽しい方がいい。
主人公はモテ気質なのでこっちが何もしなくても勝手に誰かとくっつくだろうし、主人公に先んじて本編メインヒロイン・サブヒロインとフラグを立ててしまおうじゃないか。
なにせ原作者だ。彼女たちが何に悩み、何を待っているかは手に取るようにわかっている。
「……あの、クルト様? そんなに興奮なさってどうしたんですか?」
「カリナ。俺は学園生活を楽しむよ」
「はい?」
「そんでもって、最高の世界にしてやる!」
「……はい?」
「カリナはどうでもいいけど」
「はぁ!?」
いやほら、カリナの恋愛フラグ立てるには俺のしくじりからの家没落が前提だからさ。
無理なんですよ、仕様上。
それにカリナって、キャラ名考えるのが面倒だから最初「仮名」って名前を仮置きして執筆してたんだけど「これをカリナって読ませればいいのでは?」と思いついたのが始まりなんだよ。
その誕生経緯からしてもサブもサブである。
……名付け親としては最悪ではないだろうか。
しかしカリナの助力はこの先どうしても必要だ。
原作者とは言え、貴族的マナーや、この世界の風習なんかは全部知っているわけじゃない。
「でもカリナの支えが必要なのは確か……。よろしく頼むよ!」
「……はぁ、はい……」
カリナの顔が引き攣っていた。ちょいと前世の性格に引き摺られて変な発言を繰り返してしまったからだろう。
反省反省。次からは気を付けよう。
たぶん、メイビー。