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28. 不信

ちょいと今回から視点が頻繁に変わります

 カリナが用意してくれた馬車に乗り、第二商業街区に来た。

 目的地は当然、違法魔導具店「アトラス」である。


 例の合言葉を言って再び店内に。相も変わらず胡散臭い商品と、態度の悪い店主がいた。


「……あの、クルト様? メルヴィ様を捜していたのでは? 何故この店に?」

「ちょいと面倒なことになったから、戦力強化のために買い物をちょいとね」


 この店では顧客情報の売買はやっていない。


 だからマース先生がどのような買い物をしたかはわからない。けど、逆に言えば俺がここでなにを買ってもマース先生に情報が漏れることはない。


「で、何を買うんですか?」

「ん、ちょっと街まるごと吹き飛ばせるだけの魔導具買えないかなって」

「……申し訳ありません。もう一度お願いできますか?」

「街まるごと吹っ飛ばしたい」

「…………」


 カリナが固まった。

 だが安心してほしい。別に本当にまるごと吹っ飛ばすわけじゃないから。たぶん、メイビー。


「店主殿、ちょいと相談よろしいかな?」

「なんだ?」


 ぶっきらぼうな態度な上にこちらに目を合わせない。いつもの店主である。

 けれどめげずに俺は、貴族らしく毅然とした態度で彼と交渉する。


 そして俺は、切り札その1を取り出した。


「ここにヴァルトハイム選帝侯家の小切手があります」

「それがどうした?」

「金額の欄に好きな数字を書いてください。その代わり、私の望む商品を手配してほしい」

「クルト様!?」


 いやぁ、ドラマでよく見る「小切手に好きな金額を自由に書いていいよ」を現実できるなんて思いもしなかった。


 それをできるだけの財力が俺(の親)にはあるのだ。貴族万歳。

 ヴァルトハイム選帝侯家万歳。


「……あとでご主人様に怒られますよ?」

「良い感じの言い訳考えといて」

「…………」


 すごく深い溜め息が背後から聞こえたが、今は聞いてないフリしておこう。


 店主は目の前にある小切手が本物であるかどうかを確認し、そして俺の目も見る。

 客が嘘を吐いているかどうかを見分けることができる、という設定があるというわけではないが、


「何が欲しいんだい。それ聞いた後に、ここに数字を書かせてもらうよ。ぼったくりは趣味じゃねえからな」

「ありがとうございます、店主さん」


 俺この店で打ち上げ花火の指輪を結構な額で買った気がするけど、いやぁたぶん本当に気のせいだったんだろう。

 美術品としての価値があったのかもしれないし。


 欲しい商品の詳細と、そしてそれをどこに運べばいいのかを店主に伝えた後に「2時間もあればできる」というありがたいお言葉を貰えたので、店を出る。


「……クルト様」

「なに?」

「信用してよろしいのですか?」

「店主のこと? あの人は確かに胡散臭いしサービス悪いけど、仕事に関しては嘘を吐く人ではないから大丈夫だよ」


 嘘を吐かないだけで本当のことを言うとは言ってないけどね!

 が、聞きたいのはそっちじゃないらしい。


「店主の事ではありません。いえ、そちらもありますがそれよりも――私はクルト様を信じていいのかわからないのです」


 カリナの目は本気だった。

 本気で疑っている目だった。




---




 焦っていると自覚している。

 それは焦っている証拠だろうか。それとも、冷静な証拠だろうか。


 私の心境とは今まさにそこにある。


 アイツ……クルトなんちゃらとかいう貴族の大馬鹿野郎が、私の過去を知っていた。

 それどころか、私の過去を積極的に歪めた張本人だと言うではないか。


 怒りで我を忘れて、メルヴィ様のことも忘れて、私は彼の後を追った。

 けれどもアイツの使った転移魔法陣の近くに転移できなかったのは、間違いなく焦っている証拠だろう。


 けれど時間が経つにつれて私の冷静な部分が頭の中で多数派を占めるようになると、焦っているということを自覚できるようになり、今に至る。


 しかし目的はハッキリしている分だけ、焦っていたとしても致命的ではない。

 それに万が一にも負ける要素のない相手だ。


 なにせ白兵戦も魔法戦も不得手な貴族の大馬鹿野郎である。実力皆無のクセに権威と権力を使って赤の他人の人生を滅茶苦茶にするようなクソ野郎でもある。


 どうやって殺そうか。それだけを考えて行動している。


 そこに冷静さがあるのかと言えばやはり疑問符がつくのだろうか。


 感情と理性は切り離さなければならない。これは当然のことで、戦いの中では最も基本的な事と言える。学園で生徒たちに教えることもある。


 それを自らが実践すればいいだけのことだった。


 あの大馬鹿野郎を捜すこと数十分。


 結論から言えば、学園内に彼の姿はなかった。

 だが、彼に付き従っていたメイドの姿を見つけることは出来た。


「確かあなたは、ヴァルトハイム卿の……」

「はい。メイドのカリナでございます」


 僥倖とはまさにこのことだろう。

 このカリナとやらにクルトの居場所を聞くことが出来た。彼女曰く「第2商業区へ出かけた」らしい。第2商業区へ出かける理由なんてひとつしかない。


「ありがとう、メイドさん」

「いえ。これくらいは大丈夫です。クルト様を見つけたら、はやく帰るように伝えてください」

「えぇ。そうするわ」


 そんなことする気全くないけど。


 あるいは、学園に戻ってきたときには物言わぬ死体になっているかも。

 そのときは、メイドのあなたには責任はないって証言してあげるから安心してほしいわ。


 第2商業区へ彼が向かっている事さえわかれば、あとは簡単だった。


 私が今までに培ったコネクションというのは、第2商業区と第7街区を中心にしている。それに魔法学校の制服を着た貴族のお坊ちゃんが一人でぶらぶらと歩いていたら嫌でも目立つ。


 アトラスの店主から案の定情報は手に入らなかった(これは仕方ないことだ)けれど、有用な情報はすぐに集まった。

 アトラスを出たクルトはほぼ手ぶらだった。


 そしてそのまま第2商業区をしばらく散策した後、第7街区へ向かったと。


「誘われている、のかしら。それともただの大馬鹿野郎なのかしら」


 普通貴族の嫡男が拉致されて向かった場所に、ひとりで向かったのだと言うのなら、余程の大馬鹿野郎と言うことになる。


 これは私を誘って罠に嵌めるための行動と見るべきだろう。

 ……となると、あのカリナというメイドもそのことを知っていた可能性はあるのか。学園内で殺せば目立つと思ってあの時は何もしなかったけれど、どうやら始末する必要があるみたい。


 でもそれは後のこと。クルトを先に倒さなければメイドを殺したところで意味はない。


 まずは取るに足らない敵が待ち構えている、第7街区へと向かう。何を考えているのかわからないけれど、その街が貴族の御坊ちゃまに対して味方であるはずはない。


 むしろ私の故郷である分、私に利がある。

 そんなこともわからないなんて、やっぱりただの大馬鹿野郎なのかしら。


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