27. 俺に良い考えがある
視界が開けると、そこは学園内にある魔術実習で使う決闘場だった。
そして俺の手には本がある。
転移魔法陣は基本的に一方通行で、俺がこの本を手にしている限り同じ場所に転移してこない。
決闘場につながる転移魔法陣がふたつあるなら話は別だが、すぐにマース先生が来ないところを見ると、ふたつ以上はないということか、あるいは怒りで行動が遅くなっているかのどちらかである。
あぁ、ちなみにあの「権威と権力を使って遊んでみた」は嘘である。大嘘だ。
単純に原作者だから、マース先生の過去もトラウマも、もっとも嫌いな言動も覚えていて、それを実践してみただけである。
そしてどうやら、彼女を激怒させることに成功した。ちょろいぜ。
ここからが貴族のバカ息子の腕の見せ所だ。
待ってろよマース、物語を滅茶苦茶にした報いは必ず受けてもらうからな!
というわけでメルヴィを助けるために動かなければならない。
怒髪衝天のマース先生は、いつでも殺せるメルヴィの始末を後回しにしてでも俺を追ってくる……と思う。
そこをなんかしてマース先生を倒すのだ。
メルヴィ曰く、マース先生は用意周到にメルヴィを追い詰めた。
その用意したモノというのが、メルヴィを拘束している対ドラゴン用アーティファクト、そしてマース先生に施された「改造」である。
このふたつには身に覚えがある。
アーティファクトの方は前述の通り。そして改造人間云々についても、やはり原作に登場している。
と言っても、大々的にではない。
ヒロインのリリスが主人公の強さについていけず自信をなくしかけていたとき、手っ取り早く強さを追い求めようとした。
そのときに「アトラス」の店主に提案されたのが、その改造である。
実際にリリスがその改造を受けることはなかったし、リリスも精神的に吹っ切れて手っ取り早く強さを求めるなんてことはしなくなった。
リリスの精神的成長を促した……で、話はめでたしめでたしとなったのだけれど……。
「マース先生は別の意味で吹っ切れて、改造を施したということだな」
どうしてこうなった。
まぁそんなこと今はどうでもいいか。
地下室から先に脱出してマース先生から距離を取ることは出来た。とは言え、主人公も苦戦した第Ⅰ章ボスにどう対抗すべきだろうか。
魔法戦においては、俺とマース先生の力量差はハッキリしている。
片や力を追い求め続けている教師、片や才能ない貴族のバカ息子。秒で倒されることは間違いない。
では魔法戦を放棄しての白兵戦?
純粋な魔法戦よりは勝ち目があるかもしれないが、しかしその対策としてマース先生は「改造」を行った。これも勝ち目がない。
メルヴィは「隙があった」と言っていたが、ぶっちゃけ隙がなくても今のマース先生に勝てる奴はそうそういないだろう。
畜生め、なんでこんなに未来の展開を先取りしまくって強化してんだよ第Ⅰ章ボスのクセしやがって!
俺がマース先生に優越していることと言えば、それこそ選帝侯家嫡男としての「権力」と「財力」くらいなもの……あとは原作者としての「知識」か?
しかし今回の戦いでそれをどう活かせって話である。
そんな考え事をしながら決闘場の外に出ると、そこには見慣れたメイド服を着た人物がいた。
「クルト様!」
「カリナ? どうしてここに?」
「それはこちらの台詞ですよ! どうして決闘場になんているんですか? メルヴィ様と決闘でもしたんですか?」
「いやいや、いくら安全性に定評のある魔法学校の決闘場と雖も、あいつとまともに戦ったら俺の身が――」
……うん?
「クルト様、あの、急に固まってどうかしましたか?」
「カリナ」
「なんです?」
「馬車の準備は出来てるんだよな?」
「はい、出来てますが……出立ですか?」
「うん、俺に良い考えがある」
「…………」
この世界ではこのフラグは存在しないはずなのに、なぜかドン引きされた。
俺に良い考えがある、が良い考えだった試しがない。




