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26. ゴルゴタの地下

 さてなんと形容するのが一番実態に近いだろうか。

 ゴルゴタの丘で磔にされているイエス・キリストのよう、が一番近いか。


「天人族が十字架に磔にされてるって、なんの皮肉だ?」

「教団が適当に作った昔話にあやかったんじゃろうて。教団は嫌いじゃが、この磔刑はなかなか面白くセンスがあると思っておる」

「結構余裕だな、お前」


 これはもしかして相当凝ったドッキリなのではないかと思ってしまう。


 実際この時は本気でそう思っていたのだけれども、それは勘違いだったと直後にわかった。

 メルヴィを拘束している手枷のひとつを解除しようと手を伸ばした時だ。


「触らん方がいい」

「えっ?」


 直前にそんな警告をされても、伸ばした手をすぐに引っ込められる程反射神経は良くない方だ。俺は気付けば手枷に触れていた。


 瞬間、バチン、と電流が流れるような感覚が全身に渡る。

 否が応にも手を引っ込める……どころか身体ごとふっ飛ばされた。


「じゃから言ったじゃろ。触らん方がいい」

「や、そうだけど……なんだこれ?」

「対ドラゴン用の拘束魔導具……アーティファクトじゃよ。儂もこういうのがあるとは知っていたが、本物を見るのは流石に初めてじゃな。このタイプは持ち主がどれだけ魔力を供給しているかで効果を増減できるんじゃが……どうやら最大限魔力を籠めているらしいの」

「対ドラゴン用って……」


 この世界にもドラゴンはいる。そして多くのファンタジーと同様に、最強モンスターである。

 作中での登場回数は多くないが、この世界においては台風や火山、地震に並ぶ天災のような扱いであり、恐れられていたり崇拝の対象になってたりする。


 そんなドラゴンを討伐するものは数える程しかおらず、原作で明確にドラゴンを倒したのは主人公ヴォルフ含めて5人だけ。


 その5人全員が、今ここでメルヴィを拘束しているようなアーティファクトを使用している。

 ……なのだが、やはりというかなんというか、原作と比べて登場するのが早い。


 俺がクルトに転生してしまった影響なのだろうか。そこまで大きなことをした覚えはないどころか、原作通りの展開になって頭を抱えた方が多いようにも思える。


 それなのにこんなことになったのは、バタフライ効果というやつなのだろうか。


「はぁ……」

「なに溜め息を吐いておるんじゃ。おぬしよりも儂の方が吐きたい気分じゃぞ」

「俺も吐いたっていいだろ……だいたい、なんでお前みたいな奴が手枷にはめられているんだ」


 確かに対ドラゴン用の魔導具はチートじみた強さをもっている。メルヴィがそれに対して為す術持たないのもわかる。


 しかしメルヴィほどの者なら、そもそも手枷にはめられることなんてないんじゃないかと思う。


「儂だって、24時間365日いつでもどこでも隙がないわけじゃないわい。その隙を見逃さなかっただけのことじゃ。それに、よおわからん改造までしおって……」

「改造?」

「改造人間、ってやつじゃの。あいつ、あそこまで周到に準備しておったとは、驚きじゃ」

「あいつ……っていうのは、やっぱり」

「あぁ。そこにおるメス犬じゃよ」


 メルヴィは顎で、俺の後方を差した。


「あら、メス犬なんてご挨拶……。その状態でそんなこと言うなんて、私が教師としてキッチリ教えないといけませんね、メルヴィ様?」

「…………」


 そこにいたのは、やはりエノーラ・マース先生だった。

 なんでこうなっちまったのかなぁ……。マース先生が敵意を向けてくること自体は理解していたけれど、なんでこんなことになるまで敵意・殺意丸出しで迫られてるんだろうか。


 原作者のあずかり知らぬところで変な展開をするのはやめてほしい。描写に困るじゃないか!


「なんで俺こんなに先生に嫌われてるんだ、メルヴィ」

「儂が一番聞きたいのぉ……」


 メルヴィにもわからないならお手上げだな。こいつがこの世界のこと二番目によく知ってるんだから。


「あなた達が一番良く知っているはずだけど……まぁ、いいわ。どうせそれは知る必要のない事なのよ。手をかけることなく、餌にかかってくれたみたいだし?」

「餌?」

「貴族の御坊ちゃまは、釣りはやったことないと思うけど……意味自体はわかるんじゃない?」


 あー、なるほどね。完全に理解した。


 いや今回の場合は本当に理解できたんだって。ほら、あれだろ、あれ。

 よくわかんないけど、メルヴィと俺がマース先生の敵扱いされて、よくわかんないけどメルヴィを拘束して俺をおびき寄せようとしたってことだろ?


 逆にしたところで、メルヴィが俺のことを気にしないという説が濃厚だから、ちょっと手間をかけてメルヴィを拘束したんだろう。それにメルヴィは拘束されていてもなかなか殺せないくらいには頑丈だ。


「よくこんなアーティファクトが手に入りましたね?」

「えぇ。あなたもよく知っているでしょうけど、お金を積めばなんだってやってくれる店というのがこの世にはあるのよ?」


 どいつもこいつも、あの店を使ってやがる。

 まったく、あんな非合法商売している店作るんじゃなかった。でもあの店は「お金を積めばなんだってやる」と言いつつ未取扱い商品は結構あるという設定もあることを忘れないでほしいのだが。


「そんなお金、どこにあったんですかね……」

「この学園はお給料良いから。ここ紹介してくれたメルヴィ様には感謝している……だから、苦しまずに殺してあげたいわ」


 そう言ってマース先生はゆっくりと近づいてくる。


 手には何も握られていない。魔術を使う気なのだろうか。

 でも、この密閉空間で下手に魔術を使えば自分もまきこまれる可能性があるのはわかっているはず……。


 ジリジリと滲み寄ってくるマース先生に合わせて俺も後退して、メルヴィが磔にされている壁際まで追い詰められた。


「こんなところで、死んでたまるか……」


 思わずそんな言葉が出てしまった。主人公だったらかっこよかったがご生憎俺は残念貴族だ。


 でもそう言ってしまいたくもなるでしょ。


 何かよくわかんないうちに、自分が作った世界に飛んできたのは百歩譲って良いとして、なんでこの負け犬貴族敗北者になって、原作同様没落の道を歩んでしまったと思ったら原作とは違う展開で殺されなきゃいけないんだ。


「それもまた、運命というやつじゃて」


 俺の呟きをすぐ近くで聞いていたメルヴィが、悟ったように口を開いた。

 その口調は悟りというよりは諦めに近かったのだけれど。


「人は誰しも、運命には逆らえん。儂も、お前もな」

「……なるほどね」


 確かにそうかもしれない。


 運命なんてものがあるとすれば、俺はこの世界に来てから随分とその運命に振り回された気がする。

 リリスとの初邂逅のときとか、ヴォルフとシュベイル皇子の決闘のときのこととか。


 だからこれは運命、と言われても納得できてしまう。


 ……けど、


「そう言われると、運命なんてものを捻じ曲げたくなっちまうな」

「……?」


 メルヴィが冷めた目で見てくる。このどうしようもない状況で何を言っているんだと。


 まぁぶっちゃけ俺もそう思う。この状況をどうにかできるなら、俺はとっくに主人公一味を葬り去ってハーレム築いてるだろうよ。


「おぬし、もしかして相当アホなのか?」

「なに言ってんだ。俺を誰だと思っている」


 しかし俺は原作者という「この世界を創造し運命と言う名の物語を最初に書いた男」だぞ?

 このくれぇなんてことはねぇ。


 運命を書き換えることは造作もないってことだ! たぶん!


「あなたみたいな貴族のバカ息子に何ができるっていうのかしら?」


 マース先生はもうすぐ近くまでやってきた。手が届くか届かないかくらいの距離だ。


 もう次の瞬間にはこの世から御退散できる距離であるのだが、まだそれをされていないというのは、マース先生が俺の言葉に興味を持っているということ。


 物語のボスあるある、すぐに相手を始末しない、という法則からはマース先生と言えども回避できないのだ。


「貴族のバカ息子っていうのは諦めが悪い生き物で、ついでに目的の為なら何だって利用するんですよ。知らないんですか?」

「知ってるわ。親の権威と権力しか取り柄のない、クズでどうしようもない、ロクでもない人間だってことがね」

「えぇ、まさしくその通り」


 だから俺は、その取り柄を活かして最大限の抵抗を試みようと思う。

 原作者にしてクルト・エードラー・フォン・ヴァルトハイムという男の、一世一代の大博打を。


「だから俺は、権威と権力を使って遊んでみたんですよ。昔の先生みたいに綺麗な幼い殺人犯を、素行と勤務態度の悪さで有名な第7街区警備所に入れたらどうなるかって。案の定、こんなことになってしまったみたいですけど」

「――――――ッ!!」

「なっ――」


 マース先生の動作が、一瞬止まった。メルヴィも驚いて目をパチクリさせている。

 うんうん、それでいい。


 俺はその隙に足元にあった本を拾い上げて、メルヴィにこう言った。


「ちょいと花火を打ち上げてくるから、あとで一緒に見ようぜ」


 そして俺はメルヴィの返事を待たずに、本に書いてあった転移魔法陣を起動させた。

 視界が白くなる寸前、怒りに任せて突撃してくるマース先生が見えた。


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