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23. 黒幕

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 さて、俺ことクルトの努力は報われたのか?

 答えは半分イエスであり、残りはノーである。


 あの誘拐事件によって、メルヴィにデカい借りができてしまった。故に自身の戦闘力強化を図っていた。


 基礎体力作りは以前からやっていたし、クルト自体がそんなに体力に劣る引きニートと言うわけじゃないのでそこそこ出来上がっている。


 あ、そうそう。嬉しい誤算だがクルトにはヴォルフにない特技があった。


 なんと貴族らしく乗馬ができる。

 俺自身には乗馬経験がないのだが、自転車や水泳と同じで「(クルトの)身体が覚えている」というやつだろうか。


 馬なんて競馬実況をたまに見るくらいしか知識がなかったのだが、ちゃんと乗れた。


「……クルト様、騎乗能力が落ちていませんか?」


 と言っても、カリナにこう言われてしまったから必死に覚えなおしている最中である。


 しかしながら問題はそこじゃない。


 剣術、魔法と言った実戦分野での戦闘力が成果を上げていない。前世で剣道やフェンシングをやっていた人間ではないし、魔法なんて当然やったことなんてない。


 転生特典? なにそれ? そんなものは、ない!

 だいたい最近のWEB小説でわかりやすくチートできる転生特典を付与される方が珍しいだろ。


 それに「特典は○○スキルという使えないスキルでしたー!」っていうのをタイトルに入れている奴も多いが「いやどう考えてもチートやんそんなスキル」というのが多いと思う。


 んでもってどうせ本編でそのスキル使ってチートハーレムして物語後半でスキルがメガシンカして


「いやもうそれ全然違うスキルやん! そんなんチートや! ……そういやこれチート転生物だったわ!」


 っていう感じになるんだろ?

 そういうの殆ど読んだことないからだいぶ偏見入ってるけれど!


「まったく才能を生まれ持った奴を見ると吐き気がするよ」

「おぬしが言う台詞か? 王国随一の貴族の倅が?」


 メルヴィが呆れたように嘆息した。


 ……なんか普通に会話に参加していることに違和感を覚えた諸兄、あなたたちは正しい。

 何も感じなかったのであれば、それはメルヴィに毒されすぎている。


 ここは貴族専用寮舎であり、基本的に関係者以外立ち入り禁止。の、はずである。


「なんじゃ。なんか不満か?」

「不満というか疑問だが……聞いても無駄な気がする」


 どうして俺はベッドの上でメルヴィと隣り合わせで会話してるんだ?


 こいつは俺の恋人か何かか?

 これが18禁小説だったら次のページで合体してそうな展開じゃないか。


 と言っても、実はこれが初めてじゃない。


 あの誘拐事件によって否が応にも縁が出来てしまった俺とメルヴィ。

 しかしながらその時の借りの返済の目処は全くついておらず、またメルヴィの住処が四方八方石に囲まれた窓のない地下室であることが、メルヴィをここに引き寄せた。


 つまり、借金の取り立てついでにベッドの柔らかい感触を楽しむために、こうして彼女は今ベッドの上でうつ伏せ大の字になっているのである。


 いやいやくつろぎ過ぎだろうに。


「くつろぎ過ぎですよ、メルヴィ様」

「よいではないか、よいではないか」

「よくはねぇんじゃねぇかな……」


 貴族嫡男の部屋でそんなことできるやつがこの国にいったい何人いるのやら。

 それを咎めない俺もどうかという話だが、彼女がベッドの上でくつろいでいると色々と眼福なところがあるのでそれはそれとしている。


「おい、おぬしどこを見て儂と会話してるんじゃ?」

「無論目を見てる」

「ほう。なんで目が合わないんじゃろなあ?」

「老眼じゃないか?」

「殺すぞ?」


 とまぁ、こんな感じの他愛のない会話が続いている。


「てかこのベッドの感触を楽しむことで貸し借りなしってのはどうだ?」

「話を逸らすでない。それと、命を助けてやった礼がこの程度のことでチャラになると本気で思ってるんか?」

「いや、全然思ってないけど」


 しかしなぁ、命を救ってもらったお礼を返すとなると命を救い返すくらいしかないだろう?


「それよりももっと簡単な方法があるんじゃが」

「なんだ?」

「儂に協力する事じゃ。共に新しい世界を築こうではないか、毎日が楽しいぞ?」

「何度目だよこれ。それは前にやるって言っただろ!」

「おおっとそうじゃった……。ちょいと気持ち悪いくらいに即答されたんじゃったな……忘れたい記憶じゃからさっさと忘れてしまうんじゃ……」


 なんだその都合のいい頭は……。ちょっと羨ましいけど。俺もその能力で過去の恥ずかしい記憶とか消したい。


「んじゃそれとは別に借金を返して貰わんとのぉ」

「結局そこに行きつくのか……それは後日改めて考えるとするから、ちょっと待ってくれ」

「儂はあまり気の長い方じゃないぞ? あまり決断が遅いと利子が元本を超えることもある」


 複利の時点でそれ狙ってるだろうが。


「ていうか、この前と誘い文句が違ってるじゃないか。真理はどうした」

「おっと。じゃあついでに真理探究と行こうか?」

「世界の真理ついで扱いかよ」


 いや設定を作った身としてはついで扱いで全然大丈夫だけど。


 世界の真理を解明しようと誘ったり、世界の半分をやろうと言ったり、新しい世界を築こうと言ったり、こいつの誘い文句は多種多様過ぎる。

 しかもどれもこれも、メルヴィの真の目的ではない。


 ……で、まぁ、こいつがいつかヴォルフと敵対して死亡フラグを立てることは原作で定められた運命みたいなものなので、それを回避させることで借金返済と行くか。


 だいぶ先だから、それまでは利子の返済に努めることになるけれども。


 しかし結局のところ、メルヴィと敵対する奴を倒すということになると俺の相手はあの主人公ヴォルフということになる。

 劇中、メルヴィと明確に敵対したのはとヒロインだけだ。


 俺が主人公に勝てるのか? 無理な気がしてきたぞ……。


「おうおう、悩んでおるのぉ」

「誰かさんのおかげでな」

「儂は悪くないわい」


 ふん、と胸を張って無罪を主張するものの、ない胸を張られたところで説得力はない。いっそ俺の方から賠償請求したい気分であるのだが、その考えはカリナに止められた。


「クルト様、その借りを返す相手はメルヴィ様でなくとも良いかもしれません」

「……え?」


 そう言ってカリナはいくつかの紙をこちらに差し出してきた。


 報告書、というやつだろうか。


 なおこの世界は初歩的ながらも洋紙が普及しているので、紙はそれほど貴重品と言うわけではない。

 ただ活版印刷もあるので紙の需要に供給が追いついておらず、貴重品ではないが安価とは言えないシロモノになっている。


 閑話休題。


 カリナが出してきた報告書というのは、見た感じカリナが独自に調べたもの……というわけじゃないようだ。

 カリナは護衛としては優秀だがそこまで情報通と言うわけではないはず。


 となると調べたのは実家、つまりヴァルトハイム選帝侯家だろう。


「……大丈夫なの?」

「なにがです?」


 いや、あなたの立場とか、学園に居ながら危険に巻き込まれたことを知った実家がヒステリーを起こしてないかとか……まぁカリナ自身が調査依頼をしたんなら別にいいのか?


「や、なんでもない。それよりも報告書の中身だよね」


 報告書とは言っても、航空事故調査報告書のような厚みのあるものじゃない。

 せいぜい数ページと言ったところである。


 内容は、先の俺とカリナの拉致事件の背後関係である。


 一応選帝侯家の嫡男が拉致されたことで背後関係を調べた結果、どうやら貴族同士の派閥争いの形跡はなかったこと、そして拉致の最初のきっかけとなった辻馬車の正体を追ったところ、思いもよらない人物がヒットしたとのこと。


 それが――、


「ほほう、エノーラ・マースか。こいつはちと面白い展開になったようじゃのう?」

「…………はぁ」

「なんじゃその溜め息は」


 そりゃ吐きたくもなる。


 エノーラ・マース先生は前にも言った通り、原作第Ⅰ章ボスである。

 魔法史学の教師にしてメルヴィの忠実なる部下であり、そして悲惨な過去を持つ女教師。


 悲惨な過去を踏み台に「絶対的な力こそ正義」を信条とするやべえ奴である。


 そんでもって第Ⅰ章で主人公ヴォルフに「絶対的な力だけが正義じゃない」とかなんとか主人公らしい台詞と共に倒され死亡する。


 学園内でも名うての魔術師でもあったマース先生であるが、ヴォルフの操る精霊魔法の存在は流石に知らず、戦いの中でその特性や教団魔法との違いを理解し、ついでにその強みを説明して主人公を上げさせるための要員として活躍した。


 ある意味物語の方向性を決めた重要キャラとしてそれなりに印象の残る人物でもある。


 ……そして、その様子を逐一見ていたと後付け設定されたメルヴィに対策を講じられる羽目になり、後の苦戦に繋がることになる。

 まぁそれは未来の話としておいて。


「どっちにしろ勝てる気がしない……」


 問題は、マース先生は教団魔法の使い手としてはかなりやる方ということだ。


 でなきゃ先生は出来ないし、彼女の信条である「力は正義」が合わさって手の付けられない強さを持っているのである。 


 それを打ち倒せたのは、精霊魔法という未知なる術を使うヴォルフを相手したから。

 むしろ初見なのによく頑張った方だと自分でも思うところ。やっぱ主人公ってすげえわ。


 あとそれを書き切った前世の俺もすげえわ。もっと褒めろ。


「どっちにしろ、という言葉が気になるところじゃがなかなか厄介な相手というのは賛同するぞい。あやつは天才ではないが秀才ではある。生半可な魔法使いじゃ返り討ちに遭うのがオチじゃろうて」

「……やけに詳しいですね」

「ふふふ、そうかの? 学園にいれば学園の教師の実力なぞ自然とわかるじゃろ?」

「…………」


 まーたこの二人が冷戦状態に突入してるよ。


「おいお前ら、喧嘩するなら外でやってくれ」

「しませんよ。命の恩人ですから、今はまだ」


 今はって、この先も出来ればやめてほしいところなんだが。

 能力差が大きすぎてカリナじゃメルヴィに勝てないんだからさ。


「そうした方がいいの。おぬしらはそのマース先生への対抗を考えるべきじゃ。そっちの方が『まだ』勝算はあるじゃろうて」


 まだ、ね。


 結局、魔法学校で教師をやっているマースと、護衛術の心得はあるけれど魔法戦となると素人のカリナだとやはり勝敗は目に見えている。


「やっぱりここは選帝侯家らしい戦い方をしなければならないかなぁ」

「選帝侯家らしい戦い方……? 一対一での正々堂々の決闘でも申し込みます?」

「メリットないだろ、向こうからしたら。それの反対をするしかないでしょ」

「……反対?」


 そう、反対。

 正々堂々の戦いはこちらに有利となる。

 それは相手もわかっているから、そんなことは受け入れないだろう。挑発するなりなんなりして、決闘に持ち込んだところで、不利は否めない。


 だから正々堂々じゃなくて、不正々堂々とやる。


 貴族のバカ息子が得意な分野だな!


「まぁ、借金の取り立て相手とするのはちと骨の折れる相手であることは確かじゃ。あやつが本気で儂に殴りかかって来たら、負けないまでも苦戦するじゃろう」

「……そこまでの相手なんですか、マース先生とやらは」


 カリナは驚いた様子であるが、俺もビックリしてる。

 そこまで強く設定しただろうか? もしかしてこれがオリジナル展開というやつか?


 確かにマース先生は「相手が悪かっただけで真っ当な戦い方をする奴が相手だったら勝ってたはず」と言われるようなキャラだったが……、だからと言ってメルヴィが負けるような相手とも思えない。


「ま、頑張ることじゃな。儂には関係ない」

「……」


 いやお前の部下だろと言いそうになったが、この時点ではまだ誰も(原作では原作者自身も)マース先生がメルヴィの部下であることを知らないので、グッとこらえた。


「せいぜい頑張って請求書送りつけてやるよ」

「おう。まぁ請求が通ったところで儂とおぬしの貸し借りがなかったことにはならんがの」


 じゃあ今までの会話はなんだったんだ、と思わないで欲しい。


 メルヴィはこういう奴だ。

 まぁマース先生と彼女の間になんらかの確執があるのならば、今までの会話が意味なしと言うわけではなくなるが。知らんけど。


 適当に会話に参加してきて特に何か打開策を提示するわけでもなく借金返済を求めるメルヴィは手をプラプラと振って去っていく。


 嵐のようになんとやら、という感じだ。まさしく。


「あれと貸し借りを作ってしまったことに後悔の念を禁じ得ない」

「だいたいクルト様のせいですので、そこのところを勘違いしないようにお願いします」


 ごもっともです。

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