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22. エノーラ・マース

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 マースは魔法学校の教師であるが、教師として恥ずかしくない人生を送って来たかと言えばそうでもない。


 恥の多い人生だった……本人がいたらそう言うだろう。


 知っての通り、マースは第7街区出身者である。

 第7街区の生まれというだけで人生ハードモード確定だが、彼女はそこから這い上がった女だ。


 そしてその環境が、マースの性格や人格形成――特に彼女の思想――に大きなファクターとなっていることは言うまでもない。


 彼女、エノーラ・マースは第7街区の荒廃したアパートに、父と共に住んでいた。


 母の顔をマースは知らない。

 今どこにいるのか何をしているのか、そもそもどういう名前で、どういう顔をしているのかも知らないし……興味もない。


 彼女の興味は、どうすればこの地獄から抜け出せるのか、ただそれひとつに注がれていたのだから。


 エノーラの父親は、ハッキリ言って最低の父親……いや、それ以下の人間だった。

 人間という括りにするのも億劫になるほどに。


 父親は働きもせず、家事もせず、日がな一日酒に溺れ、なにか不愉快なことがあると、唯一の同居人に対して暴力を振るう。


 ただし、四肢を切断するとか、殺害するとか、そういうことはしなかった。


 罪悪感が止めたから? いやいや、そうではない。

 もし腕の一本でも切断してしまえば、その日から彼らの収入は完全に潰える。酒も煙草も、生きるための食糧も手に入らなくなる。


 そういう単純な話なのである。


 だから父親はエノーラに暴言暴力の限りを尽くし、その裏で彼女が持っている小銭をさも当然の如く酒に変換するわけである。


 まぁ、四肢切断状態でも生物学的に女であれば、胴体だけでも小銭を稼ぐ方法もあるだろうとは、父親の酒浸りの脳みそでは考えつかなかったかもしれないが。


 そんな彼女に転機が訪れた。


 その転機は紛れもなく彼女自身の手によって引き起こされた。

 と言ってもそんなに難しい話ではない。


 人間のクズがただのクズになった、正確に言えばただのクズに「した」。それだけだ。


 しかしながら残念なことに、人間のクズをクズに変えたからと言ってすぐに環境が激的に改善するわけじゃない。


 唯一の肉親だったものの血に塗れた衣服と身体でアパートから出る年端もいかない少女。

 殺人なんて別に珍しくもない第7街区でも、ちょっとこれはセンセーショナル過ぎた。


 すぐに第7街区の官憲がやってきて、エノーラを拘束した。

 そんなものがいるのかと、誰もが冗談じみた言葉で彼女と官憲を交互に指差す。実際、エノーラ・マースもこのときはじめて官憲なるものを見た。


 しかしそれ以上に、エノーラは第7街区の官憲がどういう生命体なのかを見た。


 彼女の容姿が平均以上だったこと、抵抗する力を持たぬ儚い少女であること、相手が罪人であるということ、トドメに何をしても咎める者のいない閉鎖環境。

 これらが組み合わさり、不幸は列をなして訪れた。


 釈放後、エノーラ・マースの思想はここに確定した。


 世の中の真理は圧倒的な力――特に暴力による支配であると。

 そして権威や権力を笠にする奴らはロクでもないクズであると。


 エノーラ・マースは第7街区に戻った。

 第7街区を構成する何もかもが嫌いだが、彼女の求める理想がその街を支配していたのは確かだ。


 そしてエノーラはメルヴィ・メル・メルクーリオに出会う。


 学園の地下に住むメルヴィの勧めで、エノーラ・マースはいとも簡単に学園に就職し、そこで知識を蓄え教職に就くことが出来た。


 メルヴィとの出会いは、突然だったことは確かだ。

 どうしてこうなったのか、エノーラ自身にも理解ができない。


 しかしそれが運命の出会いだったことは、まぎれもない事実。


『儂と共に来い。そして奴らに教えてやるのじゃ。この世で最も恐ろしく、そして崇めるべきものが何であるかを』


 あぁ、そうだ。自分は教える必要がある。

 教師として、生徒に教える必要がある。


 この世で最も恐ろしく、崇めるべきものが何であるかを。


「だからお願いだ。有り金全部払うから、私に力を貸してくれ」

「……なにが望みだ?」


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