20. 第7街区で一番美味い店
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第7街区は原作でも何回か主要な舞台となっている。
どういうイベントを起こすのにしても官憲の手が届きにくい「貧民街」という小道具は便利だからね。
その第7街区の中でも最も安定した場所であるステゴ広場(と言っても他の街区からして見れば治安はすこぶる悪い場所)の近くに、メルヴィお勧めのメシ屋がある。
……見た目はどう見ても酒場なのだが最近現実世界では居酒屋で家族がメシを食うというのは珍しくないそうだから……問題ないな!
「よう、メルヴィちゃんじゃないか」
褐色肌でハゲ、そのハゲた頭部から爪先に至るまで全身刺青を入れた大柄な男が出迎える。
無法者集まる第7街区で一番美味いメシを提供する酒場「モンタヴァル」店長エクラール・デットーリ、通称デットである。
なんだかんだ、主人公一行が使うことの多い店となる。
果たして俺もこの店の常連となるのだろうか。それはそれで嬉しいような悲しいような。
「おう、デット。久しぶりじゃの! 最近はちと忙しくて、第7街区にすら足を踏み入れてなかったんじゃよ」
「第7街区に来るもんじゃあないさ。ただ、うちの店には来てほしいもんだな」
「ならせめて第2商業区で店開いてくれんかのぉ」
「無理無理。くそったれお上連中は俺みたいな男に営業許可出さねーよ。英断だと思うがな」
ワーハッハ、と豪快に笑う店長。
なお「第2商業区で営業許可が出ないだろう」と語る理由は彼が前科5犯だからである。
そのうち2件は殺人なので、彼は普通に重犯罪者だ。
しかしまぁ、どういう力が働いて第7街区とは言えシャバで普通に店開いているのか知らない方がいいが、刑務所の不味いメシを食った経験を活かして今は美味いメシを作っているのである。
そんでもって、こんな経緯を持っている彼なので、この店で強盗やら食い逃げやらしようと考える愚か者は――、
「おいゴルァ! 売上金全部寄越しな! じゃねぇとこの魔導具でこの店ふっ飛ばしてやる!」
たまにいる。
店に入って来たばかりの俺やカリナを突き飛ばし、メルヴィに当然目もくれず、一直線に真面目に強盗してくる強盗犯。
だが、
「ンだとゴルァやってみろやぁ!」
身長2メートルはあろうかという巨漢のデットがカウンターを軽々と乗り越え棍棒のようなモノを手に突進したら、大抵の場合「逃げる」か「死ぬまでボコボコにされる」かのどちらかである。
今回の場合、強盗犯が手に持っていた魔導具を放り出して一目散に逃げて行った。
……まぁ、正しい反応である。
「おっとすまねえメルヴィちゃん。騒々しくて」
「気にするでない。第7街区じゃ強盗なんぞ天気の挨拶みたいなもんじゃ」
実際そうだと設定した俺が悪いんだが、ホントこの街どうかしてるわ。
カリナも俺も、目の前で起きた10秒強盗の結末にドン引きしていたのである。
「で」
デットは強盗犯が落とした魔導具を拾うと向き直り、こちらをじろじろと見つめてきた。
「なんでこんな薄汚い街に小奇麗な格好した坊ちゃんとメイドがいるんだ?」
ヴォルフとリリスがこの店に初めて来たときのデットの台詞とほぼ同じだ。
違うのはメイドの所だけだな。
「ちょいと拾ったんじゃ。珍しいもんが落ちてると思うてな」
「なるほど。で、お前は落とし主にこれを届けるついでに謝礼金を要求するつもりか?」
「金になんぞ興味ないわ」
「ハッ。相変わらずこの街じゃ珍しい性格してるな。奥の席空いてるから、そこ使っていいぜ」
「感謝するぞ。チップは期待しとけ」
俺とカリナは店の一番奥、入り口からは殆ど窺い知ることができない位置にある席へメルヴィに案内された。
店内はまだ昼だというのに既に酒盛りがあちこちでなされている。
「というか、今この店にいるお客様たちは強盗が来ても平然と酒盛りしてたんですか……」
「カリナ、ここは諦めが肝心だよ」
「それに関してはこいつの言う通りじゃな」
俺とメルヴィの言葉に、カリナの目が死にかけている。
いや身分を考えれば俺も死にかけるか文句のひとつを言うべきなのだろうが、残念ながら現代日本生まれの原作者には通じない。
その後デットが頼んでもないのに酒と肴を運んできた。
この店の常連であるメルヴィのお決まりの品と言う奴なのだろう。
ついでに俺とカリナの分も注文しておいた。ノンアルコールの適当なやつ。
数分ほど飲食を楽しみつつ、メルヴィに改めて先程助けてくれたお礼と、こうなった経緯をかいつまんで話す。
「なるほど。底抜けの大馬鹿者じゃな、おぬしは。メイドも苦労するじゃろう」
「わかってくれますか。私もどうかと思っているんですが立場上――」
そしてなぜかカリナとメルヴィは意気投合していた。俺の悪口を肴に。
いやそういうのって本人の目の前でやらないよね? しかも悪口の対象はカリナに仕えるべき人間なんだよ?
……反論を挟む余地なくカリナの言っていることが正しいのだが。
「まぁ今回ばかりは運に恵まれたこととメルヴィに感謝するしかないよ……」
「当然じゃな」
メルヴィはドヤ顔、カリナは呆れ顔、俺はたぶん諦め顔だ。
こうやって借りを作ってしまった以上、彼女がどういうわけか俺にしつこく構って、挙句の果てに仲間にならないかと誘ってくることを拒むことは出来なくなったわけで。
「……今回は大きな借りを作った。いつか返すよ」
「返すも何も、儂の誘いを受けてくれるだけでいいんじゃが?」
「なっ!?」
ガタン、とカリナが椅子を倒しそうになりながら立ち上がり俺を睨みつけてくる。
いや別に今のは怪しい意味でも卑しい意味でもないからね、座って、ね?
「それは前にやるって言っただろ。それとは別件か?」
「おっとそうじゃったな。しかし具体的に何もされておらんのじゃが、本当におぬしは儂の誘いに乗ったんか?」
「…………いつそれを実行するかは決めさせてくれないか? 借りのことも……。一応、学生は勉学が本業なんだから」
「なら早く返すことをお勧めする。トイチじゃからな」
「それって複利?」
「当然」
ヤクザかよ。
いや単利でもとんでもないことになるが。
「あの……メルヴィ様。確かに命をお救い頂いたことは感謝致します。しかしクルト様はヴァルトハイム家を継ぐ者です。あまり変なことに巻き込むことは――」
これまで話にあまり入ってこれなかったカリナが割って入ってきた。
先程までの愚痴大会はともかくとして、今の台詞は割とガチなトーンだった。
「ふーん? よくできたメイド……と言いたいところじゃが……、クルトは過大評価されることは望んでおらんようじゃぞ?」
「なにが過大だ、なにが」
真っ当な評価じゃろがい。
「しかしこんな方でもいてくれなければ困るのです。真っ当でなくとも、大きく逸脱した道を歩まれていては私の給与が……」
「ねぇカリナ、君ってそんなに自分の欲望に忠実で口に出すようなメイドだっけ?」
メルヴィはカリナのことを「出来たメイド」と言ったが、今ここで覆した方がいい評価であると思うのだけど。
「おぬしはコイツを過小評価し過ぎじゃぞ」
「え、俺が悪いの?」
「当たり前じゃ」
そ、そっか……。
「コホン。まぁ、それはそれとしてだな」
「クルト様、ハッキリ言って良いのですよ」
「それはそれとしてだな!」
こっちが話題変えようとしてるんだから邪魔しないでくれ。話が詰まって展開不可能になったときに「それはそれとして」は便利なんだから。
だからこれ邪魔されると話が進まないんだ。
「今回のことは感謝してる。いつか借りは返すから、な?」
「……ま、気長に待つとするかの」
不承不承という感じだったが、まぁ笑いながらOKしてくれた。
さすが長生きしてるだけあって寛大だなぁ。
「なんか言ったか?」
「なにも言ってないよ、悪いけど」
「でもなにか失礼なことを考えてたんじゃろ?」
「…………」
「なんか言え」
よーし、ここで一旦お話を切って何事もなく次章に移るとしよう!
お気づきの方もいると思いますが名付けに困ったら競馬関係の言葉・名前を使ってます。




