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18. 教師のストーキング

 さて、教師である自分がなぜこんなところ――この街で一番治安の悪い地区、第7街区にいるかを説明しなければならないだろう。


 もっとも、胸を張って教師だと名乗れる程に真面目な生活を送っていないが。


 時は少し遡る。

 例の地下室(と思われる場所)でメルヴィ様と会い、提案し、拒絶された後。出入り口となる図書館まで私をつけていた生徒がいたらしい。


 ひとりはヴォルフラム・ラインフェルト。


 一般枠入学の庶民だが、初日から色々とお騒がせ者として教師陣からはもう顔と名前を憶えられてしまっている問題児だ。


 そしてもうひとりは、クルト・エードラー・フォン・ヴァルトハイム。

 私がメルヴィ様に「仲間にしないか、そうでなくても利用しないか」と提案した対象がこの生徒だった。


 これは偶然なのだろうか?


 直感だが、そうじゃないだろう。

 これは私の判断が、決定的な何かを掴んだ結果なのか、はたまた致命的な何かにハマってしまった結果なのか。


 もし偶然なら、それはそれでいい。

 そしたらまたメルヴィ様に提案してみるだけ。


 仲間に引き入れる行為が咎められても、自分を追跡してきてる奴がいると報告することは流石にそこまで咎められることじゃないと思う。


 しかしこの時点では、追跡してきたのがラインフェルトなのかヴァルトハイムなのか、あるいは両方なのか、偶然なのかは判断し切れなかった。

 だから私は教師という立場を利用することにした。


「ラインフェルトくん、少しいいかな?」


 休憩時間、件の片割れヴォルフラム・ラインフェルトを呼び出した。


 この生徒と、とある女子生徒との口喧嘩(同期生からは専ら夫婦喧嘩と言われているらしいが)は最早この学園の新しい風物詩となっている。


 それ故に問題が既に多く発生し、その度に教師、あるいはそれよりもさらに上の人間に呼び出しを食らうことは一度や二度ではない。


 そのことは、彼の第一声からも理解できる。

「マース先生……。えーっと……今回はどの件についてでしょうか」


 まったく、不良生徒のような台詞だ。

 しかし成績自体、こいつは優秀だ。少なくとも座学分野では。


「あぁ、今日は別にあなたのことを叱ろうとか指導しよう、と思ったわけじゃないの。単に、ちょっと気になることがあるだけ。だから身構えたり、逃亡の準備をしなくて結構」

「……は、はい」


 本当にどうしてこれで成績優秀なのだろうか。

 入学試験の結果は一般枠入学組の中では一、二を争う点数だとも聞いている。


「この前、私を追って図書館まで来たって聞いたんだけど……本当?」

「あぁ……確かに行きましたが……追ってたのは俺じゃないです。あの貴族……えーっと……」

「ヴァルトハイム卿?」

「そう、そいつです」


 名前を覚えていない。

 演技だろうか? しかしそうは見えない。


 だとすると、こいつとヴァルトハイムはそこまで親しくないようだ。一緒にいたのは本当に偶然だと言うこと。まぁ、一般組と貴族組が入学したての時期に仲良く図書館でお勉強なんてことはあり得ないから、これは別に不思議じゃない。


「どうしてヴァルトハイム卿が私を追ってたの?」

「……さぁ? 俺は、あいつが先生に惚れてるのかと思って。ほら、先生美人だし」

「あら、あなた意外とタラシなのね? そういうことホイホイ言ってはダメよ?」


 年甲斐なく浮かれそうになった。

 まったく、生徒になんてことを言わせているんだ、私は。


「すみません。でもあいつが何考えて先生追ってたかはわかんないです」

「そう……ありがとう。もう本人に聞いてみるわ」


 正直言えば、見た感じ貴族のバカ息子を地で行くヴァルトハイムが自分を追っていることが、ある意味無気味であった。


 むしろラインフェルトの言うように「私に惚れたから」と言われた方が納得だ。

 しかしそうではない……と信じたい。あの既得権にしがみつき親から授かった権威と金しか誇るところがない貴族のバカ息子に惚れられるなんて、虫唾が走る。


 もし告白なんてされたら、首を吊った方がマシだと思えるくらいに。


 想像しただけで悪寒がする……。


 やはりそうでないことを確かめるためにも、現在の彼の動向を探る必要があるだろう。

 少し時間を置き、放課後。


 彼がいるだろう貴族寮へと足を運ぶことにした。階級から言えばかなりの越権行為だが、教師と生徒の関係であるなら問題ない。とりあえず、表面上は。


 これで彼が貴族の権威を振りかざしたら若干面倒な事になるだろうなと、少し憂鬱な気持ちになりながら道を歩いていたのだが、幸か不幸か、その心配は無用のものとなった。


「……辻馬車? それにあそこにいるのはヴァルトハイムか?」


 貴族となると防犯上の理由から家の馬車を使うものだし、場合によっては、貴族のバカ息子が学園の馬車を使わせろと主張し、実際に使用するときもある。


 ではなぜ貴族の中の貴族、選帝侯家の嫡男が辻馬車なぞ使っているのか。


 ……理由はいくつか考えられた。

 家や学園に知らせたくないような秘密があるのではないか。


 そう考えるのが普通だ。


 秘密。

 口にしかけたこの言葉に、ちょっと引っ掛かった。


 もしかしたら、私の求めている答えが最悪の形で提示されるのかもしれない、と。


 件の辻馬車を辻馬車で追い掛け、目撃情報を探りながらついた場所は、アンダーグラウンドの人たち御用達の「アトラス」という店だった。


 この店は非合法物品を取り扱う店であるというのに、表通りで昼間から営業していることでその筋では有名だった。なにせ官憲や教団も使っているから取締されない、という噂さえある。

 その店に貴族が通っていたとしても不思議ではないが、逆に貴族のバカ息子が通うところではないとも言える。


 さすがにその店の中で鉢合わせというのはしたくなかった。


 だがアトラスの店主に話を聞きたい。出来れば記憶が新鮮なうちに。けれどもそれをすれば、店を出たヴァルトハイム一行を見失う恐れがある。


 ……少々賭けになるけれど、保険をかけとこう。


 保険の準備が完了した頃合い――具体的には10分か、20分か、それくらい経ってヴァルトハイムとその付き人であるメイドが退店した。


 そして保険は、無事に発動したことも確認。

 それを見計らって、入れ違いでアトラスに入店した。


「おや、あんたか。惜しかったな」

「……惜しかった?」


 何も知らないふりをする。この店は顧客情報の売り買いは行わないが、徹底的な秘密主義者と言うわけではない。

 ポロリと、他の客の情報を出してしまうこともある。


「あんたが紹介したっていう子供がうちに来たよ。まったく、お前さんが他の客にこの店紹介するなんて、ちょいと意外だよ」


 あぁ、なんて言うことだろう。

 有用な情報が飛び出たと同時に、私は寒気がした。


「そう。会ってみたかったわね。丁度彼に用事があったし。ちなみに何を買ったの?」

「なに。そうたいしたもんじゃない。初めてだったから様子見という雰囲気だったよ」


 そうか。そうかそうか。

 背筋がピンとなる。最早彼を味方に引き込むことは危険ではないのか。


 恐らくヴァルトハイムは気付いているのだろう。

 私が教師という立場から逸脱した行動をとっていることを。


 ……しかし、なぜ彼は独自に調べているのか。バカだから?

 あり得そうだけれど、相手がバカであることを期待して楽観的な行動を取るのは大馬鹿野郎のすることだ。


 私は大馬鹿野郎になるつもりはない。慎重に行こう。


 少し、なにかを仕掛けて探りを入れてみようか。

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