17. 違法魔導具店
「ではそろそろ――」
色々と思いを馳せながら通りを歩いていた俺の足が止まる。
そろそろ帰ろうかと提案しようとしたカリナは言葉を止めて、なんだなんだと顔を覗く。
「クルト様?」
「……うん、この店気になるね」
「え? でもここは――」
そこは一見すると魔導具店ではない。
少なくともカリナはそう思っているし、大多数の人間もそう思うだろう。
実際、看板があるわけでも表札があるわけでもない。ウインドウもないので、魔導具店どころか「店」であることにも気づかない「家」だった。
その店の扉を軽く3回ノックすると、暗いのぞき窓から仄かに青色の双眸が見える。
『――勇者デルタが渡ったのは?』
「死地へ続くクリゲラ川」
その瞬間、扉の鍵が解除された音が聞こえた。
カリナは後ろでポカンとしている。いったい何がどうなっているのか、気付いていない。まぁそれもそうだろう。
ここは原作でも登場した違法魔導具店『アトラス』。
本来は冒険者ギルドやらイルミナティオ教団やら国家機関の許諾や監視がなければ売ってはいけないやばいシロモノを取り扱っている。
「新顔だな。誰から聞いた?」
店主である中老の男が出迎える。
雰囲気としては、学生街にある寂れた古本屋の奥に居座りまともに商売する気のない店主そのままである。
「この制服を見て察してほしいね」
「なるほど、あの女狐か」
んでもって、女狐もといマース先生のお得意さんでもある。
この設定はマース先生が死亡した後に主人公が知ったのだが、俺は原作者なので当然、位置や店の外観、合言葉を知っていたというわけだ。
このアトラスは当初敵側がよく使う店だったが、金さえ払えば顧客情報以外はなんでも売ってくれる店ということもあって、物語が進むと主人公も使うようになる。
なお、どうやって商品を仕入れているかは不明。
アングラな店というだけあって店主は非常に愛想が悪い。
話しかけて積極的に営業を仕掛けてくるなんてことは一切しないし、場合によっては質問しても答えが返ってこない。
でも何も買わないのは色々と問題なので、とりあえず適当に手頃な値段の奴を買って、常連としての信用を上げて店主のリアクションを増やしたい所存。
早速カリナの助言を採用する主人の鑑だと褒めてくれていいのよ?
「あの、クルト様。ここはいったい……?」
状況を呑みこめるはずもないカリナは混乱している。
ここが何かを教えても良いが、説明の仕方によっては店主の機嫌を損ねる可能性もあるのでりあえずこの店では静かにすることを伝える。
で、だ。何を買うかだ。
できれば攻撃系のアーティファクトが欲しい。
どこの世界でも火力こそ正義。
どんなものでも防御力には限界がある。しかし火力には限界がない。火力をあげることは簡単だが防御力はそうではない。
そう、魔法基礎実習で先生が言っていた「魔法戦においては攻撃側優位」の原則である。
世の中身体保護魔法でさえも貫通させる魔法や魔導具、アーティファクトもあるという噂があるという設定を作った。
後々の伏線としても利用できる文章を記載した程度なので本当にこの原作再現世界にあるのかは知らないが、あってもおかしくはない。
ならばやはり目指すは火力の向上、ビバ火力、崇めよ火力。
いくつかの攻撃系の魔道具を手に取る。
基本的には扱いやすく火力の高いモノが価格は高い傾向にある。一方、低威力で取り回しのしにくいものは、その辺の石ころ並の値段で売ってる。
性能と価格が一致しているのがこの店の良い所で、蒐集品としての価値はあるが魔導具としての価値は低いものに関しては、表の市場だったらそれなりの良い値段で売ってるが、ここではそんなことはしない傾向にある。
そんなことをすると転売して差額で儲けようなんて思う者も出てくるが、しかしそんなことをするような奴はそもそもこの店を紹介されない。
紹介されたとしても、転売行為を行った瞬間出禁になり、最悪、この店の存在を官憲にバラす危険のある行為をしたとして、さらにアングラな団体に追われることになる。
……という噂がある。
例によってこれも、あくまで噂があるという設定。
まぁだいたいこの手の「噂がある」設定は本当だったんだ、ていうのが王道ではあるけどね。
けどそんなことよりも……、
「どれがどれだか、全然わからん」
思わず頭を掻いてしまう程にわからない。
魔導具やアーティファクトは形と効果が一致するわけではない。
専門の鑑定士が鑑定するか、一度使って見ないとわからないのである。
「アトラス」で売っているアーティファクトは様々だ。
伝説のモンスターを打ち倒すために使うような強力な物もあるし、さらには売り物ではなく人間に特殊な施術を施すことによって強化するサービスまで揃っている。
逆に完全に役立たずな物や、見かけ倒しの剣なんかもある。
だから鑑定は慎重に行わなければならない。
「……カリナ、鑑定とかできる?」
「一メイドに何を期待しているのですか?」
「いや騎士の家系だったよね? できないかな、って」
「できません。そもそも、知らない店で知らない商品があったら、普通店員に聞くものではありませんか?」
正論過ぎてぐうの音も出ない。
しかし店主に聞いて何か返事が返ってくることを期待するのは間違っているだろう。
あいつ基本初対面の相手には「冷やかし」や「情報漏洩」を警戒して喋らないし。
ダメでもともと……というのは考えたけれど、ダメでもともと突撃した結果ダメが最悪に塗り替わる可能性があるのがあの店主の特徴だ。
……なので、もう適当に何か買おう。
手持ち資金は1000統一マルク。
全部使うのは当然ダメなので、とりあえずは200マルク分適当に購入することになった。
まぁ別に貴族だから小切手なり信用払いなりの手があるのだけど、初回だし多少はね?
「あの、会計お願いします」
「…………」
店主は黙って、ここまで持ってこいと促す。
ホント、サービス悪いわこの店。
そう言うわけなので、何が起きるかわからないが指輪の魔導具100マルク、ごく普通に見える魔石5個100マルク、計200マルク分を購入して退店する。
とりあえずはこれで大丈夫だろう……。たぶん。
「対応が悪い店ですね。退店時にも挨拶や感謝もなく黙ってましたよ。なぜこんな店があるのか不思議なくらいです」
とカリナは愚痴る。
あぁ、そう言えばまだあの店の正体言ってなかったわ。
「まぁサービスよかったらビックリだよ、アングラな店だし」
「……は?」
「でもアングラだからこそ表の市場では手に入らないような掘り出し物が手に入――」
「なにバカなこと言ってるんですか! 非正規ルートから入手した魔導具がどれだけ危険かわかっているんですか!?」
「そりゃまぁ危険だろうと思うけども」
魔導具そのものも当然だけれど、違法商品を買ったわけだから当然法令に触れる。
バレたら大スキャンダルだろう。
「でも大丈夫さ。この店は顧客情報大事にするし、俺らが積極的に吹聴しなければバレることはないよ」
「本当ですか?」
「ホントホント」
原作じゃこの店利用して捕まった奴はいないから。むしろ教団上層部にまで懇意にしている顧客がいるという設定まであるから。
需要が供給を生み出すのか供給が需要を生み出すのかは気になるところではあるが、需要と供給の一致がある限りこの店が生き続けるのは間違いない。
というか、物語ラストまで「アトラス」は活躍させる予定だから。
お前らちゃんとこの店覚えておけよ。
「……はぁ。どうにも信用ができません」
「主人の言うことでも?」
「名目上、私の主人はクルト様のお父様ですので」
「……なら仕方ないか」
原作じゃ名前すら出てこない我が父の方が信用に足るというのは些か不満だが、じゃあクルトが信用できるかと言ったら……ねぇ?
「今回は見逃しますが、しかし次からは事前に相談をしてください。もしクルト様になにかあったら私が責任を取らされることになるんですよ!」
「あー、そこで俺の心配が出てくるわけじゃないんだ……いいけど」
「いいんですか」
「人は誰しも給料の呪縛からは逃れられないからね」
「…………クルト様がますます庶民派に」
いいじゃん別に。
買い物は無事(?)終えることができたので、あとは寮舎に帰るだけである。
行きに乗った辻馬車はもういないので、新しく辻馬車を市場近くで捕まえることにする。学園に行くことを告げると、御者は無愛想な感じで「はい」と短く返事した。
そしてその態度とは想像もつかない程、スピードを上げたのである。
……なんだか嫌な予感がしてきた。