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10. 「儂に興味ないのか?」

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 王立魔法学校は全寮制。


 故に貴族であろうがなんだろうが、寮に住むことになる。

 選帝侯家の人間であるクルトこと俺であっても例外ではない。


 まぁ、その方が都合がよい。実家にいれば執事、メイドなどが大量にいて、また貴族故の習い事の多さからひとりになる時間と言うのが存外少なくなる。


 折角異世界に来たのだから娯楽の時間を増やしたいし、前世知識を整理するための時間も欲しい。

 そういうわけで、基本的にメイドのカリナしかいない寮は天国である。


 しかも貴族だから庶民より優遇されるというのもある。

 いくら学園側が「教育を受ける生徒は皆平等!」を叫んでいても、政治的圧力と貴族からの寄付金攻勢には勝てない。


 故に、貴族専用寮は庶民用とは設備も面積も待遇も食堂で出される料理も全然違う。なんてったって、メイドや執事用の部屋が別箇用意されているくらいである。


 下手な貴族の場合、自分の屋敷よりも寮が豪華だったりする。

 そのため学園卒業を拒む者や、卒業後に家の財務を気にせず屋敷を改造して破産寸前となる者もいる――という噂がある――という設定が原作にある。


 ただクルトの場合は、実家が選帝侯なので「まぁこんなもんか」程度にはなってしまう。


「ま、それでも住み心地がいいのは確かなんだけどね。前世の俺の生活と比べると……」


 そんなことを呟きながら、自分の部屋へと戻る。

 いつもであればカリナが待っていて、メイド喫茶よりも丁寧な対応で「お帰りなさいませ」と言ってくれる。


「ふーむ、しばらく見ない間に学園の寮舎は随分と豪華になったもんじゃのぉ。寝台もフカフカじゃし、今日からこっちに住むとするか――」


 思わず扉を閉めた。

 やっべー、部屋間違えたわ。別の貴族生徒の部屋か、それとも召使さんの部屋に入ってしまったのかな? 確か俺の部屋番号は四〇一だったはず……。


『四〇一号室 クルト・エードラー・フォン・ヴァルトハイム様』


 しかし残念ながら、目の前の扉は「ここはお前の部屋だバーカ」と主張している。

 なんだ、ただの幻覚か。異世界だしそういうこともあり得――


「おいなんじゃ、いきなり扉を閉めおって!」


 るわけなかった。


 幻覚もといメルヴィは扉を開けて猛抗議している。

 誰かに見られてはまずい(と思う)ので、慌ててメルヴィを部屋に押し込む。


「なんで俺の部屋にいるの!?」

 いや確かにメルヴィって主人公ヴォルフと接触してからやたらとアイツに絡んでいくようなキャラだったけどね?

 だからと言ってまだ物語が始まって3万字くらいしか経ってないようなときに来るのはなんでなの?


「会いたくなったから?」


 うわぁ、美女にそんなこと言われるなんて、俺は幸せ者だぁ。


「じゃなくて……え、本当になんで? もし興味あったらここに行けってメモ渡した癖に自分からこっちに来るのは可笑しいだろ?」

「いや可笑しくはない。暇じゃったから来てみた」

「迷惑です」

「別にええじゃろ、こんなに部屋が広いんじゃからひとりふたり人が増えたところで」


 メルヴィはそう言うと、天人族の特徴である巨大な翼を出し入れしてバサバサと音を立てた。

 ついでに羽も舞う。威嚇しているようにも見えるし、犬が何か楽しそうにしているときの動作と同じにも見える。


「にしてもなんでカリナはこいつを入れたんだ……?」


 カリナはメイドだが、学園における俺のボディーガードという役割もある。


 貴族の生徒はメイドや執事を寮に住まわせることができるが、人数が二人までという上限があるのでメイド、執事業と護衛を兼業できる人間が遣わされる。


 カリナもその例に漏れず、彼女には剣の覚えがある。

 原作においてクルトの傍を離れ大馬鹿烏野郎のハーレム要員になった時、彼女は烏野郎のメイド兼護衛として立ち回りそこそこ活躍していたからだ。


 あんななりだが結構優秀。


 だからカリナが何もせずメルヴィを受け入れたとは思えない。たとえ勝てないとしても、メイドとしての使命を必ずや全うしてくれる……してくれるよね?


「カリナ……? あぁ、もしかしてあやつのことか?」


 俺の不安を余所に、メルヴィは首を傾げつつ部屋の奥を指差す。そこにあるのは、先程メルヴィが感触を確かめていた寝台、つまりベッドがあるのだが――、


「……すー……すー……もう、食べれにゃいですぅ……」

「カリナ――――!?」


 カリナ、爆睡。


 くそったれ! 俺の願望虚しくメイド服のままいい寝顔で寝てやがる!


 おい誰かマジックかカメラ持ってないか!?

 ちょっと寝顔可愛いからイタズラするか写真で保存しておきたいんだが!?


「あまり大きな声を出すでない。『催眠(スリープ)』を使ったからそう簡単に起きぬとは思うが、万が一と言うこともあるじゃろう。全くこやつは儂を不審者扱いしおってからに、急に短剣を投げつけおったんじゃぞ? 親はどういう教育しとるんじゃ、まったく」

「……あぁ、そうか。……よかった」

「え、よくないんじゃが……」


 いやぁ、よかったよかった。

 不審者になんの疑問も抱かず部屋に招き入れたポンコツメイドなんていなかったんだ……。


 部屋の外をよく見ると、扉の反対側の壁に不自然な穴が数か所ある。

 懐の短剣で攻撃し、メルヴィに躱され、隙を突かれ眠らされた……とかそんな感じだろう。殺したりはせずに眠らすだけにとどめるとかメルヴィちゃんマジ天使。


「殺したら何かと面倒事が増えるからのぉ」


 超現実的な理由だった。


「で、結局メルヴィは何でここにいるんだ? あの下手くそな地図の場所がここだったってオチじゃないよな?」

「なにが下手くそじゃ、何が! 超わかりやすいじゃろが!」


 メルヴィはそう言ってプンスカ怒っている。


 しかし改めてメモを見ても判読できない。

 字が下手くそだし絵も下手くそだ。まぁ絵に関しては人の事言えないけど。小学生の時の夢が漫画家だったのに、小説を書くことになったのは偏に自分の絵が下手くそさに挫折したからだ。


 いや絵師さんに言わせれば「練習しろ」という話になるのだろうが。


「待っとれ、ちと今から新しい地図を描くから――」

「せんでいい」


 メルヴィが、内容を判読できるまで綺麗な絵・文字になるより先に人類が滅亡するだろう。


「……儂には興味がないのか!?」

「誤解を招くような言い方は止めよう!」


 正しくは「儂の『誘い』には興味がないのか」である。


 ……いやこれも誤解を招きやすい表現か?


 なにせメルヴィは露出の多い服……服? ……布を纏っている。

 まぁ、それがどういう意味となるのかは紳士諸兄が各々察してほしい。


 などとメルヴィと色々話していた――いや、会話にしては多少大声だっただろうか。

 貴族用の寮舎ということもあって壁の厚みと防音性に関しては折り紙つきとは言え、それはあくまで隣の部屋にいる人物に対して有効ということを、人類は忘れてはならない。


「んぅ……五月蠅い……って、あれ? 私なんでこんなとこで――」

「「あっ」」


 俺とメルヴィの声が重なった。

 魔法で眠らされていたとはいえ、その脇で大声での会話をされてしまえば、まぁ、そうなるな。


「………………えっ?」

「「………………」」


 目と目が合う瞬間、隙だと気づいたのはカリナだろうか、メルヴィだろうか。

 結論から言えば、動いたのは同時だったと思う。もっとも俺の動体視力なんぞあてにはできないのだけれども。


 そして今回の場合、目と目があった時はじまるのはラブストーリーではない。


「あなた、まだいらしたんですね……! お帰り願いますでしょうか!?」


 そう言いながら、懐にしまってあった短剣を素早く放り投げるカリナ。


「ふん、おぬしのような雑魚に命令される筋合いなどありはせんよ」


 そして放たれた短剣をいとも容易く避けてみせるメルヴィ。


「…………はぁ」


 んでもって間に挟まれ目頭を押さえるしかない俺。


「クルト様、お下がりください。ここから先はメイドたるカリナの仕事です。私の部屋には後方階へと直通できる非常階段への通路がございますので、そこから避難を。私は多少なりとも時間を稼ぎますので」

「ほうほう、素晴らしき主従愛と言ったところじゃのぉ。それに免じて、殺すのはやめておこうかの?」


 両者の間に火花が散る。


 カリナは太腿あたりに隠していた苦無のような投げナイフを、スカートをまくりながらしゃがんで手にし、メルヴィはそれを見ても余裕の面構え。


 なんとも熱き闘いの幕開けだろうか。

 実力差はかなりあるため、いったいどれほどの時間が稼げるのか心配になる――なんて言ってる場合じゃない。


 だいたいこのやりとり、新たな主人となったヴォルフを逃がすために、主人公組に参入したばかりのカリナが、突如現れたメルヴィと交わした会話なのである。


 いやぁ、まさかこんなに早くこの展開が見られるとは思いもしなかった。

 あとカリナの足は意外と綺麗で、まさに美脚という感じだったなぁ。


 って、そうじゃなくて。


「はいストップ、スト――――ップ!」


 火花散る両者の間に割って入って、無理矢理停戦させる。


「なんじゃなんじゃ、折角いいところじゃったのに」

「クルト様! どいてください、そいつ殺せません!」


 不満を述べるが、一旦無視。

 はてさてどこから説明したものか……いや説明すること自体が可能なのだろうか、この状況。メルヴィのキャラ設定的に説明しちゃって大丈夫なのだろうか。


「カリナ、ちょっといい感じの嘘を考えるから待ってくれ」

「あ、はい。待ちます」


 うん、カリナは良いメイドだ。


「で、メルヴィ」

「なんじゃ? 儂にはどういう嘘を吐いてくれるんじゃ?」


 いやお前に嘘を吐いてどうするんだよ。

 どうしよう。何を話そうにもカリナがいる状態だと自由に話せない。いったいこの事態をどうするのが最適なんだ?


 畜生、俺の原作知識、役に立たない事が多いな!


 よし、とりあえずカリナを引き離そう。


 どうやって?

 カリナは主人を守るという使命があるのだから、ちょっと席を外してくれと言われても、納得いく説明がなければ席を外してくれないかもしれない。


 しかしメルヴィとの関係をいい感じにこじつけられる自信がない……。


「よし、こうなったら……足を使うしかない!」

「なにを言っとるんじゃおぬし――ぬおっ!?」

「く、クルト様!?」


 とりあえずメルヴィを、いわゆる「お姫様抱っこ」で持ち上げる。

 まさか祖父ちゃんへの介護経験がこんなところで生かされるとは思いもしなかった。ありがとう、天国or地獄にいる祖父ちゃん!


 抱えてみると、メルヴィは意外と軽かった。とりあえず祖父ちゃんよりは。


「ごめん、カリナ。説明は後だ! 行くぞメルヴィ!」

「おう、儂をどこまでも連れてってくれ!」

「いやせいぜい中庭くらいまでが限界だ!」


 貴族のバカ息子の体力バカにすんじゃねぇ! そんなに持つわけないだろ!


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