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9. アンダーグラウンドな会話

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 ところ変わって、学園内のどこか。


 窓も扉もなく、8面全てローマン・コンクリートのような石材で囲まれた部屋。

 蝋燭などの照明もないにも拘らず、部屋の中は仄かに明るい。


 その部屋には古今東西ありとあらゆる書籍に埋もれつつ胡坐をかいている少女のような人物と、

 それとは対照的に大人びた女性が立っている。


「――そういうわけですので、もしかしたらあなたに協力関係を築けるかもしれない少年を見つけました。才能も知識も平均以下ですが、財力と権力はこの国トップレベルの人物の子です。使い勝手はあるかと思います、メルヴィ様」

「……マース。おぬしの仕事はいつからスカウトになったんじゃ?」


 そこにいたのは、まぎれもなく『魔王』メルヴィと、魔法史学教師のマースだった。


 このよくわからない空間で密会し、緊密に連絡を取ることがメルヴィとマースの日常であり、メルヴィの存在を極力ばらさないようにするためである。

 もっとも、マースはメルヴィが稀に外に出ていることを知らないのだが。


「しかしメルヴィ様。我々の目的は、魔法の『権威』復活です。その目的の為には、今権威や権力を持っている人物を味方に引き込むことが近道と言えましょう」

「二度、同じことを言わすな」

「……無論、誰を仲間に引き入れるかを判断するのはメルヴィ様ですが、しかし――」

「三度目はないぞ?」


 メルヴィはマースを指差す。その指の先端は僅かに発光していた。


「…………失礼しました」


 マースは怖気づいた。

 マースが弱いから、と言うわけではない。目の前にいる少女が強すぎるからである。


 詠唱も、魔法陣もなく、魔法を発動寸前にまで組み立てるその技術、才能を見せつけられた。

 しかもその魔法はかなりの高威力であることも容易に推察できた。


 無詠唱魔法自体はそう珍しくもない。生活に使われているごくごく小さな魔法は、詠唱無しでも使えることが多いし、低威力魔法でも一定の才能があれば無詠唱で行える。


 しかし、高威力魔法の無詠唱発動は前例がない。


 それをいともたやすく行える、目の前の少女。

 その正体は、メルヴィにもっとも信頼されていると自負しているマースにでさえわからない。


「そうか。分かったなら良い」


 メルヴィがそう言って魔法の発動をやめるまで、マースは冷や汗が止まらなかった。


「誰を仲間に引き入れるかどうかは、儂が決める。おぬしは今まで通り、授業に専念する事じゃな。地味じゃが、それが一番じゃ」

「……はい」


 メルヴィが、さっさと出ていけと手を振る。

 元々マースが話したいことがあると半ば無理矢理ここに来ただけに、メルヴィがそんな反応を見せるのは無理からぬことであった。


 マースは、部屋中に散らばる書籍の中から一冊を選び手に取る。


 タイトルは『真冬の海に恋い焦がれ』という、大衆向けの恋愛小説だった。

 この手の大衆小説は近年の生活魔法と魔法工学の発達によって完成した印刷機のおかげで、民衆に小説という新たな娯楽を与えた。


 けれどマースは、これこそ魔法の権威と品位を貶めるようなものだと毛嫌いしている。

 これがメルヴィが作ったものでなければ、破り捨てているところだった。


 その本は、小説ではなく魔導具の一種。


 通常、絵と記号と文字によって複雑に組み立て描かれた魔法陣を、文章と挿絵だけで、通常の魔法陣と変わらない効果を得る。


 つまり一見ただの三流恋愛小説に魔力を流し込み、


「――――『転移(テレポート)』」


 と短く魔法名を告げるだけで、効果を発するのである。


 マースは一瞬眩い光に包まれたかと思うと、本を持ったまま、学園図書館の一角に転移した。


 無事に魔導具が発動した証拠。

 そして『真冬の海に恋い焦がれ』を、本棚に入れれば証拠隠滅完了。木を隠すなら森の中という言葉通り、本を隠すなら図書館の中ということである。


「……まったく、メルヴィ様は相変わらず物わかりが悪い」


 もうメルヴィに聞こえることのない場所まで来た途端、マースは悪態を吐いた。


 自分は真剣にメルヴィ様に仕えようとしているというのに、どうしてあんなに冷たい態度が取れるんだ。彼女はそう思っている。


 いっそメルヴィに秘密で計画を立て、こちらで勝手に遂行してしまった方がいいのではないか。

 目的が同じであれば多少の独断行動は許されるのでは……マースの思考は、やや危険な方向へと向かっている。


 もっとも、この時点ではまだ本人にそこまでの勇気はないのだが。


 その時、学園の鐘が鳴る。

 始業5分前を告げる鐘の音であり、教師や生徒に準備を促すために鳴るものだ。通常、生徒たちはこの鐘の音が鳴るころに教室に集まってなければならない。


「あぁいけない。私何も準備してないや……確か次の授業は北館の――」


 マースは駆け足で図書館を出ようとする。

 マナー違反も良いところだが、教師にその言葉をかける生徒はいない。


 唯一いるとすれば、それは図書館の司書だろう。


「……あら、マース先生。まだいらしたんですね」

「えぇ、ちょっと資料に夢中になっちゃって……あぁごめんなさい、ちょっと急いでるの」

「あ、申し訳ありません……。でも、少し言伝よろしいですか?」

「はい?」


 急いでいるというのに足止めさせるとは、この司書は空気が読めないのではと訝しんだ。

 しかし司書は「すぐに終わる話です」と前置きして、その言伝とやらをマースに話した。


「第一学年のヴァルトハイム卿が、マース先生をお捜しになっていましたよ。もう一人……確か、ラインフェルトくんも一緒でした」

「…………」

「先生?」

「あぁ、ごめんなさい。なんでもないわ。どうして私の事を捜していたのかわかる?」

「いえ、そこまでは。大した用事ではないようでしたが」

「そうですか。ありがとうございます。機会があれば本人に聞いてみます」

「えぇ。あぁ、すみません引き留めてしまって。言伝は以上です」

「いいのよ。ありがとね」


 そう言ってマースは司書と別れる。

 これでやっと、我慢しなくて済むと、マースは思った。


 司書との会話の間、マースはにやける顔を必死に我慢していたから。


「まさかあちらからコンタクトを取ってくれるなんて……」


 メルヴィの存在がばれているとは考えづらい。

 ならばマースの話に興味が出た……あるいは訝しんで、探っているかということ。

 けれどあの見るからに貴族のバカ息子で間抜けそうな少年に、私を疑う理由はないだろう。


 マースはそう結論づけて、にやけ面を抑えきれないでいた。


 再び接触を図るのもいいかもしれない。

 それに一緒に来ていたというラインフェルトという生徒のことについても調べてみよう、と。




 ……一方、マースが去った部屋の中では、メルヴィが別の理由で笑っていた。


「まったく、イラつく女じゃ」


 その言葉の真意は誰にもわからないし、ましてやマースに届くはずもない。

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