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使用人の務め  作者: 椿崎 圭
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百合の花⑤



「犯人がわかったって本当!?」


「ねぇ~誰なの!?ねぇってば~!!」


「嫌がらせじゃないってどういうこと?」


空はとっぷりと闇に包まれている。


なつめはあの後、犯人は誰だとしつこくせがむ桃菜を、とりあえず仕事を終わらせようと説得した。


なんだかんだあった今日1日。しかしそれは言い訳にはならない。


奥様に留守を任された身としては、するべき仕事はしっかりとこなさねば、と思っている。


結果随分遅くなってしまった。


その間に桃菜はカエデと桜子に、なつめが犯人がわかったと吹聴(ふいちょう)したらしい。


なつめが仕事を終えるなり、誰だ誰だと詰め寄ってきた。


その様子を見る限り皆仕事を終えたらしい。


次々と言葉を投げてくる三人を引き連れ、長い廊下をひたすら歩く。


「ねぇってば!なつめ!どこ行くの!?」


()らさないで教えてよ!」


「二人とも落ち着いて」


桃菜と桜子をカエデがたしなめる。


「でもどうしたの?なんでそんなに(かたく)なに犯人を教えてくれないの?」


カエデの言うことは最もだった。


犯人を教えるくらいなら先でもいいかもしれない。


しかしなつめが言い渋るには理由があった。


「…犯人は特定できたんです。その意図もだいたい察しがつきました。でも…」


「「「でも?」」」


「確固たる証拠が無いんです」


その犯人が犯行に及んだという確固たる証拠が。


「そんなの、しばいて吐かせればいいでしょ」


なんとも物騒なことを桜子が言う。拳を握りながら言う桜子に、なつめは思わず唇をひきつらせた。


「とりあえず今、そいつのもとに向かってる」


「直接対決ね」


そう言って指を鳴らす桜子の手に、そっと自分の手を重ねてカエデが首を横に振った。


そんな二人を尻目に見ながら、なつめは一応、と口を開く。


「そいつの名誉のために言っておくと、故意で捨てたことに代わりはないけど悪気はないよ」


「意味わかんない~」


「故意に捨てたのに悪気はないって矛盾してるでしょ」


桃菜は比較的いつも通り平和だが、やはり犯人は気になってしょうがないらしい。


桜子はすっかり臨戦態勢だ。


「故意で捨てたけど悪気はない…」


カエデは何か引っ掛かったらしく、指を(あご)に持っていき、何やら考え込んでいる。


なつめはそんな様子を見ながらも足を進める。


そしてある部屋の前でぴたりと足を止めた。


「え?」


「嘘でしょ?」


桃菜と桜子は思わずなつめを凝視する。


なつめはゆっくりとその部屋の扉を開いた。


「杉陸、いる?」



◼️◼️◼️



旦那様の書斎に入ると、一番最初に目に飛び込んできたのは積み上げられた本だった。


どうやら本棚の本を全て取り出し本棚を磨いたらしい。


なつめは思わず食器棚を思い出す。


「どうしたー?」


積み上げられた本達の影からひょっこりと間抜けな声と共に姿を現したのは、杉陸こと杉山陸太だ。


なつめは事態の説明をしようと口を開きかけたが、それは桜子の奇襲によって(さえぎ)られる。


「よっし!てめぇ歯食いしばれ!!」


「は!?え!?」


杉陸の胸ぐらを掴み右手を大きく振りかぶる桜子に、杉陸はわけがわからない、と目を大きく見開く。


なつめとカエデは慌てて止めに入ったが、桃菜はいいぞ!と言わんばかりに両手に拳を作っていた。


「な、何!?なんなんだよ!?」


「あんたが花捨てたのわかってるんだからね!」


桜子の言葉に、なつめはあちゃあと顔を歪めた。


証拠はない。


いくら悪気はなかろうと、捨てた本人がしらばっくれてしまったらそこで終わりだ、となつめは思う。


だからこそうまく誘導して本人から口を割ろうと思っていた。


しかしなつめの心情など全く気にしていない杉陸の口から、あっさりと事の真実が吐き出される。


「あぁ…百合?捨てたけど」


その言葉に思わず皆固まってしまう。


なつめ以外は拍子抜けした感情、それが一番強いかもしれない。だがカエデはまだ何やら考え込んでいる。


「認めたな?」


「桜子、やっぱ一発殴っとこ」


桃菜の物騒な言葉に桜子はまた大きく拳を振りかぶる。


再び驚きの表情をする杉陸の前に、にゅっとカエデの手が伸びてきた。


「待って」


その言葉は桃菜と桜子に掛けられる。


桜子はカエデの真剣な顔に、惜しみながらも拳を下ろし、掴んでいた胸ぐらを離した。


「なんで捨てたの?」


わけがわからない、という顔をした杉陸に、カエデはゆっくりと真実を求めた。


「なんでって…」


恐らく真実を口にしようとした時だった。


慌ただしく二つの毛玉が開いた扉から書斎に入ってくる。


「あれですよ」


丁度いい、と言うように杉陸は毛玉達を指差した。


「…え?…あ、あ?…あぁ!!」


カエデはわかった!とその表情で物語っていた。


なつめはふぅ、とため息をつく。


「え?え?何!なんなの!?」


「全くわけわかんないんだけど!!」


桃菜と桜子はわからないらしく、杉陸に詰め寄った。


杉陸は後頭部を掻きながら、なつめを見る。


なつめの表情は疲れたような、やっと終わるといったような、そんな表情だ。


「おまえはわかってるんだろ?」




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