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使用人の務め  作者: 椿崎 圭
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百合の花④




結局、二時間の間に特に変わったこと、怪しいことはなかった。


そうなると余計わけがわからず、四人で頭を悩ますばかりだった。


しかしそれだけに時間を()けるほど、皆暇ではない。


四人は夜になったらまた集まろうと、それぞれ仕事に戻った。


なつめは廊下を歩きながら先程のことを考えていた。


(一体誰がやったんだろう…てかなんで?なんのために?)


せっかく活けた花達を捨てられた、と報告された時は、ただただ不愉快だった。


不愉快な思いが先に立ち、その理由にまで頭は回らなかった。


しかし冷静に考えるとおかしいのだ。なぜわざわざ捨てられていたのだろうか。


(しかも…)


なつめは足を止めて目の前の花瓶に視線をやる。


(百合の花だけって)


目の前の花瓶には小さなバラが活けられていた。


ふと、桜子の言葉を思い出す。


『バラは捨てられてなかったけどね』


その言葉通り、花屋が持ってきた小さめのバラは、一輪も捨てられることなどなく花瓶に活けられたままだった。


何故だ。その言葉しか浮かばない。


百合を捨てた者は百合が嫌いなのだろうか。いや、嫌いだという理由で捨てるという短絡極まりない行動に出るだろうか。


しかも屋敷の者の中で。


なつめは今屋敷にいる者達を思い出す。


桃菜。彼女は言葉選びこそ幼いものの、先々を見据えた思考を持つ聡明さを持っている。


しかし、嘘をつけるほど器用ではない。


捨てられた百合達を見て涙目になっていた。女優になれるほどやはり器用ではない。


カエデ。使用人頭の次に冷静な思考を持った彼女は、奥様にはもちろん、なつめ、桃菜、桜子、旦那様付きの者達にも頼りにされている。


なつめはカエデが捨てたとは思わないが、もし事の犯人だとして、その犯行が(いささ)かお粗末だと思っていた。


もしカエデが犯人だとしたら、わざわざバレるようなゴミ捨て場に捨てるだろうか。


冷静な彼女のことだ。犯人だとしたらバレないようにやるだろう。やれるだろう。彼女なら。


桜子。流行に敏感な彼女は桃菜とよく気が合うみたいだ。


流行にあまり関心のないなつめにとって、彼女は貴重な情報源である。


なつめ以外の使用人がハマっている例のドラマ。何を隠そう、ハマらせたのは彼女だ。


自分が良いと思ったものは全力で周りに(すす)める。


普通の女の子。そんな形容が似合う彼女だが、わりと器用にそつなく物事をこなす一面がある。


桃菜と違い、必要とあらば女優にだってなれるだろう。


しかしカエデと同じく、今回のような浅慮な犯行は彼女らしくない。


(となると…)


消去法で杉陸と庭師の人達だ。


だがやはり目的がわからない。


杉陸。旦那様至上主義な彼は旦那様以外のことに関してはとても有能だ。


旦那様至上主義すぎて旦那様に関することは過剰に反応してしまい、空回りすることも多々ある。


しかし男にしては気が利くし、基本的には優しく、与えられた仕事はもちろん、それ以外の仕事もよくこなす。


なつめと同様、17歳と思えぬ落ち着きぶりは奥様に心配されていたほどだ。


もっと遊んだら?と奥さまに言われてなんとも言えない顔をしていたのを、なつめはよく覚えている。


そんな奴、彼が百合の花を捨てる目的がわからない。


(てかあいつはそんなことしなさそうだし…)


奥様至上主義と旦那様至上主義。


そんな二人はくだらないことで衝突はするものの、お互いがお互いの仕事に関しては認めていたりもする。


「だとすると、やっぱり…」


なつめは足を止めて窓の外に目をやった。


外、庭では庭師達が作業を終えたらしく、道具を片付けたりと帰りの準備をしていた。


なつめは早歩きで庭に出た。


とりあえず彼らから話を聞くために。



◼️◼️◼️


「百合の花?」


なつめは肝心な概要を知らせずに庭師に話を聞いてみた。


百合の花を知らないかと。


何の説明もなくそんなことを聞かれた庭師達はぽかんとして顔を見合わせていた。


「知らないねぇ。探してるのかい?」


なつめの問いに当たり前のような言葉が返ってくる。


なつめは事の次第を説明しようと思ったが、犯人がいるかもしれないので濁しておく。


「いえ、探しているのではなく。何か百合の花について知りませんか?」


「百合の花ねぇ…」


「そういえば」


一人の若い庭師が思い出した、と言わんばかりに言葉を出す。


その言葉の次にその庭師はキョロキョロと周りを見渡した。


「ここの庭には、百合はひとつも無いんすね」


庭師の一言になつめはハッとする。しかし、庭師の中で一番偉いであろう年配の男は、あぁ、と何の気なしに若い庭師に言った。


「そういやあおまえは知らないか。ここの奥様に言われてんだよ」


「…え?」


「なんだ。お嬢ちゃんも知らなかったのかい?」


年配の庭師の言葉に、なつめはぐっと言葉を詰まらせる。


「まぁ、お嬢ちゃんがここで働き始めたのってここ一年くらいか?まだ知らないこともたくさんあるわな」


気にするな、と豪快に笑う年配の庭師に、なつめはぐうっと言葉が出ない。代わりのように話題を戻す。


「奥様が言ったんですか?」


「そうだよ。百合は庭に植えないでくれって。勧めたんだけどねぇ」


「勧めたんですか」


「勧めたよ。百合って便利だろ?切り花としても贈る花としても」


「確かに…」


百合の花は至るところで活躍する。


普段生活をしているだけで、切り花として花瓶に活けてある場面にはよく遭遇(そうぐう)する。


贈呈の花束としても、主役と言わんばかりにその存在を惜しげもなく主張している。


そこでなつめは思う。


奥様はその立場上、立場のある人間に(おもむ)かれることも多いが、赴くことも多い。


何度か庭の花を手土産代わりに持っていくことはなつめもよく知っていた。


しかしなつめは思い出して気づく。その手の中に百合の花を見たことは一度も無いことを。


「…理由ってわかります?」


「いやぁわからないね。聞いてはみたんだけど、なんて答えてたかな…覚えてないってことは大した理由ではなかったと思うよ」


そう言って笑う庭師に、なつめは思わずじとっとした目を向けてしまった。


「あまりにポピュラーな花すぎて面白味がないとかじゃないっすかね」


若い庭師が言う。桃菜が言っていた新人の庭師とはこの人だろうか。


「あぁ!確かそんな感じのこと言ってた気がするなぁ」


年配の庭師は思い出した!と言うように声を張って言った。


なつめも、奥様ならそう言いそうだと感じた。しかし何か引っ掛かる。


「他に何か言ってませんでしたか?」


「いや?とりあえず百合の花だけはうちの庭に必要無いって言ってただけだったね。嫌いなんですか?て聞いたら、嫌いではないですよって笑ってたしねぇ」


「他に植えて欲しくないって花とかありました?」


「無いよ。百合だけだったねぇ」


「そうですか…」


ありがとうございました、お疲れ様です。となつめは庭師達に頭を下げ、(きびす)を返した。


(嫌いじゃない、けど植えて欲しくない…)


何故だろう…なつめは歩きながら思案する。


正直、奥様に関してのことで知らないことがあったということに悔しさと居たたまれなさが心を支配しそうになったが、今はそんな場合ではない、と心で叱咤(しった)した。


ぐるぐると謎がなつめの頭を駆け回る。何か、何かを見落としている。そんな気がしてならない。


しかし見落としていると感じる反面、何かそこに違和感を感じてしまう。


うんうん(うな)りながらなつめは屋敷の表玄関(エントランス)への大扉を開いた。目の前を茶色い毛玉がものすごいスピードで駆け抜けて行った。


それを眉間にシワを寄せながらなつめは見送ると、ふとあることに気づく。


広いエントランスを見渡した。上等な革の大きなソファーが中央に並んでいて、これまた上等そうな机を囲んでいる。


上等そうな机の上には花瓶がある。その花瓶には今日、数時間前まで大きな白百合が飾られていた。


大きな白百合を囲むように小さめなバラを飾っていたのだが、例にも漏れず白百合は無くなっている。


それだけであったら、なつめはただ一瞥(いちべつ)するだけだっただろう。


白百合を取り除かれたその花瓶。


小さめのバラのみになってしまったその花瓶。


だがその花瓶には今、違う花が追加されていた。


「ガーベラ…?」


え、なんで?と声に出してしまいそうになる。


「あ!ここもガーベラになってる!!」


「うっわびっくりした」


唐突に頭上から声がした。吹き抜けになっている2階に目をやれば、そこには桃菜が身を乗り出してこちらを見ていた。


その言葉から察するに、他の花瓶にもガーベラが活けられているらしい。


「そっちも?」


「うん!百合だったとこ全部ガーベラになってる!」


桜子もカエデさんもびっくりしてた!!と必要以上に声を張り上げて言う桃菜は、2階からエントランスに通じている階段を下りながらなつめに近づいていく。


その彼女の足下を灰色の毛玉が走り抜け、更にその後ろを茶色い毛玉が走り追う。


「…あ!」


刹那(せつな)、なつめの中でバラバラになっていたパズルのピースが形を成し始めた。


「あ、あぁ~!!」


(く、悔しい!もっと早く気づけたのに!!)


なつめは大きく項垂(うなだ)れてしゃがみこむ。


「え?え?どうしたの?」


傍に駆け寄ってきた桃菜はなつめを心配するかのように除き混む。


「…わかったよ。百合を捨てた犯人と、その意図が」


「えぇ!?」


誰!?誰!?と叫ぶ桃菜を、仕事が終わったら皆の前で説明すると(なだ)めながら、なつめはゆっくりと窓を見た。


空はもう暗くなり初めていた。


なんだか今日は無駄に頭を使った気がする、となつめは思いながら疲れた顔を隠そうともしなかった。




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