百合の花②
「んん~…さすがに疲れたな」
なつめは花が生けられた花瓶をゴトッと置くと、誰に言うでもなくそう呟いた。
あれから各々仕事と同時平行し花を生け、屋敷じゅうに飾った。
「これ、奥様帰ってきたらびっくりするかな?」
満面の笑みでそう言った桃菜を思い出す。なつめも花好きな主人が嬉しさに驚く顔を想像し、つい桃菜と同じ表情になりそうなのをぐっと堪えた。
(いけないいけない…仕事に戻ろう)
なつめはやっと生け終わった花達の横を通りすぎて行く。
ーーーーガチャン
音の発生源になつめは顔をハッと上げる。
視線の先には割れた花瓶と、今しがたまで花瓶が置かれていた場に黒い毛玉が鎮座していた。
「あんたね…なんの恨みがあんのよ」
なつめはじとっとした目を黒い毛玉に向ける。
毛玉はそんな視線など微塵も気にしていない、と言わんばかりに鎮座したまま毛繕いをし始めた。
「あらやだ、倒しちゃったの?」
なつめの後方からカエデの声が聞こえる。
なつめはすぐさま自分ではない、と言おうとしたが、カエデが黒い毛玉の存在に気づくほうが早かった。
「あらあら、うん、まぁ…察したわ」
察しが良くて助かる、となつめは思った。
「そんな顔しないの。猫のやったことよ」
「だから余計腹立たしくて」
「本当、相性悪いわね」
くすくすと笑うカエデを前に、なつめは横目に毛玉を睨む。
カエデは丁度持っていたバケツに、割れた花瓶を集めだした。なつめもそれにならって破片を集めていく。
「気をつけてね。手を切らないように」
「はい。…にしてもせっかく生けたのに」
なつめが恨みを込めながら破片を拾うと、カエデは手を止め視線を毛玉に移した。
「珍しいわねえ。この子がこんなことするなんて」
「所詮猫ですし」
「でもこの子は頭いいでしょう?今までだって粗相もイタズラというイタズラもしたことないのよ」
「所詮猫ですし」
「他の子達ならまだわかるんだけどね」
「所詮猫ですし」
毛玉を睨みながら言うなつめに、カエデは思わず苦笑いをしてしまう。
「よし、これで終わり。花持ってきてくれる?」
破片を全て取り終わると、カエデは布巾で床を拭きバケツと布巾を持って立ち上がった。
なつめは言われた通りに散らばった花達を全て集めると、カエデと共にその場を立ち去ろうとする。
トンッと軽快な音を立てて台を降りると、毛玉はなつめ達の横を歩きながら通りすぎた。
「なんなんだあいつ」
「まぁまぁ。ほら、私達も行きましょ」
カエデの言葉に諭されなつめも歩く。まるで猫の後を二人で歩いているように見えなくもないその状況が、なつめは気に入らない。
ふと斜め前を歩くカエデの顔に目が止まった。
「どうかしましたか?」
「え?あぁ…特になんともないんだけど…」
そう言ってカエデは周りをキョロキョロと見渡す。
「何かしら。違和感?みたいなものを感じたの」
「普段これだけ同じような花を並べることがないからでは?」
「う~ん…そうなのかしら」
カエデの言葉はどこか自信がない。しかしすぐにどうでもよくなったみたいで、周りをキョロキョロ見渡すことはなくなった。なつめも特にそれを何とも思わなかった。
二人は割れた花瓶と散らばった花を持って作業場へ向かう。
この後起きる珍事件の欠片を見落として。