猫ネコねこ
なつめは長い廊下を歩いていた。その手にはお盆を持っている。
そのお盆の上に置かれている3つのお椀から、独特な強いにおいが漂う。
「どこにいるかな…」
目的を探すが見当たらない。なつめの探している奴らは、用のない時に絡みまくるくせに用のある時には全く姿をみせない。
正直、なつめは奴らがあまり好きではなかった。嫌いでもないが、決して好きではない。
人をさんざん翻弄するくせに、自分達が翻弄されることは避ける。構ってやろうとすると鬱陶しいと言わんばかりに反撃してくるか、無言で露骨に迷惑そう顔をこちらに向けるか、はたまたこちらにはなんの情も無いと言わんばかりに去っていく。
かと思えば奴ら自身が構って欲しいときはこちらの都合など微塵も考えない。仕事の邪魔はするわ、作業の数を増やすわ、最悪仕事そのものを作り出す。
なんとも身勝手な奴らだとなつめは思う。
「やっぱここか」
廊下を歩いていた足を止め、前方を見る。視線の先には1つの扉がある。更に言えば目的の奴らはその扉の前にいた。
三者三様、それぞれ別のことをしている。
1つ、茶色は扉を開けようと躍起になっている。
2つ、灰色は扉の前で延々としゃべりながらうろうろしている。
3つ、黒色は扉を見つめながら、ただただじっとその場に腰を落ち着けている。
なつめの存在に気づいているのかいないのか。その三者はそれぞれ自分の今現在の在り方を変えようとしない。
仕方なくなつめはスプーンでお椀の端を軽く叩いた。
「ほらー毛玉どもー飯ですよー」
なつめの言葉に反応したのか、あるいはお椀の叩く音に反応したのかその両方か。
茶色と灰色はキラーンと反応しなつめのもとに駆け寄ってくる。
なつめは廊下の隅にお椀を置いてやる。置くのすら待てないとでも言うかのごとく、茶色はお碗が床に置かれる前に食いついた。
(食い意地の張ったやつ…)
冷めた目で見ながら、もう1つのお椀を反対側の廊下の隅に置いてやる。
灰色は床に置かれたのを確認すると、もそもそとゆっくり食べ始める。
(この子がまだ一番かわいい)
なつめは3つの毛玉の中で、唯一かわいいと思える灰色の頭を撫でた。
(うん、でもやっぱ汚い)
灰色は食べ方がなんとも下手くそだった。いつもお碗から肝心の中身を落とすので、お盆ごと床に置いている。落ちた中身を食べている間に茶色の毛玉が、やぁ、と挨拶でもするかのように現れ食らっていくので注意が必要だ。
なつめは最後のお椀とスプーンを持って、こちらに足を運ばない黒色に足を向けた。
なぜ自分から行ってやらねばいかんのだ、と思わなくもないがそこはやはり人と猫。人である自分が大人になろう、となつめはグッとこらえた。
「ごはん」
黒色の後ろでそう言うが、黒は微動だにせず扉を見つめていた。
「ごーはーんー」
若干イライラしながら言うが、なんの反応もない。
「聞いてるの?」
お椀をスプーンで叩きながら横から黒を覗き込む。するとやっと黒はなつめに反応を見せた。
しかしその反応は飛び付くようなものではない。
ちらっと横目でなつめを見ると同時、覗き込まれた左側の耳を少しだけなつめに向けたかと思うと、視線と同時に再び扉側に戻した。
まるで「そこに置いておけ」と言わんばかりの偉そうな態度に、なつめは唇をグッと一文字にする。
(本当こいつが一番かわいくない!)
なつめは強めにお椀を床の隅に置くと、立ち上がってその場を去ろうとする。
そしてふと気がついた。
黒は扉を見つめているが、厳密には違うらしい。扉を開閉する直前に動くことになる、扉のノブ部分を凝視している。
つまりそこが動けば中の主が出てくるとわかっているらしい。
3つの毛玉の中で飛び抜けて忠誠心が高く、また飛び抜けて賢い黒を、なつめはフンッと鼻をならして面白くなさそうに見た。
「さっさと食べなさいよね」
強めに言うが、反応はない。
そんな姿に更になつめはイラッとした。こいつとはどうも相容れない、それこそ犬猿の仲だとなつめは感じている。黒もそう思っているかもしれない。
そんな一人と一匹の関係など知ったこっちゃない、と言わんばかりに後ろの茶色い毛玉は、やはり灰色の毛玉に「やぁ」と挨拶をしているところだった。