初めての……
ガチャリ。
扉の鍵が閉まる無慈悲な音が聞こえた。
「む~……」
先輩が頬を膨らませてこちらを睨んでいる。常時であれば大変可愛らしい姿で、ほっこりする光景であるのだが……。
「なんできみって人は、すぐに目移りしちゃうかなぁ……?」
怒らせている時は別である。
すいませんでした……。俺としましても、常軌を逸した行動及び発言だったと思います……。カッとなってしまいました……。
俺は深々と頭を下げた。
先程殺された時にわかったのだが、先輩はカルリラ様と同じように、空間を越えて攻撃が出来るようになったらしい。
さっきの俺の首をねじ切ったときには、文字通り瞬間移動してきたので、間違いないだろう。
インフレが止まらねぇ、この人どんだけ強くなる気だよ。
「常軌を逸した行動は何時もの事だから良いんだけどさ……。ちょっとこっち来て」
先輩はそう言って、ベッドに腰掛けた。そして、ポンポンと自分の座っている横を叩く。……座ってもいいんです?
「うん。今日は言い訳を聞いてやるよ。あと、いろいろ話したいこともあるしね」
俺は許可をもらったので、慎重に先輩のベッドに座った。なんか女の子のベッドに座るって緊張しますね……。いや、変な意味は無いんですけどね?
ちらりと横目で先輩を見ると、ジトっとした目で俺を見つめていた。結構近かったので少し驚いてしまった。
「それで、なんであんな事叫んだのさ? きみそんなにおっぱいが好きなの……?」
いや、別におっぱいがどうとかそういう話では無くてですね……。
俺は自信の名誉を守る為に、指輪の名前が『浮気者の指輪』に戻ってしまった事と、それがパスファ様のイタズラであることを説明した。
先輩はそれを聞いてプッと吹き出して笑った。
「なにそれ! そんな事で怒ってたの? それでツキトくんからパスファを挑発して、殺しに来たところを倒してやろうとしたんだ」
まぁ、そんなかんじですねぇ。
先輩だってグレーシー様を仕留めれたんですから、そろそろ俺も一発お見舞いできるんじゃないですかね?
俺がそう言うと、先輩はニヤリと目を細めた。悪いことを企んでいる顔だ。かわいい。
「あーそっかー。あの時は闘技場の効果であそこで終わってたもんねぇ。厳密に言えば倒した事にはなっていなかったからねぇ。そーだよねー」
先輩はベッドから立ち上がると、俺の目の前に腕を組んで立った。偉そうな感じにどや顔をしている。
これはあれだ。先輩が何かを教えたがっている証拠だ。なので俺は黙って待機する事にした。
「前にこの世界では、女神様が一番強いって言ったことがあったと思ったけれど、覚えているかな? ……実はあれ、あの女神様達の事じゃ無いんだよ」
はい?
寝耳に水って感じの一言だった。……じゃあ、どの女神様なんですか? 他に女神様がいるなんて聞いたこと無いんですけど?
「教会にいたフェルシーの格好が変わっていたのは覚えてる? アイツ、自分の事を『スーパーフェルシー』とかなんとか言っていたよね?」
ああ、そういえば言ってましたね。珍しくちゃんとした女神らしい服装で現れたので、思考回路がまともになったと期待したんですけど……。
已然としてアホなままでしたねぇ……。
俺の言葉に、先輩はうんうんと数回頷いた。
「実はスーパーフェルシーはフェルシーの第二段階の姿なんだよね。……きみさ、前のイベントの時にフェルシー倒しちゃったじゃん」
あー、殺さなくてもいいのに殺しちゃったあれですか。
『憤怒』の邪神が原因でフェルシーが乱心したイベントである。
フェルシーから邪神が分離するので、わざわざ苦労してフェルシーを倒す事は無かったのだが、俺達はうっかり全力を出してしまい、邪神をフェルシーごと殺してしまったのだ。
「女神様を倒すと、本気の姿に変化するんだよ。多分だけど、ツキトくんがフェルシーを直接倒しちゃったせいで、次の段階に進んじゃったんだね」
あー、なるほど……。
でも、バインセイジのフェルシーと会った時には普通のアホでしたよ?
「多分だけど、そこは個人でしか会えない、分霊の方の女神様限定なんじゃないかな? 本気を出した女神様はホントに強いよ。ステータスもスキルもかなり強化されてるからね」
へぇ……。じゃあ俺が会う事のできるフェルシーは強化されていると……。
ちなみに先輩はスーパーフェルシーに勝てそうです? 『ロータス・キャット』と『祝福の指輪』の二つがあればなんとかなりそうな気が……。
「絶対無理だね」
先輩はスパッといった。
「実のところ、通常状態の女神様達って大して強くないんだよ。それなりに鍛えたPL複数人いて、全員が神技を使えたら勝てる事には勝てると思う」
充分強いと思うのですが……。
じゃあ、俺と先輩が一緒なら、通常状態の女神様達になら勝てるんですかね?
先輩は自信満々に頷いた。
「勝てるよ。きっとカルリラにも勝てると思う。……けれど、本気になられたら、クラン総出で戦っても、どの女神様でも手も足も出ないだろうね。……一人で戦うなら全部のステータスをカンストさせて勝負になるかもって感じかな?」
完全にエンドコンテンツですねぇ……。
そういえば、パスファ様を超不幸状態にしたとかなんとか言ってたな。つまり、スーパーフェルシーを相手にするなら、あれを攻略する必要があると……。
というか、女神様に喧嘩を売るのなら、本気モードの事も考えて置かないといけないのか……。
うん、無理だな。すんませんでした、パスファ様。許して。
『ゆ、許すから……た……たすけ……て……』
許しを請うたらパスファ様から謎の電波が入った。……良くわかりませんがピンチなんですかね?
『あ、ツキト様。こっちの事は気にしないでください。……ふふふ』
そして、カルリラ様の声で察した。
パスファ様には強く生きてほしい。心からそう思う。
俺がパスファ様の無事を願っていると、パンパンと先輩は手を叩いた。
「それじゃ、女神様達のお話はおしまい! ……今からは、ツキトくんに質問していきたいと思います!」
俺にですか? なんです?
そう聞き返すと、先輩はもう一度俺の隣に座った。俯いてよく顔は見えないが、若干頬が赤くなっている様だ。……うん?
「あのさ……ツキトくん、実のところ僕の事どう思ってるの?」
先輩は左手に付けた指輪を触りながら俺に問いかけた。
俺はすこし間を置いて口を開く。
えーと……。さっき言った通りですよ。はい。
さっきは勢いで好きだと言ってしまったが、こうやって一度冷静になってからもう一度言えと言われると、恥ずかしいものがある。ヘタレですいませんね。
「んー……、あのさ……ちゃんとハッキリ言ってくれると……嬉しいんだけどな。きっと、僕も同じ気持ちだからさ……」
そう言って先輩は俺の手を握ってくる。その手は少し震えていた。
……どうやらヘタレている場合ではないらしい。
正直、ハッキリ言うと恥ずかしいんですけど……先輩の事が好きです。じゃないと、あんな大胆な行動できませんって。
俺がそう告げると、先輩は俺にもたれ掛かって来た。
「そっか。……よかった。あの時だけの方便とか、そういうのじゃないってわかって……本当に……」
先輩の声は穏やかで、本当に安心したのだろうと言うことがわかる。……というか、今日の先輩はかなり大胆だ。
俺の事をベッドの上に乗せてくるし、手を重ねてくるし……。ヤバイ、ドキドキしてきた。なにか間違いを起こすかもしれない。
「あのさ、僕のどういうところが気に入ったの? ツキトくんの好みで被ってるの、黒髪くらいだと思うんだけど……?」
あーと……、見た目はぶっちゃけるとドストライクですよ。鏡見たことあります? 先輩超可愛いですよ?
「僕、学校行ってた頃は地味って言われてたんだけど……そう思わない? 周りの子達は、髪染めたりお洒落してたし……」
多分、可愛い先輩に嫉妬してたんですよ。
地味なのに可愛いのが悔しかったんじゃないですか?
「……本当に、そう思ってる? 誰にでもそういうこと言ってない?」
先輩が上目使いで俺を見つめてくる。……もちろん思ってますよ。こんなこと先輩にしか言ったことありませんって。
「そ、そうなんだ……。じゃあ、他には……?」
そうですね……。ドヤ顔で知っている事を語りたがるところとか、油断してだらしない格好しているとことか……見てて可愛いと思ってました。
「うっ……そういう恥ずかしい姿は、忘れて欲しいんだけどなぁ……。けど、本当に僕の事が好きならさ、その……証拠を見せてほしいんだけど……」
先輩は身体を俺から離し、俺を真っ直ぐに見つめる。俺は証拠というのがよくわからず、身動きが取れないでいた。
俺が呆けていると、先輩は顔を真っ赤にしながら目線を反らす。
「いや、その、本当に好きなんだったら、できる事がさ……、あるじゃん? それをしてほしいなーと……」
え?
……つまりはあれですか?
間違いを起こしてもいいと!?
「じゃ、じゃあ今から僕、目を瞑るから……。あと、僕初めてだから……優しくね……?」
先輩は俺に顔を向けて、本当に目を閉じた。……あ、あの、先輩? いいんですか? 目の前にいる俺はゲーム内のアバターの姿なんですけど……。
「……ヒビキくんから、リアルの写真見せてもらったことあるから、ほとんどいじって無いって知ってる……。心配しなくていいよ……」
マジかヒビキあの野郎、相変わらず知らないところで良い仕事しやがる。
……よし、覚悟を決めよう。
俺は深呼吸をして、先輩の肩を両手で掴む。先輩はビクリと身体を震わせるが、顔の向きは俺を向いたままだ。
それじゃあ、いきます……よ?
「はい……よろしく、お願いします……」
俺はゆっくりと、先輩に向け顔を近づけた。
距離を詰めていくにつれ、心臓が破けるのではないかと思うほどに、鼓動の音が大きくなっていく。
そして、お互いの唇が……。
「壁から失礼しま~す。いきなりすいません、みーさん。お伝えしたい事が………………マジでか」
触れそうになった瞬間、大きな崩壊音と共に壁からメイド服を着た何者かが現れた。
我が愚弟、ヒビキである。
「なるほどー……お邪魔しました」
そして、すべてを察した顔をして逃げて行った。廊下を駆け抜けていく音が聞こえる。……あの野郎、知っているところでやらかしていきやがった。
そんな思いもしない出来事に、俺と先輩は驚き、目を丸くして見つめ合っている。……先輩。
「ツキトくん……」
俺達はお互いに呼び合い、コクりと小さく頷く。
気持ちは同じ様だ。
殺しましょう。
「殺しにいこうか」
初めての共同作業が今、始まる。
・その頃……(その2)
カル姉……今絶対面白いことになっているはずだから……見に行っていい?
「駄目です」
のぉぉぉぉ……。




