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女神達の祝福

「ちょっとそこに座ってください。全員です」


 カルリラ様のその言葉により、俺と先輩、女神様達が横一列になって、カルリラ様の前に正座する。

 別に座りかたの指定は無かったが、全員が自然に正座の姿勢を取った。


「私が武器を手にとってツキト様達が驚くのはしょうがないと思います……しかしですよ? なんであなた達も怯えているのですか? ……キキョウも。貴女、私と長い付き合いでしょう? そこまで驚くことは無いと思うのですが?」


 カルリラ様は笑顔を絶やすことなく、キキョウ様に顔を向けた。大鎌の柄を地面にコンコンとぶつけ、答えるよう促している。怖い。


「あー……カルリラ、昔からの友人として一つ言いたいのだが……いいだろうか?」


 先程は慌てていたようだが、キキョウ様は落ち着いた様子でそう言った。


「どうぞ?」


「不機嫌になると刃物を構えたり研いだりするその癖……やめた方が良いと思う」


 流石キキョウ様だ。


 女神様達の中でもトップクラスの常識人であるキキョウ様は、やはり一味違う。臆することなくカルリラ様に正論を言い放った。


「……怒ってません。それに、そんな癖もありません。強いていうのならば、皆さんがそうやって、私の事を危険人物か何かを見るような目で見ている事が不愉快です。特に……そこの3姉妹」


 びくぅ! と、パスファ様、グレーシー様、フェルシーの身体が跳ねる。顔には既に滝のような汗が流れていた。


 まさか自分達に来るとは思っていなかったのだろう。それぞれ明後日の方向に目線が泳いでいる。


 と、思っていたらパスファ様が立ち上がった。


 意外だ。さっきは一番怯えているように見えたのに。

 流石、一度はカルリラ様に立ち向かっただけの事はある。今の顔は何かを覚悟した顔だった。


 さぁこの境地をどう乗り切るのか……。


「……わたし、忙しいんで! じゃ! みんなもお元気で!」


 そう言い残し、パスファ様の姿が消えた。……ああ! 逃げた! 事もあろうに全員見捨てて逃げやがった!


 パスファ様の速さのステータスはカンストしているらしく、俺でも全力のパスファ様の姿は、目で追うことすらできない。


 だから、逃げに徹したら確実に負ける事はないはずなのだが……。


「あいだぁ!? って、うぉああああああ!?」


 教会に置かれいる長椅子に足を引っ掻けてしまったらしく、盛大に転がっていくパスファ様。これはダサい。

 しかも足が引っ掛かかったり、転がったりしたせいで壊れてしまった椅子の残骸が、スピードをつけてパスファ様に飛んでいく。

 そして、あっという間に、パスファ様は残骸の下敷きになった。……いや、そうはならないだろ!? 物理法則どこ行った!?


「ふっふっふ……逃がすわけがねーのニャ……我々3姉妹は運命共同体なのだニャン……!」


 長女のフェルシーが悪い笑顔を浮かべていた。……え、なにしたのお前?


「愚妹の運勢を弄くり回して、超不幸状態にしてやったニャ。今のパスファは、一歩歩けば空から隕石が降ってくる様な状態……要するに、あのままにしておくと、原因不明で死ぬニャ。悪いけど、回収して来てニャ」


 あ、はい。


 俺は立ち上がり、パスファ様が埋もれている瓦礫に向かう。

 片腕だけ見えていたので、俺はそれを掴んで無理矢理パスファ様を引きずり出した。服のあちこちが破け、ぼろぼろになっている。……大丈夫ですか? 生きてます?


「……むり……あるけない……死ぬ……」


 これはダメだわ。


 仕方がないので、俺はパスファ様を背負った。むにゅっとした感触が背中に伝わり、謎の多幸感が襲いかかる。……いかんいかん。先輩にバレる前に運ばないと。


 俺はパスファ様を元の座っていた場所まで運び、慎重に下ろした。「アホ姉貴いつか殺す……」という声を聞いたが、気のせいだろう。


 そして、連れ戻されたパスファ様はグレーシー様の魔法により簀巻きにされた。……裏切り者には容赦無いな。


「カルリラ様、パスファは好きにしてくださいませ。本当に申し訳ございませんのじゃ……」


 グレーシー様が深々と頭を下げる。……酒入って無いと本当にまともなんだよなー。


「いやぁ、すまんのニャ、カルリラ。コイツらにはミャアが後でしっかりと話を……」


「あと、姉も好きにしていただいて良いので……」


「ニャンと!?」


 まともじゃないかもしれない。


 そんな仲良し姉妹達を見ていると、隣の先輩がツンツンと俺の頬をつついてくる。なんだろ?


「……おっぱいは堪能できた?」


 隣に座っている先輩はにっこりと笑っていた。ヤベェ。


 先輩、違うんです。あれは事故による接触行為でありまして、なにも下心があったわけでは無いのです。先輩が考えていることはきっと何かの誤解であり、俺は何一つやましいことを考えてなどいません。ええ、本当ですとも。そもそも、例え俺がパスファ様乳デケーなとか考えていても、それはただ考えていただけでなにも下心がなんて無いんです。なにかをしようとは思いませんでした。え? おっぱいですか? 好きですよ?


 俺も先輩に簀巻きにされた。現行犯である。


「アホだニャ」


 アホにアホと言われた。悔しい……。


「まぁ、3姉妹にトラウマを植え付けたのは私なので、怯えてもしょうがないでしょう。……パスファは後でお説教です」


 やはり許されなかったか……。というか、トラウマの自覚あるんだ……。


「ツキトくんも、後で僕の部屋な。ゆっくりと話したい事が沢山あるから」


 俺も許されなかったか……。


「それで、一番聞きたかったのですけど、リリア。貴女、最初から私がツキト様を殺すって決めつけてましたよね? 貴女だけですよ、そういうこと言ったの?」


 声に少し怒りを込めて、カルリラ様がリリア様に問いかける。

 しかし、リリア様は落ち着いた様子でその質問に答えた。


「カルカル……普通の人はね、武器を持って会話しようとはしないんだよ? いきなり武器を持ち出したら、みんなビックリするし、やめた方がいいよ?」


 完全に諭されているじゃないですか。やだー。


「うっ。……これは別に殺そうと思って取り出した訳ではありません。やりたい事があって取り出したのです」


「刃物でできることなんて、限られているからね? 何を()ろうとしたのか、ハッキリと言える? カルカル?」


 リリア様が常識を使ってカルリラ様を追い詰める。


 カルリラ様は少し決まりの悪そうな顔をすると、俺に顔を向けた。……いや、俺は信じていますよ? そんな事はしないって。カルリラ様は優しい女神様だって。……ねぇ、そうですよね? カルリラさm


「ツキト様が大鎌を避けれるかどうかを試したくて……」


 俺は跳ね、もがいた。


 だが俺の身体に巻き付いている魔法の蜘蛛の糸はびくともしない。


 先輩! すいませんでした! お願い助けて!


「馴れてるでしょ? 大人しくやられなよ、良い記念になるって」


 今日は俺の首が飛ぶから斬首記念日……って嫌です! そんな記念要りませんよ! お助けぇ!


 もがいている俺をよそに、リリア様の追及は続く。


「カルカル……私、言ったよね? 選ばれなくても癇癪を起こしたり、嫉妬したりしないでって。なんで、殺そうとしたの?」


 どうやら、前もってリリア様は俺を殺さないように、説得していたらしい。リリア様マジ女神。


「それには理由があるのですが……。はぁ……わかりました。言います、言いますよ。もぅ……」


 カルリラ様は一度大きく深呼吸をした。そして、落ち着いた口調で語り始める。


「ツキト様が察しているのかはわかりませんが……私なりに、貴方を鍛えて来たつもりです。そろそろ、この大鎌の攻撃にも対応出来るようになって来たのでは?」


 ……はい?


 どういう事です? おっしゃっている意味がわからないんですけれど……。


 俺は言われた事がよくわからなかった。

 けれど思い返してみれば、俺に対する天罰は、避ける度に強烈なものへと推移していったのは覚えがある。


「貴方がビギニスートで子猫さんに想いを伝えてから、私は貴女達を応援したいと思っていたのです。お互いを想い合える、素敵な関係だと思いました。……羨ましいと思うくらいには」


 そういえば、カルリラ様の攻撃が飛んでくるようになったのは、俺が先輩とビギニスートでデートしてからだった。


 つまりカルリラ様は俺が女の子とイチャイチャしていたから、天罰を下していた訳じゃなく……。


「だから、ツキト様に強くなってもらうことで、二人を応援しようしていたのです。それで、今日は直接立ち会い、どのくらい強くなったのか確かめようとしました」


 カルリラ様の言うとおり、俺の回避能力はかなり高くなっている。確かに俺はカルリラ様に鍛えられていた。


「もちろん、浮気防止も兼ねていましたが……むしろ、こっちのが多かったのですが……」


 やっぱり天罰だったわ。ですよねー。


 ……は!


 先輩が、俺を見て微笑んでいる?


「ツキトくん……僕の目の届かないところで、随分と良い思いをしていたみたいだねぇ……?」


 ……逃げろ! 逃げなければ!


 そう思って俺はじたばたともがくが、巻き付いた糸はびくともしない。


「もちろん、私は貴方達を祝福しています。……皆さんも同じ気持ちですよね? 二人が手を取り合い進んでいこうと言っているのですもの、それを祝福しない女神なんて……いませんよね?」


 女神様達はなにかを察したのか、少し驚いた顔をして、首を縦に降った。……何をさせるるもりなんだろう?


 と、思っているとキキョウ様が口を開く。


「つまりは、その子猫も信者にしてやれば良いのだろう? ……良いじゃないか、強い者は好きだからな」


 あ、そういうことだったのか。

 カルリラ様は先輩に、全ての女神の信者になってもらいたいらしい。……え? なんで?


「あー、なってやってもいいから、ミャアのカジノをぶっ壊すのやめるのニャ、マジで」


「妾、その子猫は苦手なのじゃが……。カルリラ様がそう言うのなら仕方がない。……それに、優秀な魔術師の信者はおしいからの」


「猫さん……どうか幸せになってくださいね? ツキト様は相変わらずのようですから、これからは貴女が止めてあげると良いでしょう……」


 女神様達がそう言うと、先輩の指輪が鮮やかに光を放つ。

 これで、先輩も俺と同じように、全ての女神様から祝福されたことになったのだろう。


 先輩は目を輝かせて、祝福されたその指輪を見つめていた。


「さて……子猫さん?」


 カルリラ様は先輩の前に立ち、その手に持った大鎌を先輩へと差し出した。……え、待って、もしかして。


「えっと……なんですか?」


 先輩は大鎌の意味を察することが出来ていないようで、不思議そうに返事をする。


「私達全員の祝福があれば、この方の側にいる事が……共に肩を並べて戦い続ける事が出来るはずです」


 先輩はハッとして、嬉しそうな恥ずかしそうな顔をしている。そんな先輩を見ることができるのは、とても嬉しい。


 嬉しいのだが……。


「しかし、この方の悪癖は知っていますね? さっきもパスファに目移りしていたみたいですし……。どうでしょう? ここで一度、(みそぎ)をしてあげるというのは?」


 やっぱ来たよ!


 そうか! わかった! 今わかった! これ引き継ぎだわ!

 今日からは、俺が違う女の子に下心を出すと、カルリラ様じゃなくて、先輩に殺されるんだ!

 俺を殺す為に、先輩を強くする必要があったんですね!


 それを理解した上で、俺は言い訳をする。最後の最後まで足掻くのが俺流だ。


 先輩! 違うんです! 本当に下心なんて……。


「……うん! ありがとう、カルリラ様!」


 先輩はニコニコとしながら大鎌を手にする。……ヤバイ! 死ぬぅ! 殺されるぅ!?


 すっかりと元気を取り戻した先輩は俺の側に立って、こちらを見下ろしている。

 とても嬉しそうだ。


「ツキトくん、僕を選んでくれて、本当にありがとう。凄く嬉しかった。……さっきのも、ちょっとした冗談だってわかってるよ? ツキトくんは思っていても、実行はしないもんね?」


 じゃ、じゃあ、その大鎌をカルリラ様に返却して……。


「でも、すぐに違う女の子と仲良くしようとしたり、忙しいって僕を蔑ろにしてきた事は反省しないといけないと思うんだ。……ツキトくんはどう思う?」


 え、あ、はい。

 その通りかと……。反省しております……。


 俺がそう言うと、先輩はとても可愛らしい笑顔で俺を見つめてくる。

 ゆ、許されたかな?


「うん。それじゃあ……いくよ?」


 そう油断したのも束の間。先輩は大鎌を握り直して大きく振りかぶる。……え、待って、ちょ! 駄目!




「こんのぉ……浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




 先輩はそう叫びながら俺に大鎌を振り下ろす。

 綺麗に落ちてきた刃は、いともたやすく首を切り落とし、俺の身体をミンチへと変えてしまった。


 俺の首を刈り取った先輩の顔は、とても満足そうな表情をしていて、こちらまで嬉しくなってくるようだった。



 ……これからもよろしくお願いしますね?

・『浮気者』へ

 斬首記念日おめでとうございます。『プレゼント』にサプライズを仕掛けといたから、確認しておいてね……ガクリ。

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