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カルリラの微笑み

 気が付いたら、俺は先輩を抱き締めたまま教会の中にいた。


「もっと時間がかかると思っていたのですが……もう決断したのですね」


 前に訪れた時と同じ様に、女神様達は教会の奥に並んでいた。

 その中からリリア様だけが一歩前に出て、俺に語りかける。


「渡すための『祝福の指輪』は持ってきていますか? ……準備が良ければ貴方が求める女神に、それを渡してください。誰も断るような事はしないでしょう」


 俺はアイテムボックスから『祝福の指輪』を取り出した。宝石が埋め込まれ、裏側に何かの文字が綴られている。


 これを女神様に渡せば、彼女達の誰かを仲間にする事ができるのか……。


「ツキトくん……本当に渡してしまうの……」


 俺の手で抱きかかえられている先輩が目に涙を溜めて、俺の顔を見上げてくる。

 罪悪感に襲われながらも、俺は先輩を床におろした。


 先輩……少しの間待っていてください。すぐ終わりますから……。


 リリア様の方に向き直り、俺は手に持った指輪を握り締める。

 そして、深く息を吐いて女神様達に向かい、一歩踏み出そうとするのだが……。


「待って……僕も一緒に行く……。僕は、護衛なんだろう……?」


 先輩に服の裾を掴まれ、止められてしまった。


 振り向いて確認すると、先輩は人の姿に変わっていた。どんな顔をしているかはわからなかったが、床に水滴が幾つか落ちている。


 ……わかりました、足元に気をつけてくださいね。


 俺はゆっくりと歩きだした。


 前を見ると、女神様達がこちらに目を向けている。……思えばいろいろあったな。


 パスファ様を信仰し始めたときは、確か先輩にボッコボコにされた後だったか……。

 信仰しようと思って教会に足を踏み入れた瞬間、拉致された。

 そして気が付いたら見覚えの無い森で、パスファ様から「楽しませてくれたら信仰させてあげるよ」って言われたんだった。


 今でもクランに来て遊んでいく、友人の様な方だ。


 キキョウ様と最初に会ったときには度肝を抜かされた。奴隷の様な姿で、PVの面影は微塵も無かったからだ。

 けれども、イベントではその実力を遺憾無く発揮して俺達を助けてくれた。

 後でお礼を言いに行ったら「弛んでる! そんな事で私の信者を名乗れると思うのか!?」と、アホみたいな稽古をやらされた。


 味方になってくれればこれ以上に無い、頼もしさだろう。……食べ物に弱い方だが。


 フェルシーは……アホだったな。

 けれども、会いに行けば嫌でも笑わせてくれる、いいアホだ。ニャック達に磔にされていたのは、今思い出しても笑える。

 でも、口ではボロクソに言っている癖に、ニャック達に対しても優しいところもある。

 きっと、フェルシーとしては、ただ遊んでいるだけなのだろう。


 例え、それが邪神であっても、自分の遊び相手として受け入れる。それがフェルシーの優しさなのだ。


 グレーシー様とは、まさかあんなに仲良くなるとは思っていなかった。

 クランの酒場を大変気に入ったらしく、しょっちゅう絡み酒に付き合っている。

 パスファ様が酔い潰れた後は、お互いの愚痴を言い合ったり、冗談を言い合ったりしている。……グレーシー様も高確率で潰れるけれど。

 そういう理由で、最初の高飛車なイメージなんてどこかにいってしまった。


 酒癖が悪くなければ、グレーシー様は最高の話し相手だとおもう。


 リリア様は最初から飛ばしていた。ぶっ飛んでいた。

 今思えば、俺を初めて殺したのはこの人だったし。

 ビギニスートを吹き飛ばしたり、ワカバに監禁されたり、ネズミに卒倒したり……。

 下手をすれば、女神様達の中で最も問題なのはリリア様なのでは無いかと思う程、いろんな事に巻き込まれている。

 そして周りも巻き込み、事を大きくするのだが……。


 まぁリリア様だし。と笑って許せるのがリリア様だ。



 そして……カルリラ様……。



 俺の視線に気付いたのか、カルリラ様がこちらに笑顔を向ける。


「ツキト様。貴方の気持ちはわかっているつもりです。どうぞ、貴方の思うようにしてくださいな……」


 そう言って、カルリラ様はリリア様の隣に立った。穏やかな表情をして、こちらを見つめてくる。


 俺がこのゲームを始めた理由はカルリラ様だった。

 その儚げな姿に一目惚れし、農民になり、カルリラ信者になったのだ。


「……行って来なよ。僕は……待ってるから……」


 先輩はそう言って、名残惜しそうに掴んでいた服の裾を手放す。

 未だに顔は下を向いていて、その表情はわからない。


 俺は握っていた手を開いて『祝福の指輪』を確認する。


 ……誰に渡すのなんか、俺の中では最初から決まっていた。


 リリア様からその指輪を渡す相手を考える時間をもらったが、俺の中では最初から渡す相手は決まっていた。


 目の前にいる女神様達に魅力が無い方なんていない。できることなら、全員連れて帰りたいくらいだ。きっと、俺じゃなくてもそう思うだろう。


 けれども、そんな事はできない。


 だから、選ぶための時間が必要だったのだろう。……本当なら。


 この指輪の効果を知ったとき、すぐに渡したいと思った相手が頭の中に浮かんだ。

 なので、俺にとってここまでの時間は、渡す相手を選ぶ為の時間というよりは、渡すために覚悟を決めるための時間だった。


 ずっと不安だったが、さっき渡しても大丈夫だということが、本人の口からわかった。



 だからもう、迷う必要はない。



 俺は改めて覚悟を決め、指輪を渡す相手に向き合った。



 そして、その人の左手を引き寄せ、手の平に指輪を乗せる。……受け取ってくれませんかね?




 俺も好きですよ……先輩。




 先輩は驚いた顔をしていた。目を大きく見開いてしまったので、溜まっていた涙が一気に零れ落ちてしまう。


 なんで自分の手の中に指輪があるのかわからないという顔で、俺と指輪を交互に見ている。


「な……何してるのさ……これはカルリラに渡すんだろ……? 僕に渡しても、何の意味も……」


 先輩としては、いまいち納得していないようだ。……仕方がない。


 わかりました。先輩がそう言うのなら……。


 俺は先輩の手の上から指輪をつまみ上げる。そして……。


 無理矢理その細い指に、指輪を嵌め込んだ。……俺だって恥ずかしいんですよ! 黙って受け取れぇ!


「あぁぁぁぁぁぁ!? やった! やりやがった!? やっちゃたよ!?」


 先輩は慌てて指輪を外そうとしているが……残念! 『祝福の指輪』のデメリットは変わらず、『この装備は外すことができない』である!


 すいませんねぇ! それ返品不可なんですよ! 末永くよろしくお願いしますね!


「え!? 外れないの!? じゃあ、女神様を仲間にできないじゃないか! きみの目標はどうなるんだよ!? なんで……! なんでこんな……」


 先輩は指輪を外す事を諦めて、心配そうな顔をしている。そして、相変わらずその目は涙で濡れていた。


 そんな先輩を見て、俺は笑って口を開く。


 それは……、先輩が大事だからですよ。決まってるじゃないですか。さっきも言いましたけど……好きですよ、先輩。


 俺は先輩から目線を外しながらそう言った。……アカン、勢いに任せてやってみたが、予想以上に恥ずかしい。


「……本当に、もらっていいのかい? ……まだ、側にいても……いいの? 」


 先輩はそう言って俺の顔を見つめてきた。……当たり前です。むしろ居てくれないと困ります。


 そう言うと、先輩は何も言わずに俺に抱きついてくる。……めっちゃビックリした。

 俺が驚いていると、先輩は消えそうな小さな声で呟く。


「……ありがとう。大事にしてね……」


 ……え? するんじゃなく、して……?


 ……。


 ……あ、そういう意味か。


 もちろんですよ。大事にしますから、これからも一緒に遊びましょう?


 俺の言葉に、先輩は何も言わないでコクコクと頷いた。


 ……どうやら、なんとかなったようだった。

 先輩が号泣した時にはどうしようと思っていたが……結果としては先輩も喜んでいる様だし、これで大丈夫だろう。

 ちゃんと渡すことができて、本当によかった。



 ……よかったのだが。



 俺は先輩に抱き締められたまま、女神様達の方に振り返る。……あのー、何してるんですかね?


 振り返った先の女神様達は、教会の隅の方に固まり、抱き合ってぶるぶると震えているようだった。


 ……カルリラ様を除いて。


「『浮気者』……やってくれたね……」


 パスファ様はすっかり怯えきっているようで、顔が真っ青になっている。……もう『浮気者』じゃないんですけど?


「わ、私は知らんからな!」


「やベーニャ! なんて事をしてくれたのニャ!?」


 キキョウ様とフェルシーも焦っているようで、顔にダラダラと汗を流している。


「その……なんだ……許せ。妾にできる事はないみたいじゃ。……ガンバ!」


「死んじゃっても復活してあげるから! ファイト!」


 グレーシー様とリリア様からは声援をもらった。


 そして……カルリラ様はさっきと同じ場所に、先程と変わらぬ様子で立っている。


 いや……違う。変わっているところがあった。

 カルリラ様の手には、幾つもの宝石で飾られた大鎌が握られている。


「ツキト様……」


 俺の名前を呼んだカルリラ様の顔は優しく微笑んでいる。……しかし。



「少し……お話をしましょうか……?」



 その姿からは、今までに感じたことのない様なプレッシャーが放たれているのだった……。

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